誰もいない街で
ショーウィンドウに山と積まれた石鹸の陰から外を覗き、人通りのないのを確認すると、私はメリッサに下がっているよう手で合図した。
夜半を過ぎているであろう街並みは、驚くほど昔と変わらない。
こうして息を潜めていると、自分が今どの時代にいるのか分からなくなってしまいそうだ。
『見える? ね、ね、どんな感じ? やっぱり毛むくじゃらなのかな?』
メリッサは懸命に背伸びして窓の外を見ようとしている。
もちろん、見えるのは街燈のオレンジ色の光だけだ。
人々は屋内退避の命令が解除されるまで、窓辺に近寄ることもなく律儀に作戦に協力している。
どんなに科学が発展しても、永遠の都と呼ばれる限りこの街は神と共にあるのだ。
『衛星からのリアルタイムデータをDマッピングに出力します』
カーラβの声と共に、足元がスッと青白く光った。
燐光よりも鮮明で強い光源が、大理石の床材の上に湧き上がるように浮かんだかと思うと、薬局の周辺の街並がミニチュアの立体模型のような精密さで姿を現す。
『あ、これ、私達だね……!』
薬局の店内に青い点が二つ並んでいる。
そして、通りを挟んだ小さな教会の礼拝堂に、赤い点が一つ----ゆっくりと動いている。
『これが……ジェヴォーダンの獣……?』
(直線上を行ったり来たりか……この動き方、あまり知性は感じられないな……)
『現場の教会は昨年に壁が崩落して以来閉鎖されており無人状態です。内部の生体反応は現時点でこの一つだけですが、引き続き衛星からの監視を続けます』
『分かったわ』
教会の外に逃がしてしまうような事がなければ、短時間ですぐに片が付きそうな状況だ。
ただ、メリッサの戦闘能力が全くの未知数なのが、気になる。
そもそも、彼女の武器が何なのかが、全く分からない。
『そうだ、その蝙蝠傘……もしかしてそれで戦ったりするの?』
『……え?』
メリッサは、何を言っているんだというような顔になった。
『そんな訳ないじゃない……傘は傘でしょ……?』
言われなくても、傘は傘だ。
『……そうよね、傘よね』
それ以上は聞かない事にして、私はAIからの突入合図を待った。




