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そっと辺りを見渡し、少し行った場所に目当てに似た花を見つける。
「ここのお花を摘んでしまったら、淡稀様に怒られてしまうでしょうか」
「まさか。淡稀様はそんな小さいことで腹を立てたりしませんよ」
「よかった…詩音様、少々こちらでお待ちいただいてもよろしいですか?」
「え?はい、もちろん」
花を踏まないよう気を付けながら、目的の場所まで進む。
思った通り、そこにはたくさんのシロツメクサが咲いていた。見たところ、現世のものとほぼ変わらない。うん、これなら大丈夫。
心の中でごめんなさいと呟いて根元近くから手折る。
茎同士で交差させ、2本の茎を芯として新たなシロツメクサを加え、同じように交差させて編んでいく。
黙々と単純作業を繰り返し終わりが見えてきた頃に後ろから詩音様の声がかかる。
「あの、翠様…なにをして…?」
「すいません詩音様、もう少しなので…」
「はぁ…」
いけない、待たせすぎてしまったようだ。
でももう少し。あとここを整えたら……よし、できた。
「お待たせしました」
「翠さ、…!」
ふわり、と出来上がったばかりの花冠を詩音様の頭上に載せる。
白い花は思った通り詩音様によく似合う。
ああでも、赤や桃色があればもっと良かったかもしれない。
「詩音様には此処に来てから、本当にたくさんお世話になりました。だからなにかお返しがしたくて、ずっと考えていたんです」
「翠様…」
「いつもありがとうございます、詩音様」
「…っ」
「わたしに出来ることはこんなことぐらいで、お返しにもならないとは分かって…わわっ!?」
唐突に詩音様に抱き着かれ、突然のことに体重を支えきれずそのまま後ろへ倒れてしまう。
痛くはないが、驚いた。目を瞬かせていると、聞こえてくるしゃくり上げる声。…え。まさか、泣いて、いらっしゃる…?
「ごめんなさ、わたし、余計な…」
「ちが、違うんです…っ!」
そう言ったきり、詩音様はひくひくと肩を震わせる。
泣いている方にどう接すればいいのか分からず、しばらく両手を宙に彷徨わせてからそっと彼女の背に触れた。思えば自分から誰かに触れたのはこれが初めてだったかもしれない。
少しの間そのままでいると、詩音様は「すいません」と身体を起こした。わたしもそれに倣って起き上がる。
しばらくの沈黙後、頬を伝う涙を拭いながら詩音様はぽつりぽつりと語り始めた。
「……少しお話ししましたね。淡稀様が以前はもっと酷い生活を送ってらっしゃったこと」
「はい…」
「翠様が此処に来られる前は百年に一、二度帰ってくればいい方。食事をとられることもまれで、来客は瑞瀬様と、もうひと方くらいでした。嘘偽りなく、翠様のお陰なのですよ。淡稀様が頻繁に此処へ帰ってくるようになったのも、食事を召し上がるようになったのも」
「……」
「わたくし、自我をもったときから淡稀様の邸におりました。邸の家事一切や留守を預かる者として。ただひとりで、何百年以上も」
「何百年も…?」
「疑問や不満に思ったことはありません。だってそれがわたくしの存在意義なんですもの。けれど…そうですね、邸が広すぎると感じることは幾度かありました」
言葉を交わす相手もなく。訪れる客もなく。
あんな広いお邸に、何百年もずっと一人だなんて。
想像するだけで背筋がぞっとする。
そして、思う。ーー少し、わたしに似ているのかもしれない、と。
わたしなんかと比べるなんて烏滸がましいのは重々分かっている。けれど、長い間ずっと独りぼっちで過ごしてきただろう彼女の背は、決して見たことのないものじゃない。
「けれど翠様が此処に来てくださって、一緒に食事をして、一緒に働いて……わたくしは初めて、毎日を楽しみに思うようになりました」
「詩音様…」
「お礼を言うのはこちらの方なのですよ、翠様」
壊れ物にでも触れるかのように、詩音様は花冠を指先で撫でる。
ぽろりと、縁から涙が一筋こぼれた。
「素敵な贈り物を、ありがとうございます。一生大切にします」
そう微笑む彼女が消えてしまいそうなほど儚くて、思わずその手を握る。
一体なにを、と我に返る前に口を開く。
「他にも、色々な花冠の作り方を、知っているんです」
「まあ、他にもですか」
「はい。ですから、詩音様さえよければまた…此処に来ませんか」
思いはどうにか伝わったようで。
詩音様は「はい、ぜひ」と綻ぶような笑顔を見せてくれた。




