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階段を上った先に待ち構えていたのは光龍だった。辺りは開けており自分は木の根で出来たようなフィールドに立っていた。当たりは薄っすらと霧を帯びていて、周囲を見れば今回は雑魚がいないようだった。
そしてその光龍の更にその後ろには大きな扉がある、それこそ光龍が通れるほどの大きさだ。推測だが、ラスボスの部屋ではないかと思う。
光龍は閉じていた瞳を開けると予備動作なしでブレスを放ってきた。流石に驚いたが、今の俺のスピードであれば問題なく躱す事が出来る。
そうこうしてニ三度刃を交して分かったことは防御力と攻撃力それぞれに優れている事。ただ俊敏は普通ぐらいであるので、闇龍よりもやりやすい。トリッキーな動きも特になく、じわりじわりと相手の体力を奪っていく。一気にやるとテイムできなくなる可能性があるから慎重に行っている。
三度目の相手の魔法攻撃、天井が埋め尽くされているのではないかというほどの光の槍が全て俺目掛けて降って来るが、魔法耐性がかなりあることに加えて此方も風魔法で迎撃しているので全く問題ない。自分の魔力を使わなくていいというのは本当に楽だ。
こうして光龍もしっかりとテイムした。すると奥の扉が一度重いものでも落ちたようなズンという音と共に開き始めた。
開かれた先は暗くよく見えないが広くは無さそうである。そしてそこに佇んでいる人がゆっくりと此方に歩いてくる。すると霧が晴れはじめその人物をよく見ることが出来るようになった。
一言でいえばおじいさんだ。しかし背筋がピンと伸びており、その顔は何処か優しそうに見えるが威圧されているようにも思える。
「よく来たの、待っておったよ」
「待っていた?」
「あぁそうじゃ、なにせ初めての客じゃ、ワシがダンジョンを任されてから四千と五十九年、初めての客じゃ」
「……本当に人が来ないダンジョンなんだな此処」
「そうじゃの、だからこそお前さんが初めて来てくれて中々愉快な思いをさせて貰ったわい」
「攻略されていたのに?」
「ダンジョンとはそもそもが攻略される前提で出来ている物じゃ、ただ実力の無いものは勿論論外じゃがの……だからお前さんが入って来てからずっとお前さんの行動を見とったよ、途中何処へともなく消えてしまったりして驚いたがの」
多分魔物牧場に入った時のことだろう。あそこはダンジョンとは違う異空間にあるから、覗き見は出来るはずもないな。
「お爺さんがラスボスなのか?」
「そうじゃよ? そう急くでない、と言っても仕方のない事かの……ワシの名前はテフト、時を操る者じゃ」
「俺は……名前はない、というか時を操る?」
「ほっほっほ、勿論ワシとて一介の魔物、過去や未来に行けたり干渉したりは出来んが――」
その瞬間、いつの間にかテフトと名乗ったおじいさんが目の前におり、俺の腹に蹴りを入れている所だった。
「――一時を伸ばす事は造作もない」
「ぐふっ」
そして、まさかダメージがあると思わず驚いて二三歩よろりと後ろに下がる。
「ふむ、その程度のダメージしかないのか? やはりお前さんは面白いのぉほっほっほ」
この爺さんの攻撃力はヤバイ。それに時を伸ばすというのは……、一秒を自分だけ引き延ばすような感じだろうか? 俺の感じている一秒を爺さんは十秒として動けるような。そう仮定するならば、俺も本気で!
自分の全てを最大に引き上げる、そして爺さんをよく見る。この状態だと筋肉の動きだろうと見逃さない、例え時間を引き延ばしたのだとしても、転移をしているわけではないのならば俺の目で捉えられるはずだ。
「行くぞ」
爺さんがそういった瞬間、爺さんは物凄いスピードで此方に駆けてきた。弾丸がゆっくり見える程に捉えられるこの目で、殆ど一瞬で此方に近づいてきたのだ。正しく自分だけ生きている時間が違うのだろう、だが見えていれば問題ない。
俺は振り下ろされる拳を無理矢理自分の拳を合わせるように打ち出した、素早いという言葉では測り切れない、一秒の中の攻防、そして俺の拳と爺さんの拳が重なった瞬間、まるで近くで大砲でも撃たれたのかというほどの音が響き、爺さんの腕が吹き飛んだ。
それに驚いて素早く後ろに戻る爺さん、俺は手を撃ちだした状態で止まっていた。というか体が今の攻防で少し麻痺したような感覚、それに腕に負荷がかかり過ぎて痛いを通り越して感覚がほとんどない。
……今の体ではフルパワーで戦うと俺の体が持たないらしい、俺コボルトだしな。
「ほっほっほ、まさか腕がはじけ飛ぶとは思わんかった、やはりお前さんのそのコボルトの見た目は嘘じゃのぉ」
「一応これでもれっきとしたコボルトなんだけどな」
「ほっほっほ、まぁ良いわ、では更に行くぞ?」
腕は既にだらんと下がっているが、じっくりと爺さんを見る。しかしそれでも残像のように見えてしまう、先ほどとは速さが違い一回り早くなっている。それでも残像が見えるからこそ何処を攻撃してくるのかなんとなく今迄の、このダンジョンの経験で察せる。攻撃は間に合わないので蹴りが来るであろう場所を足でガードする。直後に轟音、爺さんの足と俺の足がぶつかり合う。
「やるのぉ」
「風!」
流石にこれ以上近接戦闘に持ち込まれてはたまらないのでこの部屋に機雷や突風、刃等できうる限りの攻撃を仕掛ける。
「ほっほっほ、この程度では倒せんよ」
だが俺はじっと未だ残っている腕に力を貯めた。先ほどと同じ……いや、更に早くそして強く、風を纏った拳。俺の目的は風を使った攻撃ではなく誘導。じっと見ているとそこからやはり本来ならば捉えきれないような速さで爺さんが飛び出して来た。俺はそこを狙って爺さんに拳を叩きこんだ。
叩きこんだ場所は腹の少し下、俺の拳はそこを見事に貫通し、使い物にならなくなった両腕をだらりと下げて距離を取る。
「ほっほ、誘いに乗ってみればまさかワシの速さに迫り一撃を繰り出すとは」
「誘いだと分かっていたのか」
「あの程度なら直ぐにわかるわい、それにしても時間を引き延ばしワシの時間だけ早めた世界の中で、どれほどの力を籠めればワシと同等の速さで拳を繰り出せるというのかのぉ」
爺さんは風穴の空いた場所をさすりながら地面に座り込んだ。
「ワシも初めての実戦だったが成る程、経験不足ではあったようだの、戦ってみて初めて自分の力に振り回されたわい」
「実戦は初めてだったのか?」
「そりゃ今迄客はこんかったからの……だが流石に穴が開いては仕方あるまい……だが、のぉ良ければワシもテイムしてくれんか?」
「え?」
「長い間此処に閉じこもっておったが、お前さんと出会って外に興味がわいた、正直死にたくないのじゃ」
「……わかった、『テイム』」
スキル発動と同時に、爺さんが俺の配下になったことが分かった。それに、俺にしても嬉しい話だ。正直強すぎてテイムは諦めていた、全力でやらないと此方が死にそうだったからだ。
にしても、実戦が初めてか。もし爺さんが実戦の経験を持ってこの能力を使ったら……そしてその状態で戦ったら……今の俺なら負けていただろうな。だがもしその状態の爺さんが味方になってくれたのならば、これ以上に頼もしい味方はいないだろう。それに実戦が初めてという事は、時を操るスキルをそんなに使っていなかったのだろう、ならスキルを使い熟練度を上げたら? 更にその先に何か思白いスキルが手に入るかもしれない。
どうやら、このダンジョンには最後にして最高の人をテイムできたようだ。女神様に感謝しなくては。
「なんじゃいきなりニヤニヤ笑いおって」
「いや、このまま実戦か何かでテフトの時を操る力の熟練度を上げれば、更に強いスキルが手に入るんじゃないかと思って」
というかこの爺さんの種族はダンジョンマスターなのか、姿は本当に人間のような感じだが。着ている物もローブっぽいし。
「ふむ、どうやらワシもまだまだ強くなれるようじゃの、ダンジョンマスターとして与えられた力で満足しておったが、本当はその先が必要じゃったか……っと、ダンジョンマスターと言えば、ワシがお前さんにテイムされたという事はこのダンジョンはどうなるのかの?」
「そもそもテフトは外に出れるのか?」
「ダンジョンマスターであった頃は無理じゃったが、今なら行けそうじゃの……というよりもなるほどの、テイムされたことによってダンジョンマスターの力が最適化されるように変化したようじゃ」
「おぉ、そんな事が起こるのか」
「うむ、外から遠距離でダンジョンの様子が分かったり、指示が出せたりするようじゃ、それに何かあった時の為に直ぐにダンジョンに戻れるようになるようじゃの」
「って事はこのダンジョンはまだテフトの管轄で変わらずという事か」
「そうじゃの」
「ならこれからレベリングでもするか、丁度いい感じに強い敵を配置したり出来るか?」
「勿論じゃ、四千年という間このダンジョンには魔力を貯め込んだ、その程度朝飯前じゃ……まぁワシ朝飯食った事無いんじゃけど」
「俺もこの世界じゃ食べた事無いな」
「ほっほっほ、面白い事を言うの、この世界ではか」
「まぁこの姿になったのは最近だしな、元は人間だし」
「ほぉ、世の中変わったこともあるんじゃのぉ」
「まぁな」
なんとなくテフトには元人間という事を暴露してみたが、特に過剰に反応することは無かった。やはり俺がテイムしたからだろうか、テイムされた魔物は絶対服従だからな。
さて、それじゃあ配下と俺のレベリングを始めるとするか。