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神様の箱庭  作者: 佐倉ユウキ
雨降り
11/28

それから、詩音様が書庫から見つけて下さった文字習い書物を手本に、ひたすら文字を学んだ。指で文字をなぞり、声に出して音を読んで。少しでも早く覚えたくて、毎夜遅くまで書物とにらめっこを続けた。

けれど苦痛に感じたことなど一度もない。むしろわくわくした。積み重ねた分だけ自分の中に刻まれていく過程に。

その甲斐あってか、基礎となるらしい“平仮名”はちょっとずつだが読み書きが出来るようになってきた。


「こんなに短い間でここまで…素晴らしい上達ぶりです」

「詩音様に教えていただいているお陰です」

「いいえ、翠様の努力あってですよ」


詩音様に褒めてもらえたことが嬉しくて、ほんのちょっとだけ、誇らしかった。まだまだ分からないことだらけだけれど、一歩でも前進できた気がして。文字の習得にますますのめり込んでいく。

そんな折だった。淡稀様から声をかけられたのは。


「詩音から聞いたが、文字を学んでおるのか?」


瞬間、ハッとする。文字習いの書物は淡稀様が所有されるものでここ数日いらっしゃらなかったとは言え、無断でお借りしている状態なのだ。

一気に血の気が引いていく。即座にその場で額を床に押しつけた。勢い余ってゴツッと音がしたが、そんなことに構っていられない。


「す、翠?どうした」

「もっ、大変申し訳ございません…!淡稀様の書物を許可も得ず勝手に持ち出し、あまつさえ使わせていただいておりました…!!」

「ああ、そんなことか。別に構わん。私にはもう必要ない書物だ」

「いいえいいえ、淡稀様の所有物を断りなく使うなど、盗人(ぬすっと)と同じでございます。万死に値します。どうか如何ようにも処罰くださいませ…!」


今の今までそんなことにも気付かないなんて、愚かにもほどがある。首を()ねられたって不思議ではない。

学べることに浮かれて周りが見えていなかった。せっかく詩音様がお忙しい中、時間を割いてくださったのに。すべて台無しにしてしまった。

「うむ…」と淡稀様は呟く。罰を待つわたしの耳になにやらごそごそと物音が届き、肩が震えそうになるのを必死で堪える。


「では翠よ、罰を与える」

「……はい」

「顔を上げ、これを受け取れ」


おそるおそる顔を上げた先に差し出されていたものは、書物のような束と長細いなにか。

思わずきょとんとしながらも両手でそれらを受け取る。


「淡稀様、その、これは…」

「紙とペンだ」


何も書かれていない、白紙の束。これが紙だということは以前、詩音様に教えてもらった。

けれどペン?はさっぱりだ。何に使うものかすら検討がつかない。

これが罰……?


「ペンはこの蓋を外し、このように先端を紙に押しつけると跡が残る」

「!!」

「な?面白いだろう」


淡稀様がくるりとペンを動かすと、紙には動かした軌跡が生まれた。

驚きに目を見張る。なんとすごいものなのだろう…!


「この世には不思議な力を持つものが存在するのですね…」

「ふふ、まあな。正直に罪を話したことに免じて、この二つを素直に受け取るだけで許してやろう。学びに役立つはずだ」

「だ、駄目です、それでは罰になっていません」

「私が処罰を決定したのだぞ?なにか文句があるのか」


そう言われてしまうと、何も返答できない。

明らかに罰などではない。むしろ褒美に近い。どうして?八つ裂きにされたって当然なことをしでかしたのに。でも淡稀様が決められた処罰であって、わたしが口を挟むなんてもっての外で、でも。

罪と罰との間でぐるぐる思い悩んでいると、淡稀様がわたしの額に触れた。


「のう、翠よ。お前は今まで十分に独りで堪えてきた。此処にはお前を脅かすものは何もない」

「淡稀、様…」

「だからもう、我が儘を言ったっていいのだぞ」

「そんな……わたしには勿体ないお言葉です」

「まあすぐには無理だろうから、少しずつ慣れていけばいい」


す、と軽く撫でられた額から痛みが引いていく。

もしかして、先ほどぶつけたところを…?


「改めて伝えておく。書庫の書物は好きにするがよい。いちいち私の許可を得る必要も無い。時間が合えば私も読み書きを教えてやろう」

「そんな滅相も…!」

「後はそうだな、本が読めるようになったら感想を聞かせに来い。翠がどのような思いを抱いたのか気になるのでな」


淡稀様は何でないことのように笑う。

わたしの無礼を許し、その先までも、与えてくれる。

どうして。どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。手を差し伸べてくれるのだろう。

胸の奥が苦しい。なにかがこみ上げてきそうで、それが何なのか分からない。けれど恐ろしくはなかった。


「本当にありがとうございます、大切にします」

「くれぐれもつづらのこやしにはしてくれるなよ」


やはり神様は何でもお見通しなのだ。

なんだかそれが嬉しくて、戴いたものを胸に抱く。

勿体なくて使えそうにないけれど、でも。

淡稀様がそれを許してくれるのなら。


「大切に、使います」


淡稀様がぴたりと止まり、目を微かに丸くしている。

…? なにか、変なことを言っただろうか。


「……そのように笑うのか」


呟かれたその言葉はあまりに小さく、わたしの耳が拾い上げることはなかった。

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