承章:第四十三幕:名誉と旅立ちIII
承章:第四十三幕:名誉と旅立ちIII
三度目の来訪となった雪原都市アプリールは多くの人と、亜人種が笑顔で行き交う街となっていた。
その多くはまだぎこちなさが残っているように見えたけど、それも時間の問題だと思う。
多くの亜人種は手に一部崩壊した建物の建材なのだろう、大きな資材を持っている者も居れば、アプリールに入る前の門番にもいた、騎士甲冑を纏って走り回っている者も居る。
数週間前には全く見られなかった景色で、自然と頬が緩み、もう一つ以前とは明らかに違う物を見上げると、そこにはアプリールを囲う城壁から天高くに広がる天幕のような氷幕が広がっている。
その氷幕の向こうには爛々とした太陽が見えたが、氷幕が溶ける様子はなく、内部の者を守るかのような魔法の障壁にすら見える。
「全く……、ディーネから話を聞いたときは心底肝を冷やしたぞ。……だが、まぁお前がやったことは間違いなく最善の手だった。お前にしかできない、な」
アプリールに入ってからぼうっと空を見上げ呆ければ、心配になったのだろう、横からアルフィーナが話しかけてくる。
振り返るとそこには右肩に銀の大鷹を留まらせているアルフィーナが居た。呆れ切った表情ではあるものの、仲間の行動に尊敬の念を抱いてはいるが、二度目を行使すれば反対側にいる貌無しさんも、きっと止めるんだろう。
ちなみにこの銀鷹。銀旋の象徴らしく、魔物<ディアブロ>の存在を報せたり、手紙の運送などを行っているらしく、アルフィーナが魔力を込めて指笛を鳴らすとどこからともなく飛翔してきて、リュスへ到着を報せる手紙を出してくれた。
「さすがに肝を冷やしました。結果として「命は無事だった」というだけで、本音を言わせてもらえば二度としてほしくありませんね……」
「命を預けた側も大変だな。ディーネ」
「えぇ、本当に。なのでこれからは危険性の有無によっては実力を持って我が主を止める所存です」
アスール村を出てからというもの、似たようなやり取りが続けられ、直接怒られている訳ではないのに、こっちの方が少し応える。
「……善処するよ……。や、約束はできない、かもしれないけど?」
そう口にしてから、再度空を見上げると、ディーネの大きなため息が聞こえ、あの日の出来事を思い出す。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ま、待ってください!そんなの危険すぎます!負荷を考えれば、逆流した魔力に身が持ちません!」
地下に残された、僕とディーネ。そしてアリアさんが聞いているであろう広間に、ディーネの声が木霊する。
彼女が声を大にしているのが少し珍しいような気がしないでもない。
「他に案があるのなら、教えて欲しい。アルフィーナの言う「妥協案」ではなく、僕が望んでいる結果を導き出せる案を」
「それはッ……!」
思いつかないのではない。きっと案はあるのだろう。少なくともアルフィーナの出した妥協案よりかは、僕寄りの考えとなる案を。
それでも彼女が口に出せないのは、僕の案の方が救える数として勝っているからだろう。
<問――。そこな小さき妖精は我らが主と酷く混ざり合っている。これは如何なる理か>
「……与命式<タシアスタ>で繋がっているからだと思う。……って、あれ?僕の身に及ぶ危害はディーネさんが肩代わりする事になるのなら、危険じゃないのでは?」
無論、頭が潰れた、心臓を打ち抜かれた、などなら話は変わってくるが。
<解――。与命式<タシアスタ>と言えど、万能ではない。我らが主が毒を飲み続け、何かしらの疾患を患った場合や、魔力回路の逆流から起こる圧壊現象は効果範囲外となる。そこな小さき妖精が気に掛けたのは、後者であろう>
「……なるほど、それにしても毒って……」
意外な抜け道の存在に、ディーネが知らなかった、とは考えにくい。
知ってて、隠していた。それが誰のためか、言うまでも無い。僕のためなんだろう。
もう一度、己の力で立って歩く理由になってくれた。だから今更この厄介な呪術の抜け道を知ったからって、そこを通るつもりは無い。
通るつもりは無い、が。そこしか道が無い以上、駆け抜けてでも通るほか無い。
白宝<アリア>の返答が聞こえているわけでもないのに、まるで僕が何を知ったのか、気付いたかのように小さく息を吐くディーネ。
「わかりました……。もしもの時に備えて、それなりの対応をすることを条件に、ミコト様の案に全面的に協力しましょう」
「協力って言っても、ディーネさんに出来る事ってあまりない……というか、全く無い気が……」
「そうですか?今、ミコト様が提示された案を実行するなら、一部の建築物に住まう人は優先的に避難させるべきと愚行いたしますが」
「う、そ、それは……リュスにでも頼んで騎士団員を……派遣とかして……」
「間に合いません。一部の聡い人間なら、都市上層部の人間が避難するのを見れば、否応無く反応するでしょう。騎士団の多くはそちらに割かざるえないはずです。それに彼らは、「遅い」です。私なら彼らが一歩踏み出す間に、ブリフォーゲルを一周してみせますよ」
どこか自慢げに言う彼女がとても誇らしく、頼りがいのある人に見える。
基本残念な人だけど。
「ミコト様はどうか、ご自身がやるべき事にのみ意識を向けてください。他の雑事は私が対応致します」
「……ありがとう。君が居てよかった。……と、ところでその……「それなりの対応」って何?」
苦笑を携え、尋ねた問いに、ディーネはヴェールの前で人差し指を立て、
「それはなってからのお楽しみ、ではいかがでしょう?」
と、どこか嬉しそうに語ってくれる。
大仕事の前に、肩肘張らず挑めるよう、彼女なりに気を遣ってくれたのだろう。
<解――。ただ気絶させるだけなら簡単だが、危害を加えれば小さき妖精に災厄が降りかかる。であれば答えは「何らかの毒物で意識を奪う」のであろう>
あ、もう毒が効くって解ったから、隠すつもりないんですね。ディーネさん。
「それで、何から手をつけられるのですか?」
その問いが、まるで今から僕がやろうとしていることに対して、最適解を持っているかのように錯覚するのは何でだろう。
「……まずは「視て」いこうと思う。同時に覆う作業も平行するから……、ディーネは……その僕がする事に対して、最も効果的な事をお願いしたい……ですね」
「承りました。では、ミコト様はどうぞ作業にお入りください」
短く礼をしたディーネを最後に、自らの眼を閉じ、都市全貌が見える「視点」を作る。
無論それは精霊を用いた眼であり、まるで自分が空でも飛んでいるかのように錯覚さえ覚える。
その眼を用いて都市内に点在する氷石の上に建つ建築物を探し、より近い視点に移動し、細部まで把握した後、魔力弾<タスク>で氷石に沿うように形を形成する。
それが僕の導き出した答えだった。
都市全体にはドーム状に覆い、城壁外からの氷雪から生じる濁流を防ぎ、都市内部に点在する氷石の上に建つ建造物には、氷の形に添うよう魔力弾<タスク>を展開し、建物その物も支える。それと同時に魔力弾内で溶けた氷石を再度、凍らせ形を整えるために用いる。
都市内部に降り積もっている氷雪に関しては、都市中央部。アリアーゼ城へと流れ込むように「道」を作る。
というのも、通常の氷石の上に建つ建物が民家などの小さい建物であれば、なんら問題にならないと思えるほどの重さなのだが、問題は都市中央。
アリアーゼ城の乗っている大氷石。そして、城その物という質量だ。あまり自信がない。
正直、何かしらの失敗があるだろうが、イダという僕にはもったいないほど優れた術士の元で学んだ事をフルに活かして、誰かを助けたい。
そうする事で得られる感謝がイダを少しでも笑顔に出来る、そんな気がする。
そんな事を思いつつ、二つ目の氷石、建物を支えた瞬間に変化が生じた。
身体だ。僕の身体が誰かに支えられ――、否。お姫様抱っこされて、風を感じている。
「どうか作業を中断されないでください。地下に居てはもしもの時、濁流に飲み込まれますから。まずはミコト様の身体を安全な場所まで運ぶ事が最優先だと判断いたしました」
「待って――「勿論、この状況で自分だけ安全な場所で作業に没頭できるような方ではないこと、承知しております。ですから、有体に言う最も危険な場所に貴方を運びますので、無事乗り切ってください」
え、なにこのドSさん。
「最も危険な場所に身を置けば、死にたくない……いや、この場合は怪我なので、私を「死なせたくない」という思いにかられ、必要以上に集中できますでしょう?」
「……そう言われると、絶対に失敗出来ないね……」
自らの眼には何も映っていないが、耳から拾える声と、肌に感じる風に、ディーネの肌の感触。
どうにも未だ身一つだと考えがちなのだが、彼女も僕を形成する大部分に一つになった以上、これからも彼女を引き合いに出されると、否応なく集中してしまいそうだ。
「信じていますから。ミコト様なら、きっと大丈夫だ、と」
懐かしい言葉、否。懐かしい意味を持つ異世界の言葉に、つい口から出たのは、日本語だったけど、いつもの癖だと思えば、ソレもまた僕に力をくれる。
「……大丈夫、大丈夫」
言い終わるのと同時に、自ら感じて居た残りの感覚全てを閉ざし、作業を再開した。




