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長い長い旅の中で、そこは気まぐれに立ち寄った土地だった。
ほんの少しの休憩だと主が言えば、自分はそれに従うしかない。そんな主の我が儘も嫌いではなかったのだけれど、気まぐれな方だからそれには何度も振り回された。
鬱蒼とした森の中、主の斜め後ろを付いて歩く。木々の間から射し込む陽の光が、虹色に輝いていた。
主は何かに吸い寄せられるように、道なき道を歩いていく。
一度も訪れたことのない場所だというのに、迷いなくまっすぐに。
そうして辿り着いたのは、大樹が一本だけ立つ空間だった。生命力に溢れたその木の周りに、他の木々は一切なく、明るい光に満ちていた。
──ここでしばらく休もう。
私はその言葉に頷いて、主の隣で体を丸めた。
主の隣は暖かくて心地が良くて、目を閉じれば意識はすぐに夢の中へ行ってしまった。
それから次に私が目を覚ました時、辺りはすっかり暗くなっていた。
寝起きでぼんやりとしていた視界が次第に明瞭になっていくと、何かに驚く主の横顔が見えた。
人工の光がない暗闇の中で、はっきりと主の表情が分かることに微かな疑問を感じたが、その理由はすぐにわかった。
足元に咲いている真っ白な花が、光を放っているのだ。
視界の端を青い蝶が飛んでいく。それは花と同じように自ら光を放っており、淡い光の尾を引いて夜の中を飛び回っていた。
主はそれを瞬きも忘れて見入っていた。
主は静謐な夜の森で見つけてしまったのだ。神秘的で美しいこの世界の楽園を。
ほんの少しの休憩の筈だったのに、主はそこから離れようとしなかった。
ひと月、半年、そして一年。流れていく時間をその地で過ごした。
だが長く過ごしていくなかで、主は気付いた。
この地の寿命に。
そう遠くない未来、この地は失われる。
大陸の端から荒廃が始まり、いずれ全てが世界を飲み込む。
主がそれを望まないことなどわかりきっていたから、この先どんな命令が自分に与えられるのかもわかってしまった。
主は自らの故郷へと帰らねばならない。そう永い時間離れていれば、故郷もこの地と同様に荒廃してしまうだろうから。
だから主は私をこの地に残した。滅びゆくこの世界を守る為に。
でもそれは私にとって、主との別れを意味する。
心が引き裂かれるような思いでも、私は主の命令に従うよりほかないのだ。
私は主の言葉にいつものように頷いた。
幾千年の時を、この地で過ごした。
側に主はおらず、言葉を交わす友もいない。
永遠のような時をただ孤独に生きる。
主の愛したこの地を守る為に。
だけど私にとってこの地は、楽園でもなんでもなく、牢獄でしかなかった。




