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承章:第四十一幕:名誉と旅立ち

承章:第四十一幕:名誉と旅立ち


 アルフィーナとモモがファッゾさんの店に寝泊まりするようになって、三日が経ったある日。

 ファッゾさんから呼び出しがかかり、ディーネと共に店に向かうと、そこには眉間にいつもの二割増しで溝を作るアルフィーナが仁王立ちしていた。

 一応は「村娘」に見える少しくたびれた服を着てはいたが、はっきり言って、似合ってはいない。

 そして呼び出した本人のファッゾさんはと言えば、店の隅で膝を抱えブツブツと呪詛をつぶやいていて、気のせいだろうか、いつもよりも髪はボサボサで、自慢らしい尾の手入れも行き届いていないように見える。


「……普通、美人が店先に立てば売り上げは伸びるものなんじゃないのかい……?え、なんだいアレは……あたしは、魔除けにも使えるようなオーガを店先に置いた覚えはないよ……?」


 状況が解っていないのであろう。モモは困った顔で呪詛を唱え続けるファッゾさんの背中を優しくさすっている。

 

「……いらっしゃい。何を買う?」


 オーガが喋り、笑顔を作ろうとしたのだろうが、目元の表情筋がピクっと動いただけで、苛立っているようにしか見えない。


「あ、あの……アルフィーナ様?もう少し、こう――、口角を上げ、目じりを下げるようにすると、笑顔に見えますよ?――ホラ、ね?」


 いや、貴方の顔の前にはヴェールが有って、表情が全く伺えないわけで。アルフィーナの事をとやかく言えるはずもないでしょうが……。


「なるほど……、こうか?」


 アルフィーナなりに意識したのだろうが、何故か眉がつりあがり、眉間がさらに深くなり、片方の口角があがって、申し訳ないが最早メンチきってるようにしか見えない。

 彼女の「笑顔」を写していた、向かい側の建物の窓ガラスには何故かヒビが入り、僕らの後ろを歩く通行人はアルフィーナを見て短い悲鳴を上げ、そそくさと逃げていく。

 

「……ミコト様?賭けをしませんか?」

「内容は……?」

「簡単です。『アルフィーナ様が笑顔が出来るようになるのが先』か、もしくは『ファッゾ様の店が潰れるのが先』かです」

「……ディーネ、賭けにならないよ……」

「言ってて、私もそう思いました」

「こっちにしてみれば死活問題なんだよッ!?」


 あ、ファッゾさんが復活した。


「ファッゾ様?こういう言葉がございます」

「な、なんだい?!この状況を打破できるようなものなのかい?!」

「何事も、諦めが肝心、です」


 ヴェールの下から紡がれた言葉は最早とどめなわけで。

 ファッゾさんは定位置に戻って、また膝を抱えるように座り、ブツブツと呪詛を唱え始めた。

 それをまたモモが慰めている。あ、感極まったのかモモを抱きしめた。

 

「……というか、なんでまた店の手伝いなんかを?」

「無料で部屋を借りている身だからな。金を渡そうとしても拒否されるから、少しでも何か店主の手伝いをしたかった」


 言いつつも、背後に目を向け、ファッゾさんに抱きしめられているモモを見て、少しだけ目を伏せるアルフィーナ。


「それに、リュスからアプリールへの召集が終われば、翌日には私たちは次の都市へ旅立つんだ。……少しでも、あの子にとって良い環境を作ってやりたい――。って、なんだその顔は?」

「ああいや……、少し嬉しかっただけだよ……。――、ありがとう、アルフィーナ」

「フン。お前に礼を言われる理由がわからん。……むしろ礼を言わねばならんのはコッチだろう。……感謝している。いろいろと、その……楽になった」


 本人は気づいているんだろうか?

 眼前の美少女が優しい笑みを携えている事を。普段の仏頂面や、先ほどのオーガの様な顔でなく、年相応の笑みだ。

 ファッゾさんに抱き着かれて困っていたモモも、アルフィーナの笑みに気づいたのか、嬉しそうに微笑む。

 こんな時間がずっと続けばいいな、何て思うが空気を読めないとある人物のたった一言で終わりを迎えた。 


「ああー!アルフィーナ様!ソレ、その笑顔ですよ!」

「な、なんだいきなり……」

「あ!ダメですよ!またさっきのオーガのお顔に戻ってます!さっきまで出来ていたのに、なんで急にオーガに豹変できるんですか!」

「……とりあえず、お前が私に対してどう思っているのかが解ったよ……」

<あ、私もオーガに連なる者か、ケイブマンに連なる者だと思っていました。……違うのですか?>


 オーガも、ケイブマンも下級中位に位置する魔物<ディアブロ>だ。

 前者は体毛などなく、側頭部から捻じれた角を有する巨人種。

 後者は体毛が多く、洞窟やアプリール近くの雪原で遭遇することがある巨人種。

 共通している事は「極めて強面」な事。

 ファッゾさんも、ディーネも、アリアさんも、少し酷いのではないだろうか……?


「お前ら……ッ」

<ミコトさんは、どう思っておいでなのですか?>


 なんだこのキラーパスは。

 今にも襲い掛かって来そうなオーガの笑み(?)を携えた美少女に向かって、「貴女はオーガ、もしくはケイブマンの血縁者ですか?」など言えるわけもないだろうに……。

 かと言って、美貌を褒めてもココまで怒り心頭の彼女には逆効果にしかならないよ……。


「……とりあえず、出会ったら裸足で逃げ出したいかな」


 言うや否や、僕が身体強化を用いその場から一目散に逃げ出すと、それを見てディーネも別の方向に駆けだす。

 魔物<ディアブロ>と出会ったらまずは逃げを想定する、この世界に生きる戦いを生業としていない人達にとっての常識なのだ。

 

「――望むところだ!」

  

 僕とディーネの行動を見て、僕は捕まえられないと判断したのか、ディーネを追走していくアルフィーナ。

 二人とも遠慮などせず、本気で逃げ、追いかけているせいだろうか。時折街中から住民の悲鳴じみた声が聞こえ、そのたびにビルクァスさんの怒声が響く。

 時間にして半時もしないうちに、ディーネはアルフィーナに捕まってしまい、彼女を餌に、


『ミコト!何処にいる!コイツがどうなっても良いのか!?』


 と、村の中央で大声を張り上げていた。

 その様はまさに魔物にしか見えず、何がどうあっても騎士道精神はどこへやらだ。


 結局、ディーネを見捨て、一人「兎のしっぽ亭」に戻ると、しばらくしてビルクァスさんに連行された二人が戻って来た。

 僕を含めた三人はこっぴどく叱られ、ニナさんからも笑顔の圧力を頂いた。

 

 そして、ファッゾさんの店の前に戻った頃にはモモが店先に立ち、積極的に住民と言葉を交わし、持ち前の健気さから果物を売っていく。

 ファッゾさんは「神はココに居た」と涙を流し、アルフィーナは頽れた。


 その日の売り上げ。

 アルフィーナは三個。(あまりにも不憫だったため、後に僕と、ディーネ、ビルクァスが買ったもの)

 モモは四十五個。

 ファッゾさんは最後にたった一言、


「明日から、荷運び係だな。今日の様子を見る限り、体力は有り余ってるんだろう?表には立たなくて良いさね。いや、ほんとに……ていうか、立たないでください、お願いします」


 とアルフィーナに伝え、それにショックを受けた彼女が夜寝る前に必ず水鏡の前で笑顔の練習をし始めたのを発見するのに、さほどの時間もかからなかった。

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