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物心付いた時から知っていた。
自分が周りの人たちとは違っていることに。
向けられる嫌悪の視線、振るわれる暴力、口汚く罵られるのはいつものことで、心ない言葉が深く胸に突き刺さった。
毎日ボロボロになっては湖のほとりで一人泣いた。
身体中の無数の傷よりも心に刻まれた傷の方が痛かった。
水面に浮かぶ自分の姿。銀の髪に夜空を映したような漆黒の瞳。自分を傷付ける村人達以上にその姿が嫌いだった。
愛してくれる親もいない。冗談を言い合える友達もいない。この村で僕は孤独を抱えて生きていた。
だけど一つだけ希望はある。
それはここが狭い村だということだ。
大きくなったらこの村を出て広い世界を旅する。そうすればきっと、どこかに自分と同じ容姿をした人がいるかもしれない。幸せに笑って暮らせる場所があるかもしれない。
だから僕は孤独に負けることなく生きてこられた。
ある日、村から人が消えた。人だけじゃない。荷車も、家畜も、何もかも。全ての家の扉は開け放たれ、その中は空っぽになっていた。まるで世界に自分しかいないかのようだった。
いいや、違う。そうじゃない。世界は今まで通りなにも変わってなどいない。人がいなくなったんじゃない。自分が取り残されたのだ。焦燥感に襲われて村を歩き回っていると、遠くから金属がぶつかるような音が聞こえてきた。
音の方向へと目を凝らすと、砂塵の中から騎馬隊が現れた。音の正体は金属の鎧がぶつかるたびに鳴らす音だった。
青地に金獅子が描かれた旗を掲げた兵団は、徐々にこちらへと近づいて来る。見慣れぬ軍旗は自分が暮らす国のものではない。
隣国との戦闘は辺境のこの小さな村にまで及んでいたのだ。皆逃げ出して、自分だけが取り残された。
ああ、本当に自分は世界から捨てられてしまったのだ。それともここは自分のいるべき場所ではなくて、間違ってここに産まれついてしまっただけなのかもしれない。本当の故郷は別にあって、そこでは自分を受け入れてくれるに違いない。そんな空想が唯一心を慰めた。
最早逃げることさえ諦めて地べたに座り込んでいると、大きな影が体に落ちてきた。よろよろと顔を上げると目の前には立派な鎧を着込んだ男が立っていた。腰には剣を帯びている。逆光のせいで男の表情は分からなかった。だがそんなことはどうでもよくて、やっと自分は別の世界へ行けるのだと安堵した。
剣に貫かれる痛みなど、今まで受けてきた苦しみに比べればどうということもないだろう。
傷つくのはこれで最後なのだと思うと、待ち遠しい気持ちさえ湧いてきた。
しかし剣が身体を突き刺すことはなかった。代わりに男の骨張った手がこちらへ向けて差し出される。
その意味を理解するのに随分と時間を要した。そして気付いた時には身体はすっぽりと男の腕の中に収まっていた。涙が次から次へと頬を伝い、訳もわからぬまま声を上げて泣いていた。男は黙って優しく背中をさすってくれた。
自分の居場所を見つけたことがたまらなく嬉しかった。
──名はなんという?
強面の大男は必死に笑顔を作るとそう問いかけてきた。元々の顔が厳ついので笑顔が似合わない、なんてことはなくて、慈愛に満ちたその表情は誰より優しいものに見えた。
しかし男の質問に答えることはできなかった。ただ黙って首を左右に振ると、男は一瞬、哀しげな表情を浮かべた。それから少し思案する素振りを見せて、次に見せたのは満面の笑みだった。
それからしばらくの間、男と行動を共にした。過酷な環境下において、男は常に幼い自分の身を案じ、守ってくれた。敬愛という感情が生まれたのはこの頃からだった。
今まで暮らしていた土地を離れ、男に連れてこられたのは周囲を山に囲まれた城塞都市だった。煉瓦造りの家も、賑わう市場も、目に映るもの全てが新鮮で高揚した。
それでも自分の姿を目にした人達が、物珍しそうな目を向けてくるのは居心地が悪かった。
結局ここでも自分は他所者だったのだ。
期待と喜びに胸を高鳴らせながら足を踏み入れたその地で、初めて大きな失望を感じた。ここにもまた、自分と同じ人間は一人もいない。好奇の視線に晒されて、下を向いてしか歩くことができなくなっていた。
街の中を男に連れられ歩き回った末、中心に建つ立派な屋敷の前に辿り着いた。唐突に、「お父様っ!」という嬉々とした少女の声が響いた。それからパタパタという足音がこちらに向かって来る。
姿を見られるのが嫌で、更に深く俯いた。もはや舗装された地面しか見えない。
灰色一色の視界の中に小さな青い靴が現れた。エナメル質の、一目見ただけで高価な物だと分かるそれは、土や砂に汚れて本来の輝きを失っていた。青い靴がその場で軽快なステップを踏む。楽しげなそれに目を奪われていると、不意に手が差し出された。自分よりも小さな、幼い手。
それは以前に差し出された骨張った大きな手とは全然違う。なのにどうしてか、よく似ているように見えて気付いたら握り返していた。
すぐ目の前から可愛らしい子供の笑い声がした。恐る恐る顔を上げると、無邪気な少女と目が合った。今までに向けられた探るような、訝しむような様子はなく、そこには眩しい笑顔があった。
──ねぇ、知ってた? 今日はすごく天気がいいのよ。下ばかり向いてないで踊ろうよ。
その瞬間、灰色だった世界が色鮮やかに輝き出した。




