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頭をさする瑞瀬様にそうっとお茶を差し出すと、笑顔でお礼を言われる。
わたしの隣に腰を下ろす詩音様はまだお怒り気味で、それを隠そうとすらしていない。
気心知れた間柄ということは伝わってきたが、それでも相手は神様。大丈夫なのだろうかと二人交互に視線を送る。
「悪かったって、詩音。見事な漆黒の瞳だったから、つい間近で見てみたくなっちゃったんだ」
「初対面の女性に対する振る舞いとは思えません。大いに反省なさってください」
「分かっているよ。翠ちゃん、本当にごめんね」
「い、いいえ、お気になさらないで下さい」
まだ言いたいことがありそうな詩音様は溜め息ひとつ零し、瑞瀬様に向き直る。
「それで、今回はどう致しました?訪問の約束は伺っておりませんでしたが」
「ああうん。近くまで来たから寄ってみたんだ。淡稀は…居なさそうだね」
「残念ながら」
「まあいいや。どうせもうすぐ帰ってくるだろう、それまで待たせてもらえるかな」
「…承知いたしました」
少し嫌そうに、けれど淡稀様の来客へ軽く頭を下げて受け答える詩音様は主の留守を預かる者として礼節を弁えたもので。
やはり目の前にいる神様は格の高い方なのだろうと思わざるを得ない。
「大丈夫だよ、そんなに長居しない。というかーー」
「急に来るなと言ってあるだろう、瑞瀬」
ほらね、という声に振り返れば淡稀様が呆れたような表情で障子に身体を預けていた。
気が付かなかった。慌てて腰を折る。
「お帰りなさいませ、淡稀様」
「今帰った。早々で悪いが、この阿呆と少々話したい。席を外してもらえるか」
「阿呆は酷くないか」
「了解致しました。淡稀様のお茶は…」
「ああ、一杯いただこう」
新しくお茶を淹れ直し、淡稀様と瑞瀬様の前へ出す。
一応砂糖菓子を載せた皿も机に置き、礼をもって退室した。
部屋を出る前に垣間見たお二人の空気には気安さが感じられ、淡稀様の表情もいつもでは見られない親しみが浮かんでいて。疑っていた訳ではないが、本当にご友人同士なのだと思った。
「翠様、本当に瑞瀬様には何もされていませんか」
台所へ戻ったところで詩音様に声をかけられる。心配が少しくすぐったい。
「はい、何も。ご心配おかけして申し訳ありません」
「それなら良いのですが……瑞瀬様は悪い方ではないのですが、少々女性との交流に重きを置く傾向があるのです」
つまり、女遊びを得意とする方ということだろうか。
思わず苦笑いが零れそうにもなるが、いくら女性がお好きだからといってわざわざわたしに手を出すことはないだろうとも思う。あんなに美しい神様だ、お相手は選り取り見取りだろう。
それにあのときの瑞瀬様は手を出そうとした、というよりは確かめたという風体だった。何を、と聞かれると言葉に詰まってしまうが。
「瑞瀬様は、淡稀様のご友人なのですね」
「ええ、古いご友人です。ご友人というよりご悪友といった方がお似合いですがね…ですが、淡稀様が此処への訪問を許している数少ない方、というのは間違いありません」
「数少ない…?」
「淡稀様は自身の領域に他者を入れることをとても嫌がるのです。ですから、此処への訪問者というのは殆どありません。そもそもが淡稀様の結界で覆われていますので、淡稀様以上の力をお持ちでないと侵入すら難しいでしょう」
知らなかった、そうなのか。でもこんなにも広い邸に詩音様しかいないことを考えると、何だか納得してしまう。
では、わたしは。わたしは此処にいて、いいのだろうか。
「さて、今日は南側の物置でも整理いたしましょうか」
「はい」
胸元で揺れるまが玉を、服の上からそっと押さえる。
この邸の一員である証。
わたしが此処に居てもいい、証ーー。