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とある前世を思い出してしまった侯爵令嬢と、彼女が幸せになるまでのアレコレ

乾杯は冷えたエールで

オッサンとオッサンがひたすらイチャイチャするだけの話。

 (いわお)の様な男がいる。


 身の丈は2メートルほどに及ぶが、身長よりもその巨躯(きょく)に目が行く。

 肩幅も、その腕もそこらではお目にかかれないほど太い。

 だが、ただ鍛えたというものではなく、柔も堅も想起させるその筋肉は今まで戦いを勝ち抜いてきた男の歴史を感じさせる。その鍛え抜かれたその体は、体というより兵器を連想させ、抜き身の剣と対峙してるような佇まいを持った男である。その眼光は鋭く体のいたるところに見える傷跡を隠しもせず泰然自若としており、その陽光に晒されきらめく見事な金髪だけが、男が貴族に連なるものだと思い起こさせる。

 男は齢30程でありニコリともせず、鍛錬用の木剣を地面につき、不動の姿勢をとっている。


 この巌の様な男こそが白の団の騎士団長であり、近衛《赤の団》と王城警護《青の団》を押しのけ異例にも総団長をも務める男、ラステッド=メルベクその人である。

 5年前の魔物災害で大変活躍した人物でもある。当時累計1万匹以上いたのではないかという王都近郊に湧いた魔物を一手に引き受け、引きもきらず地に溢れかえる大小様々な有象無象を誰よりも切って捨て、最終的に味方もろとも自爆覚悟で殿(しんがり)をつとめて魔物を罠に嵌め、何故か最後まで生きて地に立っていたというとんでもない漢である。


 その男が今強い眼差しを向けているのが、目の前の少女。


「えい!えい!」


 若干気の抜ける声で、だがしかし真剣に木剣をふるう10歳程度の貴族の子女である。

 通常、女はよほどのことがないと、この国では剣をふるわない。

 過去に大災害などあった時や戦争で亡国の危機に会った時は、剣をふるう貴族の子女が多かったと聞くが、ここ百年はあまり見られない。つまり、この少女が剣をとるということは「普通ではありえない」ことと言える。


「あと、50振るったら3の形だ。」


「はい!!!・・・えい!えい!」


 健気に、形を文句も言わずに毎回こなす少女に、武骨なラステッドは困惑をいまだに隠し切れない。

 はじめ、親友から娘に剣を教えてほしいと頭を下げられた時に何の冗談かと思ったが、未だに冗談でしたと言われても不思議ではないと思う。

 それでも、この少女を教え始めて早4年程になるが、そこらの貴族の子弟よりも余程筋もよく、根性もある。なによりその歳にして「形の大切さ」を知っているのだろう。文句も言わずに毎回形をこなす指示を受け入れる。

 甘やかされて育った貴族のボンボンだと、ただひたすらに地味な作業になる形をこなすことを大変に嫌う傾向にある。その大切さを教え込むのがまず大変である。恐怖や暴力によって無理やり詰め込むことも多い。ある程度技が身についてきて、実戦に出てはじめて「形の大切さ」に気づく者も多いのだ。生死の境を分けるほんの僅かな差を、体が覚えた形が救ってくれる事に気づくのだ。頭で恐怖を感じて心が追い付かなくても、長年培った形は裏切らず体が動いてくれる。そもそも「形」とは、武術の天才である先達たち、幾人も幾人もがその生涯を武術の身に捧げ、最も効率的な動きを模索していった「もの」をよりシンプルに改良を重ねていったものである。その剣の形をこの少女はどんな気持ちで真剣に学ぼうというのか。「ただのお遊びではない」と感じるだけに、よりラステッドは困惑するのだ。


「次、3の形。」


「はい!」


 ヤァ!ヤァ!と・・・やはり若干気が抜ける感が否めないが、本人は真剣に剣をふるっていく。

 男ほどの力はないが、魔力は多い。このまま鍛えていけばバランス型の使い勝手のいい剣士になるだろう。それだけに、惜しい―――――――。





「師匠!本日はご指導ありがとうございました!」

「うむ。このまま精進せよ。2の形の脇が甘い。そこに注意して次に来るまでに重点的にこなせ。毎日1,2,3が100回。4,5が50回だ。」

「はい!!!」


 嫌がりもせず、返事をする。準備運動を入れたらばまじめにやれば1日2時間以上かかるが、これまでのところきちんとこなしている様である。

 ではな、と少女に別れを告げ、親友に報告に向かう。


 彼女は寡黙であまり喋らず、あまり家庭教師ともうまくいっていないという。

 だが、ラステッドにはそこがいい。少女は馬鹿ではなく、よく考えて行動している。根性もあり、サボろうとしない。剣に対して誠実である。男として武人として育てば何ら問題はなかったのだろうが、貴族子女としては自己主張しないことは不適格なのだろう。だからといって、芯がないとは言えない。芯がないものが、そもそも不必要な武術を習おうなどということはあり得ない。



 ―――――――――――――――――――――――――



 ラステッドは勝手知ったる侯爵家の執務室まで、使用人の案内も断り勝手にたどり着きノックを3回鳴らす。

 相手も時間的に誰が来るか分かってるのだろう。

 ノックだけでも特に気にする様子もなく

「入れ」

 という。


「おい。アレをそろそろ何とかしろ。」

 入室早々、単刀直入にラステッドが切り出す。

 部屋の中にいたのは、この屋敷の主。現侯爵家当主のシュレイン=ディーラネストである。

 深い藍色の髪が、薄い碧眼を銀の星の様に見せている。

 だがラステッドはその銀が星ではなく、抜き身の刃物であると知っている。

 若い頃、学園では剣術の授業でなかなかの好敵手であったが、シュレインはペンを刃物代わりにして人を排除していくタイプの人間であるが。


 ラステッドの情報を端折りすぎた問いかけに、だがしかし言いたいことは分かったのだろう。

 今まで何度も問いかけられた事なのだから。

 書きかけの書類のペンを止め、シュレインは嫌そうに顔をしかめる。

 ラステッドは言葉を続ける

「お前と娘の酔狂は知らんが、アレをどうしたいのか全く分からん。貴族の子女だぞ?剣術など使う機会はあるまい。むしろ、嫁ぎ先がなくなるんじゃないか?それとも、白の団(うち)にくれるのか?平民が多いが訳アリのご落胤やら何やらも多いぞ。貴族を捨てるならとりあえず飯には困らん。アレは頭もいいし、怪我をして剣をふるえなくなっても雑務で助かるだろう。」


 ―――――バキッ


 乾いた枝を折る様な、執務室に不釣り合いな音が響く。

「――――誰がやるか・・・!」

 どうやら握力で筆をへし折ったらしいシュレインが、地獄を這う様な低い声でうめいた。


 それを予想していたのか呆れたような眼で見つめながら、ラステッドはいそいそとワインとワイングラスを用意する。

「・・・とりあえず、一杯飲め」

「おい、それは47年物の当たり年で有名なヴィンテージワインだぞ!」

「おごれ。足りないなら家庭教師代にでもつけておけ。」

「・・・・グッ」

「今日は仕事にならんだろう。諦めろ。あとツマミが欲しいな。・・・この前隠しておいた牛の干し肉でとりあえずいいか。」

「・・・何で人の家の執務室に勝手に干し肉を隠した。」

「多分おまえの執事は知ってるが、毎回見逃してくれてるみたいだな。」

「お前はうちの親戚か何かなのか・・・。まて、チーズと熟成肉もある。持ってこさせる」

 そう言ってシュレインは諦めたのか書類を片付けはじめ、使用人を呼ぶベルを鳴らす。

 ラステッドは勝手知ったる執務室を毎度のことながら勝手に物色をはじめ、飾ってあるワインを物色している。

「エールが飲みたいなぁ」

「勝手をいうな。だがまぁ、たまたまある。」

「たまたまか。」

 フッ、とラステッドは笑う。

 不器用なこの親友は、毎度エールを飲みたがるラステッドが来る日に限って、()()()()エールを買い付けておいてくれたらしい。それにツマミまでも。


 そして宴会という名のゴングが今始まった―――――――――――





 それから2時間ほどが過ぎ―――




「私だって、キャロを止めたかったんだ・・・・」



 宴会会場は泥酔会場へと進化していた。


 ワインとエールを交互に飲ませる(ちゃんぽん)という技を駆使してまで限界まで飲ませたので、シュレインは机に沈没しかかっていた。

 さっきから涙目で語って(愚痴って)いる。

 おっさんが半べそで飲んでいるところなどちっとも可愛くない。

 が、普段の威厳のある侯爵しか知らない使用人などが恐慌に陥るといけないので、実態を知ってる執事によって念入りに執務室は人払いをされている。

 ・・・二人で執務室で飲む時は、毎度の光景であるが。


「止めろよ。お前一応親だろ?」

 新たに樽から自分でエールをつぎ、冷えたエールを飲みたいが為だけに覚えた氷魔法で冷やしながらラステッドは答える。冷やしすぎても気が抜けるので、これの習得は大変に苦労をした。今では白の団の中で一番エールの冷やし方が上手いと自負している。


 ちなみに、この問答はすでに6回目である。

 エールは21杯目である。


「キャロが久しぶりに『お願い』をしてくれたんだぞ・・・・!もし断って嫌われたら・・・嫌われたら・・・」


 生きていけない!と泣き出す。

 いい年したおっさんが大変に見苦しい。


「さっきから言ってるが、お前、本末転倒もいいところだろ?ありゃ、興味本位じゃないだけ質が悪いぞ。出奔させる気なのか。」

「勝手に出てくなんて、この私の目が濁るまでは許さないに決まってるだろうが!」

「俺に言うな!本人に言え!」

 シュレインに本音を言わすため、ラステッドは半ば強引に飲ませたが、結局のところどうにもならなかった。

 むしろ、娘バカすぎて質が悪かった。

 シュレインの問答は、ラステッドには理解できない堂々巡りである。

 当の本人は『誕生日会もできないなんて何の拷問なのか』とすすり泣いている。

 はっきり言って鬱陶しい事極まりない。


「・・・お前も娘ができれば俺の気持ちがわかる。」

「・・・・無茶言うな。嫁は逃げたの知ってるだろうが。」

 ラステッドの細君は『真実の愛』とやらに目覚めたらしい。10年前のある日、突然子供を置いて家を出ていった。

 すったもんだあった挙句、家を出ていく前に既に相手との間の子供がお腹の中にいたらしい。離婚した後、同じ家格の伯爵家の後妻として収まったと聞く。


「新しく娶ればいいだろう。2度目の婚姻でも英雄殿はもてるぞ。むしろ、私にまで紹介しろと煩いくらいだ。」

「・・・女はやかましくて好かん。」

「彼女の尻は好きだっただろう。」

「ぬかせ。」

「だがうちの嫁(エフィ)の方が可愛いがな!!!」

「あほか。」

「うちの娘も嫁に似て可愛いぞ!なのに・・・・!ああ~キャロが~~(号泣」


 阿鼻叫喚もいい所である。

 ラステッドは自分が蒔いた種とはいえ、早くもこの地獄に辟易していた。

 女は好きではないラステッドにとって、幸いなことに優秀な後継ぎがもういるので、新しく嫁をもらうよりも娼館に行った方が気楽であるという気持ちが強い。商売女はお金さえちゃんと積めば我儘をあまり言わず、こちらを楽しませようと努力してくれる。独占しようとしたり理解できぬことで喚かれるよりずっと楽でいい。

 だが、そんなラステッドでも親友の娘ということを差し引いても、弟子のディルキャローナは可愛いかった。女の身でありながら、真摯(しんし)に武芸に打ち込む心根を持つ彼女は、ぜひとも幸せになってほしいと思う。

 思うが、無骨者の武人の自分など、結婚する以外何が女の幸せなのかも分かりはしないのだ。


「お前も嫁をもらえ~~~」

 酔って絡んでくるシュレイン。だが、絡んでくるのが下世話な気持ちだけではなく、独り身になったラステッドや息子をを心配してるという事くらいは長い付き合いでラステッドにも分かっているので、あまり強く拒否もできない。

「あーーーー・・・ディルキャローナ位の女なら、もらってもよかったがなー」

 あんな珍獣、そんじょそこらじゃ見たことがないのだ。

 あそこまで寡黙で武芸にも真摯な女なら信用できるのにとラステッドは思う。


「お前みたいなオッサンに、うちの可愛い娘をやれるわけないだろうがぁああああああああああ!!!!!!!」

「だれが10歳に手をだすかああああああああああ!!!!守備範囲外じゃああああああああああああああ!!!ぶぉけええええええ!!!!」


 何を言いやがったのかこの酔っぱらいは。


「ああああん????うちの娘が可愛くないっていうのかあぁああああああああああああああああ!!!!」

「アホかぁああああああああああああ!!!!???」


 ・・・そしてラステッドも大概酔っていた。




「あらあら、ではこうしましょう。」



 ピタリ。

 男二人の声がやむ。



 恐る恐るドアの方を見ると、白いナイトガウンを羽織ったシュレインの奥方が部屋の中に、いた。

 いてしまった。


「エ、、エフィリーナいつの間に・・・」

「エフィリーナ様ご、ご無沙汰しております・・・。」


 今までの酔っぱらった痴態を全部見られてた?

 気持ちよく乱れてた飲み会に、素面の人間が混じってると、なんか・・・とても恥ずかしい。

 モジモジしている男衆をしり目に、何事もなかったかのようにエフィリーナが続ける。


「わたくし良い事思いつきましたの~。ラステッド様のご子息、リュケイオン様はラステッド様に似た気質で武術に優れ、外見は元奥様に似て華やかで繊細、まるで王子様のようだと伺っておりますわ~。でも何よりも大事なのはその気質。キャロをかわいく思ってくださるラステッド様のお子様なのですから、ラステッド様に似た感性もお持ちでしょう。ラステッド様、キャロをメルベク伯爵家にもらってはいただけませんか?」


「エフィ!!!それは!!!」

 一気に酔いがさめたのか、シュレインは立ち上がって叫ぶ。

 ラステッドは呆然としてた。

 うちの外面はいいが自分と似て「女などいりません。嫁を選ぶなら父上から見て邪魔にならないような者を適当に嫁に選んでください。」と笑顔で言ってるようなあの息子と、あの愚直な弟子を?婚約?


「わたくし、キャロを本当に愛してくださる方に、旦那様になってほしいんですの。」

 揺れる男どもと違い、奥方エフィリーナの声は揺るぎない。

 まっすぐエメラルドの瞳を男二人に向ける。


「色々な方を見てまいりましたが、我が侯爵家の財産狙いの方が多く、ピンとくる方は今までおりませんでしたの。」


「だからと言って!なんでこれの息子なんだ!?」


「あら?あなたは嫌なんですの?」


「嫌ではない!リュケイオン殿は大変優秀だと聞く!だが、キャロに婚約はまだ早いだろう!?」


「青田買いなど貴族の間では日常茶飯事でしょう」

 コロコロと奥方は笑う。全く邪気を感じられない奥方様子と会話の内容との落差にラステッドは酒のせいではないめまいを覚える。


「だが・・・!」


「あなた。キャロの為なのです。」


「グッ・・・・」


 またしてもシュレインの声が詰まる。


()()()()()()()()()()、婚約は免れません。平民として生きるなら別ですが、私たちは平民ではありません。飼い殺しにでもするならともかく、平民にとっての最善は分からないのです。ならば、わたくし達がキャロにしてあげられることは、貴族として最善のパートナーを探してあげる事だと思うのです。」


 ひたり、と向けてくるエメラルドの瞳が美しい。

 ああ、この人もいい女だな―――――とラステッドは思う。

 横恋慕するわけではないが、さすが親友が選んだけはある、と。

 ただ美しいだけではなく、心が強い。


「あなたが、親友のラステッド様に気を使われる気持ちもわかります。私たちの方から打診すれば、ラステッド様には断りづらい。でも、わたくしはラステッド様にとっても悪くはない話だと思います。家格的にも、心情的にも、派閥的にも。うちとメルベク家が懇意なのは周知の事実。今更キャロとリュケイオン様が婚約したからと言って変に勘繰る者もおりません。むしろ妥当でしょう。」


「それはそうだが・・・」

 苦虫を潰したような顔を浮かべ、シュレインがうめく。

 奥方が言ってるのは貴族としてはど正論だ。



「でも、そんな建前はどうでもいいのです。わたくしは、旦那様とラステッド様とのような絆を、キャロとリュケイオン様が築ける可能性にかけたいのです。」


 そして、本音も申し分ないのだろう。

 あとは、娘バカの気持ちが、ただ娘を手放したくないだけなのだろう。



 ―――――そして、俺としても申し分がない。

「この話、お受けしよう。」


「まぁ」

 花の様にほころんで笑う奥方に

「ラステッド!!!」

 叫ぶシュレイン。本当はもう反対なんかしていないだろうに、とラステッドに苦笑が漏れる。



「俺は女がそう好きではないので、前の嫁は家格にあった都合と評判がいい基準で選んだ。それがあのザマだ。口さかのない者は寝とられたなど言うものがいるが、まぁ事実ではあるが。レイン(お前)が思ってるほど俺は気にしてない。むしろ、彼女が居なくてホッとしている位だ。だが―――」


 ラステッドの前妻は、美しい女だったが心の弱い女であった。

 ラステッドに縋り付き「いつもわたくしの側にいて」と囁く事が多かった。

 大事にしてきたつもりだが、所詮は軍人。仕事柄、急に出立したり、何日も場合によっては何か月も帰ってこないことも多かった。彼女にとっては、それが耐えがたい苦痛だったのだろう。

 またラステッドにとっても苦痛であった。

 仕事柄仕方のない事なのに、始終、浮気しているだの、大切にしてくれないなどと責められるのだ。居なくなってホッとしたというのは紛れもない本心である。リュオンには悪いと思うのだが。


「・・・だが、あなた方夫婦を見ているともっと違う未来もあったのではないかと思う。俺は気楽な独り身で楽しいが、リュオンは俺より多少繊細にできている様にも見れる。親を見て育ったからだろう。まだ未熟なうちに「女なんて」と諦めさせるのも忍びない。ならば、隣に立つ女は信頼できるものがいい。ディルキャローナ嬢は貴族としてはともかく、信頼できる。うちは武家だからそこまで社交が上手くなくても何とかなるだろう。リュオンは外面もいいしな。それに、うちのバカ息子は平民の女武官と平気で殴り合いもしてるので、ディルキャローナ嬢が武術をたしなんでても気にしないだろう。」


「おまえ・・・人の家の娘を捕まえて社交下手とかいうなよ・・・」

 往生際が悪く抵抗を見せるシュレイン。

 奥方はニコニコしている。


「結局頭で考えてもどうにもならん。死ぬわけでもなし、最善手だと思ったらやってみるしかあるまい。」


 どんなにうまくいきそうに思えても、人の心など当事者同士しかわからぬのだ。

 どんなに相性が良くても、縁が悪く巡り合えないこともままある。



「戦も同じだ。どんなに良い手だと思い入念に準備しても、上手く行くときは上手くいく。上手くいかん時は上手くいかん。」



 何が起こるかわからぬこの世界。

 だからこそ楽しいだろうに―――――――

 政には豪胆な癖に、反面身内には臆病なシュレインが、ラステッドには少し可笑しかった。

 だが、大事なものはとことん大事にするシュレインだからこそ、ラステッドと親友になれたと知っている。



「俺は婚約(これ)が、『流れ』に乗っているように感じる。頭で考えても悪くない気がする。だから乗る。以上だ。」







 だから、結局そういうことになった。


 将来が不安だった弟子が思いもかけず数年後にうちにくることになった。

 彼女が伯爵家の庭先で剣をふるってる未来の姿を想い、ラステッドは少し嬉しくなる。

 彼女がいる暮らしは、きっと楽しいに違いない――――――。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「おかえりなさいませ、旦那様。」

 ラステッドはメルベク伯爵邸に戻ると使用人たちが総出で迎えてくれる。

 それに鷹揚にうなずき、まずリュオンを探す。

 見つけた息子は、酷くつまらなそうに政治の名著と言われる本を居間で読んでいる。

 頭の出来が自分に似ないで良かった、と少しラステッドは神に感謝をする。


 さて、この頭がいい息子に、突然婚約の話を切り出したらどう反応するだろう?

 ラステッドに悪戯心が湧いた。


「おい、お前の婚約相手が決まったぞ。」


「は?」

 ラステッドが唐突に切り出すと、案の定、息子が間の抜けた面をさらしてくれたので、ラステッドは満足する。


「お前の、婚約が決まったぞ?」

「何で疑問形になさいましたか?・・・お相手は誰です?」

 早くも立ち直ったのか本をしまい、諦めた顔でラステッドの方に向き直る。

 息子にとって武力の権化のこの父は、私生活ではいつも唐突に何かしでかすのだ。


「ディーラネスト侯爵令嬢第一子ディルキャローナ令嬢だ。」

「・・・ディーラネスト侯爵閣下に何か弱みでも握られましたか?」

 ディルキャローナ嬢の数々の不名誉な噂を思い出したのだろう。顔しかめて息子が聞いてくる。

 きちんと噂を知っていることもそうだが、「弱みを握られたか」という発想が面白くて笑ってしまう。

 シュレインの弱みなどどれだけこちらが握ってると思ってるのか!

 ・・・相手にも握られてるが。


「握られてない」

 シュレインに握られている数々の弱みを思い出し、つい真顔で返すと、息子の不審そうな顔が目に入りより可笑しくなった。

 世間では王子などと呼ばれている様だが、とんでもない。

 この息子はシュレインと同じ方向性の小狸である。

 しかも噂を利用して率先して王子の皮をを被るから、なお性質が悪い。


「お前にアレの価値はまだわかるまい。」

 したり顔で言ってやると、案の定ムッとしたのかすぐに切り返してくる。

「では、何であえてディルキャローナ嬢を選ばれました?」

 まだ若い息子には分かるまい。

 ただ幸せになってほしい、なんてだけの気持ちは――――――。


「そうだな、強いて言えば彼女が『信頼できる』からだな。」

 難しそうな顔をして「そうですか」とリュオンは考えている。

 大方、噂の真偽や、どういう人物なのか頭でシュミレーションを始めたのだろう。

 こういう頭でっかちなとこは青の団向きであるが、意外にも息子は白の団を希望した。

 どういう心境なのかは知らないが、父親としてはやれることはやってやる。

 ただそれだけだ。



 折角なので、父親らしく追加情報を提供することにする。

「奥方似だからな、きっと美人になるぞ。」

「お戯れを。」

「大事だろ。将来乳も期待できるぞ。」

「足りなかったら専門の店に行くので結構です。」

 こんなところは自分に似なくてもいいのに、とラステッドは大笑いをした。




 (リュオン)彼女(キャロ)が出会うまで、あと1年―――――。

お酒は20歳になってから。

用法容量を守り、適度にお願いいたします。

自分の限度を知る前に飲みすぎても飲ませすぎてもいけません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あかん、もっと読みたいのに一瞬です~!
[気になる点] 本当は親バカだった両親と本編の対応は凄く噛み合わないのでは。 キャロの視点によるフィルターがかかっていたり、貴族特有の環境があるのは差し引いて考えても。 [一言] この両親にとっては、…
[一言] 「青田刈りなど貴族の間では日常茶飯事でしょう」 青田買いかなって
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