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少女は馬車が動き出してからも外をちらりと眺めては複雑そうな顔をしていた。自分達がこの街の地下でモルモットになっている間も、此処に住む人々は何も知らずに過ごしているのだから複雑な気分になってもおかしくはないだろう。それに市場で笑い合う人たちを見るとそっと顔を伏せて体育座りで体を縮こませていた。
街を出る検問では中を検められることなく通過したようだ。幌の隙間から見える城壁は中々立派であり、門もそれに引けを取らない大きさであった。正直はしゃぎたい気分ではあるが、残念ながらこの状況でははしゃげない……無念。
馬車は緩やかに進んで行く。最初は草原を走って行き、段々と木々が生い茂る森へと入っていった。
『女神様、少し気になったのですが質問いいですか?』
『なんだ?』
『ここの護衛の人たちは、俺達の気配なんかには気が付いていないのでしょうか?』
『勿論気づいている、しかしこの商人は良く生き物を運ぶからな、気にも留めない』
『成る程、ありがとうございます』
そんな会話をしながらも、森を抜けたところであたりが暗くなり今日は此処で野営をするようだ。気温的には春に近く生暖かい季節なので、毛布を掛けなくとも風邪をひくという事は無いだろう。
俺は周囲を警戒しているために寝られないが、少女は疲れて寝てしまった。やはり強行軍に耐えられるほどの体では無かったのだ。此処までよく頑張ったと言えるだろう、だがもうひと頑張りしてもらわないと俺が困る。此処まで来てみすみすこの少女を死なせるような事があれば……考えただけでも恐ろしい。
日が昇り、朝焼けの時間から馬車は動き出した。周囲の人物たちも慣れているのか昨日の歩みと同じペースで歩いている。たまに雑談をしている声が聞こえてくるが、次の街では何を食べるだの、早くベッドで寝たいだのと言った普通の会話であった。
そこからどうやら国を超えてもう一つ森というよりも林を超えて草原に出た。
『そろそろか』
女神様の呟きに俺の耳がピクリと反応する。
『よし、殺せ』
『はい』
俺は言われた通り感知できる商人と護衛を全員同時に首を斬った。そして馬車から勢いよく飛び出して馬車の周りを警戒しながらぐるりと回る。どうやら生きている人物はいないようだ。
馬車の中に戻り、少女に呼びかける。と言っても犬の鳴き声でだけど。
「お外に出るの?」
「わふ」
外に出た少女はやはり顔をしかめたが、あれだけの死体を見てもしっかりと歩ける子だけあって気にせず……意識しないようにしているようだった。
『死体に噛みつけ、思いっきりな』
確かに首だけ切り裂かれている死体が有ったら不自然か。俺は全員斬り裂いた首元を重点的に噛みつき、そして足など噛みつきやすい所にも歯型を残した。人を噛み切ったりしているというのに、これっぽちも罪悪感であったり負の感情が現れない。美味しくは無いけどな。
口の中に入った血を出来るだけペッと外に出してから少女を見ると、流石に引き攣った顔をしていたが、俺がこんなことをした理由に見当がついたのか俺から離れようとはしなかった。それどころか此方によって来て自分の着ている物で俺の口を少しだけぬぐってくれた。
「わん」
御礼の意味を込めて一鳴きすると、コクリと少女は頷いた。
『では進行方向に向かい歩け、約三十分で街が見えるはずだ』
俺は言われた通りに街に向い出来るだけ足跡が付かないように気を付けながら歩き始めた。
「ありがとう」
無言で歩く一人と一匹、しかしそれは少女のか細い声の御礼で終わりを告げた。
「わたし、あそこで、死んじゃうと思ってた」
まぁ一週間で死ぬらしいので、間違いではないだろう。
「元々孤児で、シスターに育てられてたけど、シスターは私を……私を売ったの」
どうやら、この少女は加護を受けてはいたがかなり運が無かったらしい。孤児という生まれでしかも育ての親であると思しきシスターに売られたとなると相当だろう。孤児院が火の車であったのかどうなのか俺には分からないが、彼女を売るという決断が俺を異世界に転生させたとなると、なんとも言えない気持ちになるな。
だが彼女の事を考えれば、勿論所謂一般家庭に生まれた方が良かったのだろうが。
「馬車からシスターが見えたの……シスター、笑ってた」
どうやら、移動中にふさぎ込んだ理由はシスターを見たかららしい。確かに自分を売った人間が笑っていれば殻に閉じこもりたくもなるだろう。
「わふ!」
加護持ちなんだからこれからいい事あるさと無責任の励ましの一鳴きをすると、少女は少しだけ口角を上げた。
「慰めてくれる? ありがとう」
それからはまた無言で歩き続ける。そして漸く見えてきた街だったが、此処で女神様から念話が入る。
『よし、お前だけ身を隠せ』
俺は辺りの草原で一番生い茂っているところを見つけて、一度だけ少女に目配せをした。
「ん?」
「わふっ!」
馬車道から外れて草原に入ると案の定少女も入って来るのでもう一鳴き。
「わふ」
そして首を横に振る。そうすると少女も分かったようで、悲しい顔をしながら小さく手を振った。
俺はそれを少し見てから即座に身を隠す、なにせ俺の耳には馬車がやって来る音が聞こえていたのだから。
その馬車は少女のところまで来ると緩やかに止まった。
「君! こんなところで何を!」
「えっ、と、馬車が、おそわれて、にげて」
御者らしき人物に尋ねられた少女はとっさに先ほど自分が乗って来た馬車の状態を思い出したのだろう。
「なに! あの馬車の生き残りか! 丁度いい何が有ったか街で聞かせてくれないか? 悪いようにはしない……見たところ、いやよそう、とにかく来て欲しい」
「……」
「いきなり信用しろという方が無理だろうが、此処に居たら元凶に襲われかねない、今は一刻も早く街に行くべきだ、さぁ早く乗り込みなさい」
少女は一瞬此方を振り向こうとして辞めたようだ、賢明な判断だ。少しの時間だったが、一緒に居て頭のいい子であるのは分かっていたからな、此処で振り向いたら俺が隠れた意味がないと分かったのだろう。そして俺が此処で別れを告げてこの馬車がやって来た、少女はこの馬車に乗るだろう。
そして少女は去っていった。
『うむ、よくやった、あの馬車の中に居た者は善人だ、悪いようにはならないだろう』
『任務完了ですか?』
『完了だ』
「はふ~」
俺は全身に入っていた緊張を解いて舌を垂らし体をだらりと地面に倒した。正直自分の未来がかかっているのでかなり神経も使ったし、なにより初めてであることが大きい。人を殺したことも少なからず関わっているのかも知れないが、何にせよ俺は成し遂げた!
『ではチートをランダムで選べ』
待ってましたのボーナスタイム! 確かに『精霊魔法』は凄いと思うが、その場に実物が無ければ使えないのが割と難点でもあった。例えば火は小さな炎でも倍増させることは出来るのだが、そもそもその火種だがなければできない。水も同じで、空気中の水素は水にカウントされないようなので、何かしらを水筒として持ち歩く必要がある。土も同じく、少女がいた施設のように土が無い場所では使えない、その点確かに風は応用が利く、女神さまの仰った通り。
だが……正直もうちょっとチートが欲しいと思ってしまった自分は欲張りである。だが俺にはこのボーナスタイムが! あるのだ!
『先ずはこれから行うシステムについて説明する、ランダムで一つスキルを付与するがこれは至って普通に誰でも持つことが可能なスキルだ、そしてそのスキルに役に立つスキルまたは称号が自動的に付与される、これが所謂チート並みに使える、更に隠し要素がスキルか称号に付与される、これは条件を満たすと解放される』
『極端なはずれは無さそうですね』
『勿論だ、最初に取得できるスキルに関しては良くも悪くも平凡である、例えば剣術のスキルだ、これに付随されるのは剣聖の称号である』
おぉ剣聖! なんか凄そうだ。それなら実際何が来てもそこそこ使えるって事か、この体でも二足歩行は出来るようになるらしいし、外れもないならそこまで心配する必要もないか。
『ではストップと言え』
『……ストップ』
特にドキドキすることも無い、何が来ても嬉しいからな。
『ほぉ、テイムのスキルか、という事は付随されるのはスキルで魔物牧場だな』
おぉテイマー! 俺自身がもふもふではあるが、魔物が魔物を従えるのはなんだかちょっぴりロマンがある! 割といいものを引いたらしい。
『魔物牧場とはどういった物なのですか?』
『うむ、これはテイムした魔物を亜空間に存在する牧場に預けられるスキルだ』
『つまりぞろぞろ連れて歩く必要は無く、そこから必要な人員は召喚すると……共食いは大丈夫なのですか?』
『そこでは殺傷行為は出来ないように設定されている、因みにお前も入ることが出来るのでお前の安全地帯ともいえるな』
『なんかすごいですね、流石チート』
『詳しくはステータスもどきが有る、念じて見れば出てくるぞ』
『もどき? 取り合えず念じてみます』
俺は目を瞑りステータスと唱える。すると頭の中に文字が浮かび上がるという不思議な感覚に捕らわれた。
名前:――
種族:野良犬
スキル:『精霊魔法(地水火風限定)』『テイム』『魔物牧場』
称号:『???』
少な! これだけ? もっとレベルとか筋力値とか書いてある物かと思ったのだが。
『だから言ったであろう、もどきとな、実際似た世界にステータスが全く使えない世界とお前が思っているような数値として全て見える世界を造り発展具合などを比べている』
『成る程、そういう事も含めて実験世界という事なのですね』
『そうだ……む? 加護持ちは無事に保護されることが決まったようだぞ』
『そうですか、それは良かったです、街まで送って殺されたなんてなったら最悪ですからね』
『全くだ、では我から二つ程プレゼントをしよう、一つは鑑定だこれが有れば相手のスキルも見られるから便利だ、もう一つはダンジョンに転移させてやろう』
『おぉ鑑定! ありがとうございます! ダンジョンって人も多いのではないのですか?』
『今から飛ばすダンジョンはいないな、秘境にあるようなところだ、ランダムで作ったはいいが八個のうち三個はこのように人が来られないような場所に存在している、勿論人と触れ合いたいというのであれば人族の街の近くのダンジョンに飛ばす事も出来るが? 勿論飛ばさない事もな』
『それでしたらその秘境にお願いします、レベルは無くても倒せば強くなるようですし』
『うむ、倒せば進化もする、それにテイムのスキルが有るならばダンジョンである程度テイムした方がいいだろう』
『はい、ありがとうございます!』
『では転移させたら何か緊急の事態を除いて我との念話は切れる、何かあれば此方から繋げるのでお前からは繋がらない』
『わかりました、利害の一致だというのは分かっていますが、本当にありがとうございました! 百年生き残ります!』
『精進することだな』
その声と共に俺はまた白い光に包まれた。
今回でプロローグは終了となります。お付き合いいただきありがとうございました。




