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日が昇らないうちに村を出発する。
村の長を筆頭に、その息子と村の主立った男が数人。わたしを囲むように歩く。
まるで逃げるのを阻止するかのような配置だ。事実その通りだろうが。
合間にじろりと睨みつけるような視線を寄越される。
逃げやしないのに。逃げるのならとっくに逃げ出しているだろうに。
(…何をそんなに怖がるのだろう)
そう、怖がっている。この人たちは。
ずっとずっと。それこそ年端もいかないうちからこき使ってきた二回り以上も離れた子ども(わたし)を。
罵倒を、侮蔑を、憎悪を、長い年月惜しみなく注ぎ続けてきたというのに。
いつだってその奥底には“怖れ”が見え隠れしていた。
前日の対応にしたってそうだ。わざわざ湯浴みをさせ、少ない食料を施し、真新しい着物を与える。
カミサマへの生贄ということを抜きにしたって、それ以上の何かを感じざるを得ない。
そしてそれは、多分罪悪感とか気遣いなどの類いではない。どちらかと言えば機嫌を取るためのような行為に思える。
機嫌取り?…何のための?
「着いたぞ」
その声にはっと顔を上げる。
いつの間にか目の前には小さな社があった。屋根は苔に覆われ、柱部分の木は雨風によって変色している。あまり手入れがされていないようだ。
村の男たちは持ってきた材木で簡素な台を作り上げ、社の前に置いた。
その上に乗れ、と指示されたので従うと男たちはみな社に向けて膝をつき、頭を下げた。
「神様、水神様。供物を捧げに参りました」
「どうぞ雨をお恵み下さい」
「なにとぞよろしくお願い致します」
…頭を下げる前に社を綺麗にするとか、もっと神頼みのしようもあるだろうに。
そんなことをぼんやり考えているうちに男たちは引き上げていく。こちらを一瞥すらせず。
いや、一人だけ。長の息子だけはこちらを横目で見やり、音を出さずに口を動かす。
『ざまあみろ』
そのまま男たちの姿は森の中へ消えていった。
夕暮れを迎え、辺りは徐々に薄暗闇に包まれていく。朝日が出る前に村を出たのに、もうそんな時間なのか。すぐに夜が来る。真っ暗な夜が。
さて、今後どうしようか。いやどうしようもないけれども。
森の奥深いこの場所で、こんな数歩先すら見えない暗闇の中をやみくもに歩き回り人里に出られる可能性はどれほどあるのか。
加えて耳に飛び込んでくる獣の遠吠え。近くではないが、それほど離れているとも思えない。
日が沈みきった世界は黒に塗りつぶされ、自身の存在すら曖昧になる。
獣たちのエサになるか、運がよければ餓死か。
ふっと身体の力を抜く。そのどちらかならば、そんなに悪い最期でもない。
逃げようなんて思わない。怖くもない。むしろ安心したくらいだ。
「……よかった」
ようやく、終わる。
「何が良かったのだ?」
肩が跳ね上がる。
全く予期していなかった声の方を振り返れば、そこには。
カミサマが、いた。