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アナリーゼです。
ーー昔々、ある所にクシナダ姫という美しい娘がいました。その娘には姉妹がいましたが、みなヤマタノオロチという怪物に喰われてしまい、もうすぐクシナダ姫も喰われてしまうというのでした。ある日のこと、クシナダ姫は自分の運命を嘆き川で泣いていると、一人の男が現れました。訳を聞かれ答えると、その男は怪物を退治してやるといいました。男はクシナダ姫の両親に強い酒と八つの門を準備させヤマタノオロチを迎え撃ち、激戦の末見事退治しました。そして男はクシナダ姫と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさーー
これは古来から伝わる神話。神話なのだからこんなのは出鱈目……そう思うかもしれません。でも、元がなかったらこんな物語、できないと思いませんか?
ーーこれから始まる物語は、このお話の元になった本当の物語ーー
『いやああああああああ!』
降り注ぐ真っ赤な雨。こだます悲鳴。一人、また一人……。
『もう……もうやめて……!』
絶え間無く響いていた悲鳴はいつしか止み、後には見るも無残になった肉片が散らばる。真っ赤に染まった草花が狂気に染まって笑っている。
『何故…お前だけが死ななかった。お前もみんなと一緒に死ねばよかったんだ。』
足元を見ると持ち主のいない手首が足を掴んでいる。少し遠くで、首だけになった女が虚ろになった眼をこちらに向けている。口元が歪んでいた気がした。
『お まえ も し ね』
『なん で お まえ だ け い きて る』
『ねえ、い た い たすけ て か わ っ て』
死者の言葉が脳内に響く。
『あ、、あ、ご、ごめんなさい、、生き残って、ご、めんなさい』
『おま え も』
赤黒く濡れた鋭い歯が首に刺さるーー
「ああああああああああ!!」
跳び起きて思わず首をさする。
ーー嫌な夢だ。最近毎晩のように見る。あの日の出来事。
「はあっはあ……。」
気づけば汗でびっしょり濡れていて、息切れも激しい。
「……あと1週間。……」
手をギュッと握ると手の震えが収まった気がした。1週間、それがタイムリミット。それまでは……。
「……」
決意を滲ませるように目つきを鋭くし、再び眠りについた。あの夢の中へ……
「クシナダ……お前は私たちのそばに、ずっといてくれるよな?」
不安そうに父が尋ねてくる。
「当たり前じゃない。変なこと言わないで?私はあいつには食べられないわ。」
「でもクシナダ……。」
母までも不安そうに名前を呼ぶ。
「だから大丈夫だって!いざとなったら私逃げるわ!だから大丈夫!」
父たちをこれ以上不安にさせるわけにはいかない。だから、わざと明るく過ごすここ最近。もうすぐあいつがやって来る時期。だから必要以上に父たちは不安になっている。私が怖いなんて言ったら、助けてなんて言ったら、何するか分からない。
「はい、もうこの話はおしまい!こんな話してたら暗いムードになっちゃうでしょ?もっと明るく行こ?」
そう。こんな話、しなくて良いのだ。迷惑は掛けられない。私のことを心配なんかしなくて良いのだ。それが父たちの老廃に繋がるのならば。
「……。じゃあ私川で水汲んでくるから!ちゃんとその顔洗って、スッキリしよう?昨日寝てないでしょ。ダメだよちゃんと寝なきゃ。休んでで?私が昼食の準備しとくから。ね?」
父たちの目の下には黒ずんだ隈が出来ていた。ここ最近ロクに寝れていないのだろうと想像がつく。
「すまない……。そうさせて貰うよ。クシナダが作った料理は精がつくからね。」
そんな申し訳なさそうな顔しないで?これは私が勝手にやってる事だから。……私の最後の親孝行だから。
「うん!お父さん達の元気が出るような飛びっきり美味しい料理作るから待ってて!じゃあ水汲んでくるね!」
そう言ってさっと父たちに背を向けるとあの川に向かって走り出した。
涙を見られてはいけない。泣いてはいけない。もうちょっとの我慢だから。この溢れてしまいそうな涙を見られる前に。
「はあ……はあ…」
息が切れてるのも、喉が痛いのも、足が悲鳴をあげているのも全部無視して走る。聴こえるのは自分の足音と心臓の音だけ。
気づけばいつもの場所に着いていた。私だけの秘密の場所。誰にも見つからない、見られない私だけの場所。
「……つっ……う…うぇ………」
もらした嗚咽は川のせせらぎの音でかき消される。ここだけは、何にも気にせず自分を晒け出せる唯一の場所。誰にも咎められないから。気づかれないから。
いつの間にか怪我をしたのか、足から血が溢れ出る。血は川に流れ薄紅色になって下っていった。血を見ると感じる死への恐怖。トラウマとともに未だ消えないあの脳裏に焼きついた光景、鼻につく腐乱臭。身の毛のよだつ、あの最後の断末魔。全てが瞬時に蘇る。
「死にたくない……うぇっ……ひっく……」
川に一雫の涙が落ちる。涙は川の水と混じり合って消えていく。誰にも見られないように笑う、私と同じように。先ほどの薄紅の水を、浄化するかのように。
唐突に、櫛が頭からホロリと落ちて川の中に潜って行った。母から貰った櫛……やはりそういう運命なのか。茫然と小さい頃から身に付けていた櫛を目で追いかけた。
それから数日後。森が、動物たちがざわついている。きっとあいつが目を覚ましたからだ。……覚悟を決めなければ。
「お父さん、お母さん。話があるの。」
これ以上迷惑をかけないために必死で考えた。父たちを傷つけず、なおかつ自分も……。でもそんな方法はなかったから、第一に考える父と母の安全を考えてこれに決めた。でもそんなことを聞いたら父と母は傷つき悲しむだろう。だから、私は父たちに初めての嘘をつく。できるかどうかわからないけど。
「……行ってしまうのかい?」
思わず目を見開いた。なぜ……。
「驚いてしまったかな。でも、クシナダの様子を見ていれば分かるよ。私たちに迷惑をかけまいとしていることも、やっぱり命が危ないということも……。」
気づかれていた。なんとも言えない、強いて言えば申し訳ない感情がこみ上げる。
「お父さん……。」
「どうしても、なの?」
「お母さん…、うん。これ以上迷惑かけられない。あいつが……オロチがまた寝静まる間、ここを離れる。どこかに隠れる。危険が去ったらここに戻ってくる。だから……」
うそ。ここを離れたら私は喰われる。一人じゃ逃げ切れない。あの八つの頭からは逃げられない。
「迷惑なんかじゃ……!」
「ううん。迷惑だよ。それに、私が許せない。もし、巻き込んでしまったら……。今度はそんなことにはさせない。」
「……!お前やっぱりあの時……。あれはお前のせいなんかじゃ……」
「……そう言ってくれてありがとう。でももう……おそい。」
「……そうか。分かった。」
「あなた?!」
そんな声出さないでお母さん。私が決めたことだから。心配しなくていいよ。
「ありがとう。……ちょっとだけ、付き合って欲しいところがあるんだけど、」
連れて行こう。最後に、私のあの場所へ。
「ここは……」
「私の秘密の場所。もうお父さんたち連れて来ちゃったから、秘密じゃないね。いつもここに来てたの。」
「そうか。……綺麗な場所だな。」
そこは斐伊川の上流。神秘的な森の中にさらさらと流れる湧水が陽の光を浴びてキラキラと光り輝く。まるで何か御神体があるかのようにそこの空気は澄んでいる。
ここなら本当の私を知ってるから、きっと嘘をついても許してくれる。ここに来るのも、これで最後。
「お父さん。私、オロチに喰らわれたりなんかしない。絶対、負けないから。」
「……気をつけるんだよ。無事で、帰ってきておくれ。」
「お母さん。心配かけてごめんね。これが終わったら一緒にご飯作ろ?」
「……約束は絶対なんだから、ちゃんと守るのよ?」
「……お父さん、お母さん。………う……うぇ…」
「クシナダ……」
初めて、父たちの前で涙が溢れる。ゆっくりと落ちていき下の岩を濡らす。その時、父のでも母のでも私のでもない声が響いた。
「この櫛を落としたのはお前か?」
「あなたは……?」
曲想をつけるためにやってみました。多分短くなると思いますがよろしくお願いします。