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あらすじの注意をご確認になられて、大丈夫そうでしたらお進みください。
「目が覚めたようだな」
誰かの声が聞こえた。その声はどちらかと言えば可愛らしいものであったが、何処か凛としていた。
その声の主を見ようと体を起こすと、多分美人がいた。黒髪が癖なく流れるように腰まで伸び、そして声と同様に凛とした横顔が目に入った。多分と思ったのは、その顔が横顔だったからだ、正面が残念でなければ美人さんだろう。
「残念ではない、我はその者が美しいと思う容姿で見えるようになっている」
その返答に、起き抜けの思考停止状態を更に二回りほど酷くしたような、思考が霧で覆われていた状態から段々と抜け出す。
最初に戻って来た感覚と思考は、今自分が座っている物が柔らかいという事であった。見ればそれは白いソファーで、どうやら俺は此処に寝ていたようだ。そして踏みしめている赤い絨毯はフカフカで、視線を少し上げれば大理石かどうか分からないが、綺麗なテーブルが置かれていた。
これだけ見ると外国の家であるかとも思えるが、更に周囲に目を配らせると此処がただの家であるはずが無いことが分かった。
一面のモニター。壁が全て監視室にあるような分割されたモニターであり、それが天井にまで巡っている。そして美人さんはとあるモニターをずっと睨みつけるように見つめ、一瞬目を瞑って此方に振り返った。
確かに美人である。そして此処まで来て漸く俺は疑問に思った。
「此処は、何処だ」
美人さんは俺の正面にあるソファーまで歩いて来てから座り、じっとこちらを見つめてくる。こんな状態だというのに、何処か気恥ずかしい気分になって来るのは、俺の女性経験の無さからくるものなのか、それともただただ美人さんが美人過ぎるせいなのか。
「ふむ、精神安定のシステムは上手く回っているな、よく来たな異界の者……と言っても我が呼んだのだがな」
「はぁ」
「先ずは現状の説明をしてやろう、簡単に言えばお前は死んで我が拾ったそれだけのことだ、難しい話では無い……先に言っておくが我はお前の世界の神ではない、だがそれに準ずる者にお前を貰い受ける事は話が着いている」
「えっと、俺が死んだ?」
記憶を手繰ると、朝大学に行くために家を出た記憶は確かに残っている。通学の為電車に乗り込み大学の最寄り駅で降りる、そして改札を出るところまでは記憶があるがそこからは無い。
「それはそうだろう、そこからの記憶は我が消した」
「消した?」
「誰だって自らの胴と首が離れる瞬間等思い出したくはないだろう?」
「胴と首?」
「狂人による愉快殺人に巻き込まれただけだ」
「だけって……」
日本では愉快殺人事態起きたらニュースでバンバン取り上げられるってのに。
だがこの人物にとっては本当にそれだけのようで、言っていてまるで興味がなさそうだ。
「その通り、我の管轄世界以外で起きたモノ、しかも数人死んだ程度で騒ぎ立てる事もあるまい?」
……それにしても、さっきから俺声に出してないよな。
「我はお前の世界の神ではないが、お前がこれから行く世界の神ではある」
……つまり、この美人さんは女神で俺はファンタジーアニメやら小説やらよろしく異世界にご招待されたというわけか? ついでに神様だから思考も読めると。
「そうだ、だが勘違いするな、条件はあったが重要なのは我が欲した瞬間にお前が死んだ、ただそれだけでお前が何か特別だったわけではない、故にお前と共に愉快犯に殺された者は此処にはいない」
「つまり運が良かったと」
俺はただそう思った。なにせ異世界だ、ファンタジー好きの憧れの場所だ。もっと生きられるとかそう言った思考を挟まずに、ただただ歓喜が沸いてきた。
「そうだな、条件は人族になれずとも異世界に行くことを望んでいる人物だ、そのような考えのお前にとっては確かに運が良かったと言えるな」
……今聞き捨てならないことが言われなかったか?
「お前が転生するのは野良犬だ、あぁ安心しろ立派な魔物だ、進化すれば二足歩行も可能になるぞ」
「人族になれたりは」
「せんな」
……成る程。だが異世界だ、そう異世界なんだ。人族でなくたって異世界なんだ!
だが、異世界と言っても様々な種類がある、どういった世界に送られて、そして俺はどうすればいいのか。女神様は欲したと言った、つまり何かしらの目的があって俺を此処に寄越したことになる。
というかいきなり死んだとか異世界だとか聞かされて全く動揺しないのは、最初に呟いていたシステムのお陰なのだろう。普通の状態であればきっといや絶対に取り乱していただろう。
それを考えると必要なシステムと言えるな……っと思考が逸れた。
「お前が行く世界は、喜べ、お前たちの処で言う剣と魔法の中世ヨーロッパで固定してある世界だ、我の実験世界の一つだな」
「おぉ、最高な世界なのですね……でもそこで俺が犬として生きていけるんでしょうか?」
「問題ない、所謂チートという物を付けてやろう、これでも異世界への転生はこれで五回目となる」
「それでは俺が行く世界には俺と同じように転生者がいるのですか?」
「いや全て別の世界だ、我は一つの世界には必ず一人の転生者や転移者しか許さない、つまりお前が現地でお前と同じような境遇の者と出会うことは無い」
「成る程……」
「では目的を言おう、お前の行く世界には我の加護を受けた少女がいるのだが……愚かな人族のせいで一週間後に死ぬ、加護を持つ者は役目がある、簡単に言えば加護を持つ者を通して我の神気を世界に馴染ませる役目だ、この役目は加護を持った者でさえ知らぬことであるが、せめて二十年は生きて貰わねば困るのだ」
「つまりその加護を持った者を助けるのが俺の役目という事ですか? 女神様ご自身では何かできない理由が有るのですね」
「そうだ、助けたら好きに生きるがいい、その少女も二十になるまで手を出さなければ後は摂理に任せる、お前の前に立ちはだかったとて殺せばいい……神というのはどれだけ小さな事象だろうと干渉すれば大きな余波が起きる、故にお前のように我の手となる者を送り込むしかない」
やっぱり神様って影響が大きいのか、割とありがちだなと思っては悪いのだろうけど、どこかで聞いた事がある話だな。
それにしても、一週間以内にその少女を助け出せば俺は異世界で愉しく犬(魔物)として過ごしていいという事か。しかもこの世界の神様のお墨付き尚且つチートを持って……これ俺の都合のいい夢という可能性はないよな? 確かに人族になれないというところは惜しいが、それを抜いてもこんなに素晴らしい事は無い。
「問題はなさそうだな、元々断るような魂は条件外だから必然ではあるな」
「ありがとうございます」
「利害の一致だ気にすることは無い、救出については転移後すぐに行うことになる、道筋やそれに準ずる事柄は加護持ちを安全な場所に送るまで我が直々に指示を出す」
「つまり、チュートリアルのようなものですね」
「そう思っていい、だが失敗すれば死ぬよりも恐ろしい目に合うだけだ」
「……心します」
「成功したら本来与えるはずだったチートをくれてやろう」
「本来という事は、何か違う物を先に貰えるのでしょうか?」
「そうだ、本来であれば多少の容姿の融通を聞いてから能力はランダムで一つ決定する……しかし今回は失敗できない故に我が見繕いお前に与える、そして無事加護持ちを助けたのち改めてランダムで一つ決定する」
「そこで本来の物と交換という感じでしょうか?」
「いや、そのまま二つチートを持っておけばいい、今回はそれだけ大事であるという事だ、この実験世界も今後は我の干渉が少なくなる、それ故折角交渉した魂をみすみす雑事で此方に送り返されても面倒だ、せめて百年は生きて貰わないと困る、それ故だ」
「つまり女神様にも色々とご事情がおありということですね、勿論俺は大歓迎ですが」
「だから言った、利害の一致だと」
確かにその通りだ。だがリアルでおれつえーが出来るというのならば最高だ。楽しみでしかない……最初のミッションを失敗したら天国が一転地獄になるようだが。
「お前に付ける能力は『精霊魔法』の地水火風だ、精霊魔法は所謂自然の魔法と言われている、大気が有れば風の精霊魔法が使えるので応用が利く」
「因みになのですが、『精霊魔法』には他の属性もあるのでしょうか?」
「ある、例えば雷を生み出したり、植物を操ったりもできる、それが本体の精霊魔法であるが、それを与える事は出来ない、バランスの問題だ」
チートが過ぎるという事か、それでも『精霊魔法』といったら小説なんかでも結構強いイメージがある、きっとこの四つでもかなりのチートなのだろう。なにせ失敗できない任務に用いるくらいだからな。
「使用方法については現地に着き次第既に使い方を知っている状態として送り込む、何も心配はいらない」
「それは有難いです」
「そうで無ければ困るのだ」
ごもっともですね。
「ではそろそろ降りようか、お前の見た目は黒い野良犬だ、必ず成功させるように、人殺しも躊躇うことは無い、いやそもそも躊躇うなどという意識すらいらない、ただ殺せ」
「……俺に出来るのならば」
「そのために魔物として送り込む、奴らは人の敵である、つまり人を殺す事に躊躇いなど生じようがない、それが本能故、お前も同様にな」
「それならば必ず、自分の為に」
「素直な事は良い事だ……では転生せよ!」
そうして俺は、白い光に視界の全てを奪われた。
不定期更新となりますが、少ないですがストックが終わるまでは毎日更新して行ければと思います。