第一部 女王の帰還
風などないのに、温室の植物達が一斉にざわめいている。
その様は激しく、各々がまるで溜め込んでいた激情を解き放っているかのようだ。
ザザザザッ、ザザ……ッ!
草花の姿形は様々だが、どれもみな引き抜かれるマンドラゴラのように、あるものは鉢の中で踊り狂い、あるものは枝を高く振り上げて、硝子の天井の下で声なき声を振り絞っているのが、視える。
ザザザッ! ザザッ、ザザザッ!
「新月なのに、一体どうしたっていうの?」
数分前までの静謐さがまるで嘘のようだった。
「うるさいわよ」
そう呟いてみても、耳を聾するばかりの音は刻々と大きくなるだけだった。
「……誰か、来るの?」
返事などなく、
草達の狂乱は続く。
「……来るのね?」
答えはない。
だが私は知っている。
これは植物達の祝祭なのだ。
葉を揺らし、蕾を振り立て----ひたすらにその命を燃やし尽くそうとしている。
彼らは硝子の天井の向こうに垂れ込める夜の帳すら引き裂こうとしているのだ。
彼らを統べる女王の帰還を寿ぐために----。
ここは螺旋状の階段の底。
灯はなく、深い闇が淀んでいる。
その中に私はいた。
手を伸ばさなくても分かる。
温室から続く階段の、古びた石壁を埋め尽くすようにして植えられた草々も、またうねうねと激しく波打っていた。
ザザ……ッ、ザザザザッ!
彼らの歓喜は耳を塞いでも降り注いで来る。毛穴から入り込み、臓腑を震わせる。
諦めた私は、ひとり椅子の上で膝を抱えていた。
「嬉しいのね」
命の渦の熱狂の中で、しかしその熱は、私からは遥かに遠いものなのだ。
「お前達の方が、よっぽど心があるみたい」
私は呟く。
言葉を返す者は誰もいない。いつもの事だ。
何故ならこの巨大な温室にいる人間は、私ひとりしかいないのだから。
正確には、人間すらいない。
ここにいる私は、『人間の姿をした生き物』でしかないらしい。
この温室には、かつて幾人もの魔女達がいた。
そして今は、いない。
今は私だけが、まるで石のように、この穴倉に転がって----いや、飼われているのだ。
魔女として。