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語る夢は消え去りて

 

 夢を見ていた気がする。懐かしい夢を。

 ハーミヤは瞼を擦ると、ゆっくりと体を起こした。柔らかな長い亜麻色の髪が頬に触れるのがくすぐったい。それをいつもするように耳にかけると、ようやく視界がはっきりしてくる。

 ハーミヤはベッドの脇に用意されていた水差しをグラスに移すと、ゆっくりと口に含む。

 額に手をやり数分間考えてみるものの、眠っている間に見ていた夢の内容は、靄がかかったように思い出せなかった。


「ハーミヤ様、お時間でございます」


 扉の外から侍女の声がかかる。

 今日は王宮に上がる新たな近衛騎士の叙任式が執り行われる。

 王族の最も側近くに仕える彼らは、軍の中で特に優秀と認められた者が選ばれる。また軍の頂点である元帥は代々近衛騎士から出ていることもあって、未来の元帥の登竜門とも言われている。


 そんな出世街道をひた走る彼らの晴れ舞台には、国王だけでなく、王女であるハーミヤも出席することになっている。

 夢見の悪さになんだか釈然としない心持ちではあるものの、支度をしなければ式に遅れてしまう。ハーミヤは諦めてベッドから起き上がった。


 会場となる謁見の間の前には、既に大勢の人々が集まっていた。人集りの中心には今日の主役である五人の騎士が、各々祝いの言葉を掛けられている。


 その中で一際女性達の注目を集める騎士がいた。

 人混みに隠れて顔は見えないが、彼を見つめる女性達の表情は熱っぽく、それだけで彼の容姿が優れていることが想像できる。

 ハーミヤはそれを遠巻きに眺めながら、謁見の間へ通じる扉をくぐった。


 謁見の間には既に国王をはじめ、兄ランズール、姉フレイア、そして国の重鎮が揃っていた。

 ハーミヤは王に軽く挨拶を済ませると、そそくさと自分の席へとついた。

 遅刻せずにすんでハーミヤがほっと息を吐き出すと、隣に座していたフレイアがフフッと笑みを溢した。


「一番お寝坊さんね、ハーミヤ」


「少しゆっくりし過ぎました」


 艶めいた微笑を浮かべるフレイアとは対照的に、ハーミヤは浮かない表情で答えた。


「なかなか来ないから心配していたのよ? 開始時刻に間に合ってよかったわ」


「はい。お父様に叱られずにすんで良かったです」


 ハーミヤは安堵の表情で姉の言葉に同意した。


 王であるヨハンス三世は先王の治世で乱れた国を建て直し、民を導いた賢王である。中でも大きな功績は六年前の内乱及び、隣国タールとの戦を僅か半年で終結させたことだ。

 王は自分にも他人にも厳しい人物で、それは家族であっても例外ではない。

 つまるところ、たとえ愛娘のハーミヤであれ規律を乱すような遅刻や欠席は許されない、ということである。

 一方で父親としてのヨハンス三世は慈愛に満ちた器の大きな人柄であり、厳しいばかりの人物でもないのだが。


「それにしても、あなたが時間ぎりぎりだなんて珍しいわね」


「朝はきちんと起きれたのですけれど、そのあとベッドの上でぼーっとしていて。そしたら時間がなくなってしまったんです」


 フレイアはハーミヤの顔を覗き込むと、そっと頬に触れた。


「体調が悪いわけではないのね?」


 先程とは打って変わってフレイアは心配そうに問い掛けた。優しい姉の気遣いが嬉しくてハーミヤは笑みを浮かべて頷いた。


「はい、大丈夫です」


「ならいいの。ねぇ、ハーミヤ。新しく任命される騎士達はもう見た?」


「はい、先ほど広間で。人が大勢いたので一人一人のお顔をしっかり見ることはできませんでしたけれど」


「そう。私もきちんと見たわけじゃないんだけれど、侍女達が色めき立っているからどんな素敵な殿方がいらしたのかと気になって」


 ハーミヤは先ほど見た光景を思い出す。確かにすごい人気だったように思われた。


「なに浮ついた話をしているんだ、お前達は」


 フレイアの隣に座っていたランズールが、呆れた様子で会話に口を挟んだ。

 兄の苦言にフレイアは悪びれた様子もなくにっこりと微笑む。


「まぁ、お兄様。いいではありませんか。お兄様だって舞踏会で美しい令嬢を見掛けたら、殿方同士でこういうお話をなさったりするでしょう?」


「馬鹿を言うな。俺にはクレアという決まった相手がいるんだ。目移りなどせん」


 ランズールがきっぱりと言い切ると、ハーミヤはそれもそうだと納得した。

 兄ランズールの婚約者クレアは王家の人間ですら一目置く麗しの才女だ。二人は幼馴染であり、政略的な理由で決まった婚約ながら、心からお互いを想っている。クレア嬢を見慣れている兄からすれば他の女性など視界にも入らないに違いない。


 素敵な相手に恵まれた兄とは違い、決まった相手を持たないフレイアは口を尖らせて反論した。


「お兄様はそうかもしれませんけれど、盛り上がったっていいではありませんか。そういう年頃ですし、ハーミヤなんて先日破談になったばかりなのですから」


「お、お姉様っ!」


 痛いところを突かれてハーミヤは非難の声を上げた。


「あまり引きずっては駄目よ、ハーミヤ」


「そうだぞ。あれはお前には不釣り合いな男だ」


 フレイアとランズールが口を揃えて慰めの言葉をかける。だがハーミヤは別に引きずっているわけではない。そもそも家柄を重視して父が決めた縁談であり、元婚約者に想いを寄せていたわけではない。


「お兄様まで……。もう知りませんっ!」


 ハーミヤが頰を膨らませてそっぽを向くと、フレイアとランズールは顔を合わせて笑った。


「それでお兄様は例の騎士にはもうお会いになりましたの?」


「あぁ、五人とは既に顔を合わせた。だがお前の気に入りそうな男はいなかったぞ、フレイア」


「まぁ、それは残念」


「第一、お前の好みは歳上過ぎるぞ。自分より二十は上でなければ魅力を感じないなんて、ほとんど既婚者だろう」


 ランズールが呆れた顔をすると、フレイアは口元に手をやり妖艶な笑みを浮かべた。


「ふふっ、そうは言っても仕方がありませんわ。好きなんですもの、歳上の殿方」


「今回任命された騎士五人は、俺たちとさほど歳は変わらない。一番下は十九歳だ」


「あらやだ、歳下だわ」


 あからさまに気落ちした風のフレイアとは対照的に、ハーミヤは驚きに目を見張った。


「十九歳ですか? それって近衛騎士の中では史上最年少の任命ですよね」


「ああ、以前は城塞都市ダーウェントにいたらしい。昨年続いた災害での救護活動や剣の腕が父上の目に留まったとか。ついでに言うと、女達に騒がれているのもそいつだ」


 ランズールが言い終わると、タイミング良く時計の針が十時を指した。

 城内に鐘の音が響き渡ると同時に、謁見の間の大扉が開け放たれた。

 叙任式の主役である五人の騎士が、紺碧の絨毯の上を行く。五人は横一列に並ぶと正面の玉座に向かって膝を折った。


 史上最年少で近衛騎士に選ばれた噂の青年。それが五人の中の一体誰なのか、ハーミヤはすぐにわかった。

 銀色の髪に夜空を映したような黒い瞳。他の誰とも違う美しく幻想的で妖しい色。顔の造形も人間離れした美青年。

 それは強烈な既視感をハーミヤに与え、目を奪われた。

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