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承章:第四十二幕:名誉と旅立ちII

承章:第四十二幕:名誉と旅立ちII



 私は自分の執務室で天を仰いでいた。

 そこには普段から見慣れている天井と天窓があり、陽が入ってくる。

 あの日、あの白宝<アリア>の暴走に至った日、二度とこの部屋に入る事も無いな、と思っていたし、何万という民が命を落としていてもおかしくは無かった事案を、たった一人の青年によって救われた。

 かつて圧倒的に不利な状況を叩きつけた決闘で、私など歯牙にもかけない程の技量を見せつけ、そのうえで私に「生き方」を示してくれた恩人でもある。 


 違うな――。自身が認めたくなくて、突き放していた現実を「受け入れやすく」してくれた。


 一人の人間として、自身よりも身体能力に優れた「亜人種」を蔑んで、遠ざけていた。それは人間社会で生きて来た自分にとって、当たり前の事だったはずだった。

 彼らは汚く、数が少なく、魔法を扱う魔力にも恵まれていない。いざ彼らを手元に置き、様子を見ればたったそれだけの違いだ。

 汚い理由は、人が嫌がる下働きをさせるからだ。数が少ないのだって、かつての大戦で人族が参戦する前に魔族<アンプラ>、魔物<ディアブロ>の侵攻をその身で防いでいてくれたからだ。

 魔法を扱う魔力だって、彼らはそれを補いなお余るほどの身体能力を有している。

 彼らの唯一とも言っても良い長所は、人である私には無い物だった、「だから遠ざけた」。

 

 私は机の引き出しから、一枚の折りたたまれた羊皮紙を取り出す。

 開いたソレには、拙くもしっかりと『この決闘でミコト・オオシバが射止めた魔族<アンプラ>はリュス・ヴィスヴァークの名の下、自由の権利を得て、アスール村での生活を許可する。またリュス・ヴィスヴァークは今後、亜人種を傷つける事が出来ず最大限の礼をもって接する。そしてこの決闘に置いてリュス・ヴィスヴァークが散らせた命に対し、その者の墓を立て毎日、祈りを捧げる』と記されている。

 自分が彼の青年にかした物とはまるで違う。自分の醜さが嫌になる。思い出したくもない。


「たった一つの道具で、一人の生き方を変えてのけるんだ。……その命を持ってれば、何万の命を救うにも躊躇ったりはしない、……の、だろうな……」

 

 私はおもむろに自身の左胸に飾られている小さな徽章を外し、掌でそれを転がした。

 かつて王から賜り、自身がこの世界で最も優れた「騎士」である事を示す、十個しか現存しない自らの地位を示すもの。

 自身よりも優れた者にであれば、授与を許可される、私から払える最大の礼だ。少なくとも、私などの胸にあるより、彼の青年の胸にあるべき物のはずだ。


「長い間、私のところにあったせいで、その価値が腐って無ければ良いのだがな……」


 腐るはずなどありはしない。そんな事は解っていても、彼にとってはそこらのちり芥と同じ価値なのかもしれない。

 もし、私が彼にこれを渡そうとしたら、彼はどう反応するのだろうか。

 「要らん」とはねつけるか、そこいらに投げ捨てる可能性だってある。

 私が彼にした……いや、彼の信念に傷をつけたのは事実だし、補う事などもはやできない。 


 だが、叶うなら、自らよりも優れた騎士に与えてみたい。

 これを賜ってから、いや賜る前から奪ってばかりの人生だったが、最後にこれからは「与え続ける者」に渡してやりたい。


 見慣れた天窓から空を見上げると、ほんの数週間前までには無かった、氷の膜が空を覆い、その下を一羽の銀の大鷹が羽ばたいている。

 きっとかの美姫の使いだ。で、あれば到着の日時を報せる文でも届いたのかもしれない。

 

 早くこの徽章を胸にした、新たな「騎士」の姿を見たいものだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リュスからの報せがアスール村に届いたのはアルフィーナが荷運び係に就任してから四日経ってからだった。

 ビルクァスさんが昼時にしっぽ亭に届けてくれたソレには、雪原都市アプリールで行われる式典への出席、後の叙勲式について記されていた。

 式典では何故か僕が壇上で話さなければいけない事になっており、後の叙勲式ではあのリュスから何か授与されるらしい。


「……覚悟は決めていたけど、ものすっごく、行きたくない」


 手紙を開いて、数秒で閉じ、手紙から顔を上げアルフィーナに向け一言。

 僕のセリフを聞いたディーネはヴェール越しではあるが、唇に指を添え、小さく声を漏らして笑ってくれている。


「そんな事が許される訳がないだろうが……。今回の功労者は誰が何と言ってもお前なんだ……。それに、恐らくリュスがお前に与える物と言えば、まず間違いなく「騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>」の事だ。受け取りを辞退などしたら、王に仕える者全てがお前に敵に回ったっておかしくない……。というか、私もその一人だな……」

「騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>、ですか。たしか、リュス様の位は第九位であると認識していますが、それにしても受け取りを辞退した者が居るとは聞いたことがありませんね……」

「当たり前だろう……、一体どれだけ多くの者がこの位を賜るために日々努力していると思っているんだ……」

「貰ったって、荷物になるだけだろうし、旅に出るのに召集がかかる事だってあるんだろう?面倒が増えるだけじゃないか」


 騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>。かつてイダさんから教わっている知識が全てだとすれば、この円燐大陸ブリフォーゲルにおいて、最も優れた十名の騎士の事だ。

 初代の十人は何れも王から徽章を授与され、以後は各々が認めた騎士であれば徽章を譲り、位そのものを譲る事を許される。

 王に仕える騎士として最も名誉であると同時に、この世界における最上位の身分証明となる。

 だが、同時に光城イリンナに危機が迫る時、記章に内包された魔法が発動して、強制的に転移させられると聞いた。


「詳しいな。徽章に記された古代魔法の事まで知っているなんてな。これらを知っているのはかなり限られているんだが……」

「ですが、ミコト様が気にされる事もまた事実ですね……。確かに、旅に出ていざ召集がかかれば、独り王都イリンナに飛ばされるわけですから……」

「そもそもそんな事態になる事自体がありえん。確かに徽章には今挙げられた魔法が付与されているが、過去一度も召集がかかったことなど無い。そうならないためにも、銀旋騎士団、金華騎士団が存在している」

「と、元銀旋の長が仰っていますが、どうされますか?」


 リュスから与えられる事に関しては、最早あまり気にはならない。

 ここ数日、アスール村にいてもアプリールから聞こえるリュスの豹変ぶりと、行った施策については耳にしている。

 曰く、人が変わったと。誰に対しても優しく、また時には厳しいがそれも相手を思いやってこその行動であり、決して嫌みが無い。

 また、騎士団だけにとどまらず、都内に住む手に職の無い亜人種に対し適職を斡旋し、力ある者は例え亜人種であっても隣に立たせる事を赦すなど、過去のリュスを知っている者であればだれでも同名の別人であろうと判断をする内容ばかりだ。

 今なお神判の約定<ジェシア・オルグ>の効果が発揮しているのは明白なのだろうが、アルフィーナ曰くたとえ約定の効果があったとしても、心からの嫌悪感などは拭えたりはしないらしい。

 それでもリュスが変わったという事はアルフィーナでさえ驚きを隠せず、同時に彼の評価を上方修正していた。

 

 それにしても、今回授与されるという物は、物が物だけに厄介極まりないし、まだ金品を貰った方が後腐れが……ん?


「アルフィーナ、質問なんだけど、今回の授与ってのはまず間違いなく、リュスの持つ「騎士十選代<アルマティカ・ゴウン>」の徽章なんだよな?」

「あぁ。逆にアイツが他に授与出来る物など持っていないはずだ。七枝の位については譲渡できる物でもないし、今は私に加護<リウィア>が移っているしな」

「……、うん。決めた。行こう」

「いや、例え拒否して逃げようと首に縄を付けて連れてこいと、私には通達されたからな。せっかくの覚悟を悪いが、絶対に参加してもらうつもりだった」

「返して?!ねぇ、返して!僕の覚悟と時間!」


 そんな言い合いをして、その日の日が沈み、翌日雪原都市アプリールへと再び足を運ぶ事になった。

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