4(淡稀視点)
茶を口に含み、一息つく。美味い。
翠の淹れる茶は回数を重ねる毎に美味くなっている。詩音の助言もあるのだろうが。
さて、と目の前に座る阿呆、もとい瑞瀬を見やる。
茶菓子を呑気に堪能している姿に僅かばかりか苛立ちも募る。
「もう一度言うが、連絡もなく我が邸に来るな」
「でも連絡入れたって断られるだろう」
「当たり前だ」
「それならどっちにしろ同じだ」
そうだろう?とからから笑う彼とは不本意ながら付き合いも長い。
いつまでもこの件を続けるだけ無駄だと諦める。
「…して、用件は?」
「んー、最近お前と会ってなかったからさ。元気にしてるかと思って。あと詩音の顔も久々に見たかったし」
「嫌われておるのによく会いたいと思えるのう」
「綺麗な顔してるのに俺には容赦ないよなぁ。まあそこも良いんだけど」
一拍おいて、訪れた沈黙。
本題へと切り替わる合図でもある。
「……あの子か」
「………」
「いやぁ、驚いた。ただのホラ話かと思ってたよ」
「…瑞瀬」
「間違いなく本物だ」
言い切った瑞瀬に、小さく息を吐き出す。
やはり確かめに来たのか。
「実在するなんてな」
「…どれほど広まっている」
「お前があの子を匿っていること?まだ信憑性もない噂程度だよ」
ち、とつい舌打ちが漏れる。
もう噂になっているか。幾重にも結界を巡らせ、悟らせないよう細心の注意を払ったというのに。
「仕方なかろうよ、神様の集まりだ。どんなに強固な結界を張ったって隠し通すのは不可能だよ」
「分かっている」
「しかし面倒事を嫌うお前がねぇ。一体どんな風の吹き回しなんだ?」
じろりと睨むと瑞瀬はわざとらしく「おお怖い」と肩を竦めて見せた。
阿呆でも頭は回るヤツだ。それ以上は突っ込んでこない。
「当分は平気だろうけど、いずれバレるぞ」
「……」
「早めに手を打っておいた方が吉だろうな」
「…ああ」
分かってはいる。最初から隠し続けられるなんて甘いことは思っていない。
それでも気が進まないのが正直なところ。
今後を思えば重たい息が口をついた。
「でもさぁ、詩音はあの子のことをすごく気に入っているみたいでちょっと意外だったよ」
「何がだ」
「だってほら、彼女は家に住み着く妖精だろう?縄張りに余所者を入れることにもっと抵抗がありそうだって思ってたんだけどな」
「話し相手ができて嬉しいんじゃないか」
「それもあるんだろうけど、それだけじゃなさそうっていうか…」
詩音は家を守る妖精で、こいつの言うとおり本来なら余所者に対して攻撃的な意思をもつ。
けれどそれは家に害を為す者に対してのみ。反対に、家に利や福をもたらす者には好意的だ。本能的にそういった相手を察知しているのだろう。
後は単純に、翠の人柄を気に入っているようだ。
唸っているこやつに話してやる義理はないが。
「翠ちゃんだっけ。結構可愛い顔してるよな」
「ああ、お前の好みに近いか」
「銀髪や金髪も好きだけどさ、やっぱり黒髪黒目が一番そそるんだよ。表情は乏しいけど、素直で従順なのも好みだな~」
女好きめ。まあ私が何か言える立場ではないが。
艶やかな黒髪に、濡れるような漆黒の瞳。会ったばかりの頃は痩せこけていたが、最近は食事をきちんととるようになったからか肌つやも潤ってきた。
翠は自身の容姿に対する評価が最低値のようだが、人間で比べるのならかなり上等な部類に入るだろう。
こいつ好みの容貌。念のため釘を刺しておく。
「分かっていると思うが、手を出すでないぞ」
「はいはい、さすがにお前を本気で怒らせるようなことはしませんよ」
少し温くなった茶をすする。
でも、と瑞瀬は真剣みを帯びた言葉を紡ぐ。
「本当にヤバくなったらいつでも力を貸す」
「……」
「いいな、そのときは介入するぞ」
「……分かった」
瑞瀬ならそういうと思ったから、邸には来てほしくなかった。
今後起こり得る面倒には頭が痛くなりそうだが、分かっていて手を伸ばした。
あの子の手を、最後まで放しやしない。
ーーそれが約束だから。