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承章:第四十幕:白き加護は誰が為にVII

承章:第四十幕:白き加護は誰が為にVII




 食事を終え、しばらく休んでから再び村の中に戻ると、昼時を過ぎ夕飯の準備のためにか買い物をしている人が増えた大通りをアルフィーナと共にファッゾさんの青果店へ向かった。

 道中一人の時には感じなかった、鋭い視線を何度かあびたが、僕に向くのは一瞬で、ほとんどが目を閉じ、無表情で付いてくるアルフィーナへと移る。

 外套をちょうど鳩尾あたりでぶつ切りしたような物で隠してはいるが、銀色に輝くハーフプレートを身に着けている彼女が帯剣していない事を探るようにして、ようやく目をそらされる。

 よそ者への対応、というよりは害意への対応とでも言えば良いのだろうか。もしアルフィーナが急に暴れ出した場合、どのような被害が予想されるのかを彼女の姿から予想しているような。

 その証拠に、売買に勤しみつつも腕に自信がありそうな、一部の亜人たちはアルフィーナが通り過ぎるまで彼女を見つめ続けていた。

 いつか本人が言っていた「石」についての話を思い出していたが、本人は気にしていないようにも見える。

 ビルクァスさんも言っていた通り、人族である以上、村の住人から警戒される事。それも時間や関わりが解決してくれる事。

 それなのに今みたいにアルフィーナから避けていたんじゃ現状が変わらない。

 いずれ彼女と旅に出る以上、彼女とアスール村との関わりはほぼ無くなるだろうが、このままで良いのかなと思う自分が居るのも事実だった。


「なんだ?さっきから人の顔をチラチラと見て」

「ああいや……。その……、これから人と会うんだから、少しは愛想よくしなよ…?」

「……かなり愛想を振りまいているつもりだが……?」

「今の君が愛想振りまいている顔をしているというのなら、世の中は笑顔で溢れかえる素敵な世界になりそうだね……」

「ん?まぁ、そうだな?」


 その眉間に深くグランドキャニオンをこさえて、刃の様な鋭い目付きに加え、唇を硬く結び、周囲より頭一つ抜けている美貌が作り出す高潔感が「愛想が良い」と表現するものなのなら、世界は本当に笑顔で溢れかえって、某ファストフード店のメニューからスマイルが消えるだろうよ……。

 などと考えつつも足を動かし続け、しばらく歩いてから顔を上げるとそこにはファッゾさんの青果店があったが、店主のファッゾさんは埃のかぶった家具や、木箱などを店先に並べていた。

 ファッゾさんが何をアルフィーナに頼もうとしているのか、解らなかったがアレを見る限り最初に頭をよぎるのは「ゴミ捨て」だろうか?と考えをまとめはみたが、いくらズボラな方とはいえ、ほぼ初対面ともいえるアルフィーナにそんな事を頼むのだろうか?

 荷運びを頼まれ、アルフィーナがどんな感情を抱くかなども考えたが、ココまで連れてきた以上、やっぱなしとも言えないか。それに木箱を地面においたファッゾさんの耳が微かに動き、僕の足音でも拾ったのか振り返ってから微笑んだ。


「あ、あの、ファッゾさん。連れてきましたけど……」

「助かるよ、騎士様。――さて……」


 礼を言ってからファッゾさんは二度手をはたき終えて、アルフィーナに向きを変え、彼女の顔をいつもよりやや険しい表情で見つめていた。

 アルフィーナもどこか緊張しているのか、それとも単に不機嫌なのかいつもの険しい顔が二割増しといった具合だった。


「……ハァ……。すまないんだけどね、アルフィーナさん、だったかい?あんたに一つ頼みがあるんだよ」

「いきなりため息から入るとは、余程の迷惑をかけていたみたいだが、生憎と心当たりがないんだ。教えてもらえると助かる」

「そうかい?それじゃはっきりと言わせてもらうとするよ。あたしら亜人……いや、犬人族<ドゥーギー>にとって「匂い」っていうのは何よりも過敏に反応しちまうのさ」

「……。ある程度、小川で身を清めているつもりだったが、今後は石鹸でも使うとしよう。悪かったな」


 ファッゾさんの頼みと聞いて、応じたのだが、さすがにこれはアルフィーナに失礼ではないだろうか、と思ってしまった。

 村の中で宿でも取っているのなら解らないでもないが、今の彼女は村の外で野営しているのが現状だ。

 確かに本人が言うようにいくら身を清めてるといっても、村の中で行えるソレとは明らかに違うはずだ……。


「……あの、ファッゾさん――「悪いけど騎士様は少しの間、黙っててもらえるかい?この娘っこに、どうしても言わないと気が済まないんだよ。それに騎士様が何を誤解したのか解らないでもないけど、私が言いたいのは「ソッチ」じゃないのさ」


 アルフィーナにも、当然僕にも何の事か解らず、お互いに顔を見合わせていると、重いため息の後にファッゾさんが続けた。


「……血の匂い。あんたから……、もっと言えばその手からだ」


 アルフィーナの表情が消えた、と言えば良いのだろうか。

 いつもの不機嫌の相ではなく、かといって笑顔という訳でもない。ただ、言われた事に対し、理解が遅れているのか完全なる無表情になった。

 だが、それも一瞬で終わり、どこか物憂さげな瞳で己の両手を見つめはじめた。


「騎士様だけじゃなく、あんたも話を最後まで聞きな……。私が言いたいのはあんたの手から「あんたの血の匂い」がするって言ってんだよ……。この際だからはっきり言うけど、最初はあんたがこの村に来てから近くを通るたびに「ここまで無臭な人間がいるのか」ってくらいあんたからは匂いがしなかった。ビルクァスから聞いた話じゃ、あんたは「主に」魔物<ディアブロ>狩りをしてたんだろう?匂い消しは必須だろうからね。その点、かなり評価していたよ」


 ファッゾさんは自らが置いた木箱に腰かけ、続けた。

 本人も己が口にする事じゃない気がしてならないのか、どこかめんどくさそうにも見えるが、


「……あんたが気になるって言うんなら続ければ良い。満足できるまで続ければいいさ。……でもね、何度でも言うよ。あんたがこの村に来た時、本当に「匂い」なんてしなかった。――あんたが気にしている「人」を……いや、「魔族を殺めた罪」に匂いがあるのであれば、あんたにも……そして私にも、その匂いがあるだろうけどね」


 正直、意外だった。

 僕や、ディーネには彼女が何を思って、村の外で暮らす事を選んだのか、日に何度も手が汚れた訳でもないのに洗い続けたのか。それらの行動をアルフィーナが行ってきた事から理解していたが、ファッゾさんも心当たりがあるようだった。

 そして言われたアルフィーナは己の皸だらけの両の手をただ見つめていた。


「ココは不思議な村だろう?私も戦ったがかつての大戦でその大半の数を散らせた獣人族が居て、その後から大戦に参加して私らを消耗品のように扱った人族もいる。そして傑作なのはそのかつての敵だった魔族も同じ囲いの中で生活している。……「これは一体、なんの冗談なのか」って私もこの村で生活を始めた時思ったさ。……最初はニナ様の理念でもある「誰の手も拒まない」、それにただ付き合ってるだけだ、って私も考えてたけど一人、また一人と魔族がうちの店で買い物をしていくたびに、自分の手が、身体が、毛の一本一本に至るまで、何かとてつもなく「匂い」を纏っているんじゃないか、って思いはじめてね……」


 ファッゾさんは立ち上がり、アルフィーナの傍まで歩くと、苦笑しながら彼女の両手を優しく、脆い工芸品でも扱うかのように己が両手で包み込んだ。

 アルフィーナも最初は驚きはしたが、


「さすがにココまで酷くはならなかったけど、ね。……あんたの同じで、気が付いたら皸だらけの手になってたよ。……フフ、なんだいこの手は。平民に嫁入りした洗い物なんかしたことがない貴族の娘っこでもココまで酷くはならないんだけどねぇ」


 普段のずぼらなイメージとは違う、ただどこまでも慈しんでいる。まるで聖母の様な優しい笑みを携えていたファッゾさんがそこに居た。

 

「……私にはあんたが何でここまで自らを責め立てるのか知らない。でもこれだけはわかるよ。自らの行いが、今のあんたにとって「罪」という認識でいるのなら、それを赦せる何かを見つけな」

「貴女は……、貴女は自らを赦せる何かを見つけたのか……?」

「さてね。私は頭を使うのが苦手だからねぇ。いつの間にか考えなくなっちまっただけさ。――って言えば、一番私らしいんだろうけどね……。実際のところはこうやって店を構えて、魔族<アンプラ>達が買い物をして行く度に……。最初は愛想笑いすら向けていなかった相手から「ありがとう」って言われる度に、「美味しかった」と微笑まれる度に、いつの間にか軽くなってる自分が居たのさ……」


 おかしいだろう?と苦笑するファッゾさんはアルフィーナの手を離し、自らの懐から小さな木製の容器を取り出した。

 その蓋には焼き印で鳳仙花が一輪記されており、ファッゾさんは僕に対してどこか申し訳なさそうに目を伏せた。

 理由はなんとなくわかる。何故ならそれはかつて僕が暮らしていた森の中の小さな家で、日常的に目にしていた物だ。

 時折、イダさんが暖炉から熱した焼き印を取り出し、自らが作った薬を入れた紙袋や、木箱、容器なんかに押していたのをおぼている。


「……コレをあんたにやるよ。皸に良く効くうえに、鼻の良い私らへの工夫なのか、果樹の香りがする。傷が治るまで塗っておきな」


 ファッゾさんは取り出した容器をアルフィーナへ放り投げると、彼女は両手で受け取り、己が手に収まったソレを見つめていると、ファッゾさんがめんどくさそうにため息を一つ。


「ホラ、私が言いたい事は終わったよ。これ以上はただの営業妨害だ。――、でも、ま。もしまた何か困った事があったなら、私に言いな。……良いね?」


 シッシッと手を払うファッゾさんに、アルフィーナは一度だけ礼を返し、来た道を戻っていった。

 その背中をしばらく見つめていたが、彼女は未だに己の両手の中にある容器を見つめながら歩いているようだった。

 ファッゾさんも追い払ったとはいえ気になっていたようで、店先まで来ると同じようにアルフィーナの背を眼で追っていたが、大きなため息を一つする。


「ありゃかなり重症だね……」

「僕もそう思います」

「……騎士様。どうかあの娘っこの事を、支えてやってくれないかい?……危なっかしくて見ていられないんだよ」

「彼女、「人間」ですけど、ファッゾさんはそういうのに抵抗はないんですか?」

「少し前だったら、助けてやるつもりも無ければ、気にかけてやる事も無かったんだけどねぇ。……知っちまったのさ。私らみたいな「消耗品」のために自らの命を秤に乗せて助けたり、悩みを抱え不安になっていた子を「妹」だと言い傍に置く頭のいかれた「人間」をね。……もちろんビルクァス達が築いてきた信頼ももちろんあるだろうけど、騎士様がやってきた事に対して、私なりに返答をしたまでさ」


 表情は伺えなかったが、きっと自分に似合わない事を言って、恥ずかしがっているんだろう、と思うと自然に頬が緩み、そのままアルフィーナを追いかけるようにして、店を出た。

 前を行くアルフィーナにはすぐに追いつけたが、彼女の歩みはいつものそれと比べて遥かに遅かった。

 牛歩と言っても良いのかもしれない。同じ通りを歩く「人」が、アルフィーナの事を気にかけてか何度か振り返ってしまう程だ。

  

「……―――だ」


 急に立ち止まって、俯きながらも小さく口にした言葉が聞き取り辛く、二の句を待つ。


「……ただただ怖かった」


 後ろを振り返ったアルフィーナはいつもの自信に満ちた表情などではなく、何処にでも居る年相応の娘が憂いに満ちている様な笑みを浮かべていた。

 店を出てから塗ったのか、彼女の皸だらけの手からは微かに果樹の香りがしたが、彼女はそんな傷らだけの手を力の限り握っており、その拳から血が滴っていた。


「……私がやってきた事が、この村では許されない行いで、牢ではディーネにも指摘をされて、お前も「そっち」側だ……。だから急に、不安になってしまった……。あの店主の言う通りだよ……。自分の身体が、武器を持つ手が……何かとてつもなく汚れてしまっているんじゃないかって思うようになってしまっていた……」

「……。勝手に聞いてしまったのは謝るけど、リュスからアルフィーナの生い立ちを聞いたよ。あのヴェザリアっていう魔族<アンプラ>に家族を殺されたんだろう?だから許されるって訳じゃないけど……僕と、似たようなものじゃ――」



「――私はお前とは違う!何度も……何度も――ッ!幾度となく、己の手で屠ってきたんだ!ヴェザリアとは関係のない者もだッ!そんな返り血まみれの私が――ッ!」



 怒声。  



「お前は、お前の「家族」を殺めた者を手にかけたに過ぎないさ!だが、私はッ……関係なく――ッ、見境なく、ただ魔族<アンプラ>だからと、屠り、道端で、市場で命が尽きようとしているのを見捨てて来たんだぞッ?!」



 叫び。



「――、そんな私がッ、ただの一度も手を差し伸べる事をしてこなかった私が!ここで普通に生活を営んでいる魔族を見て、何も思わないとでも思ったのかッ?!」



 悲壮。



「ディーネに言われるまでもない!魔族が「亜人」である事くらい、初めて自らの剣で魔族を殺める前から知っていたさ!知っていてもッ、自らの家族を殺められて憎しみが勝っていた!だから――そんな私がッ!」



 慟哭。



「……どうして、彼女たちから笑みを向けられる?……どうして、こんな罪を重ね続けている私が、彼女たちの幸を願えるっていうんだ……」


 ためきっていた物を全て吐き出したのか、アルフィーナはその場に頽れ、頬には涙が伝っていた。

 周囲には人だかりも出来、何事かとさらに人が集まりつつある。

 

 それにしても「幸を願える」か……。たしか、アルフィーナが雪原都市アプリールから連れてきた魔族、アルカさん達を助けた時に、唯一アルフィーナの言葉を理解出来ていたルミアさん曰く、彼女はルミアさん達に「……私は、お前達に幸を願える立場にいない」と口にしていたらしい。

 魔族を殺めていた「昔の自分」と、僕やディーネ、この村で生活をしている皆を見て「新しい自分」とが居て、根本的には優しい彼女が「新しい自分」を選びつつあっても、「昔の自分」の影に怯えている。

 「昔の自分」を綺麗に捨てられないのは、きっと自らが抱いていた、強くなりたいという動力源にもなっていた「憎しみ」を捨てきれないからだろう。

 もし僕があの時……、大切な家族を奪ったやつらより劣っていたら、僕もアルフィーナの様に歪んでいたのかもしれない……。


「あれ?ミコト様?……人だかりが気になって来てみたのですが……、――って、アルフィーナ様?!ど、どうされたのですか?!」


 人がきが割れた隙間を縫って現れたのは、「一人の細身の少女」を連れ添ったディーネだった。

 彼女は人がきの中央で、泣き崩れていたアルフィーナを見つけると、連れ添っていた少女への意識を手放し、アルフィーナへと駆け寄った。

 連れ添われていた少女は、ディーネという支えが無くなり、一瞬だけふら付くも、両の手を広げしっかりと自らの身体のバランスを取り、多少揺れながらもしっかりと「立って」いた。

 僕がため息をこぼし、少女の方へ歩いていくと、ディーネが自らの失態に気づき、少女のほうへ顔を向けるが、その頃には僕が彼女を支え、小さな手が僕の服の端を握っていた。

 支えを得た事で余裕が出来たのか、まだ少し痩せこけてはいたが、満面の笑みで僕を見上げて来た。

 

 モモ。

 アルカさんと、アルノさん、ルミアさん、この3人と一緒に保護された最後の一人だ。

 薄桃色の髪と紋<ウィスパ>が特徴的な少女で、彼女もアルカさん、アルノさん同様に両下肢を無くしており、二人と同じ時期に義足を与えると、転びながらももう一度歩ける喜びを思い出したのか、必死に練習を繰り返していた。

 今日はディーネの番で、モモに付き添い、歩行練習がてらに村の中を散策していたところにこの騒動に気が付き近づいてきたのだろう。

 彼女も名が無かったため、ルミアさんの許可を得てから彼女に名付けを行ったが、アルカ、アルノ、モモ。何れも現実世界の色の名前なのは安直すぎたかもしれない……。

 三者ともに気に入ってくれているのが唯一の救い――だけ、ど……。


 救い、そうか――。


「……モモ、あそこに居るのが、アルフィーナだ。彼女に何か伝えたい事があったんじゃなかったか?」


 言いつつ、輪の中心で一人頽れていたアルフィーナを指さすと、モモは一度コクンと小さく頷くと、僕の服から手を離し、また両の手でバランスを取りつつも、一歩、また一歩と金属の義足が音をたて、歩を進めた。 

 その様を見たディーネがモモに近寄ろうとしたが、彼女に助けられたのでは意味がなくなるため、顔を振り一人で行かせるように促すと、それを察してかアルフィーナの後ろへと下がった。

 カシュン、カシュンと小さく空気が抜ける音を携えた足音に、アルフィーナが顔をあげ、モモと目が合うと、今にも倒れそうになりながらも近づいてくる様子に驚いた瞬間、モモがバランスを保てなくなり、前のめりに身体が傾いていく。

 誰しも息を飲んだし、集まった者達から、小さな悲鳴が聞こえたが、それをかき消すほどの風が吹いた頃には、モモはアルフィーナの腕の中に居た。

 当然、モモが移動したはずもなく、ただただアルフィーナが間を詰め、モモが転ぶ前に抱きかかえただけだ。

 本人はいつもの仏頂面のつもりなのだろうが、実際は泣きはらした顔に、自らが行った事なのに戸惑いを隠せない様子だった。


「……ミコト、お前いま動くつもりが無かっただろう!ディーネお前もだ!」

「助かるって解ってるのに、動くつもりはなかったよ。ディーネもそうなんじゃないかな?」

「はい。アルフィーナ様ならモモちゃんが体勢を維持できなくなっても、間に合うだろうな、とは思っていました」


 僕ら二人の返答が気に食わなかったのが目に見えてわかるほど、彼女の怒気が膨れ上がったのが解ったが、腕の中に居る小さな少女が怯えた様子が解ると、慌ててそれが霧散する。

 やり難いのがわかったのか、モモを地に立たせ、僕へと歩み寄ろうとしたが、モモに服の裾をしっかりと握られ、身動きが出来なくなっていた。

 その様子が面白くはあったが、アルフィーナへ伝えたい事もあった。


「アルフィーナ……。僕も最近知ったんだけどさ……幸を願うだけってのは実際のところ、ただの「無関心」と変わらないんだよ。願ったところで相手に伝わらないし、神様とかいうふざけた存在が聞き届けなければ意味がない。そんな事よりも、たった今キミがやったように、手を差し伸べられる事の方が大切なんじゃないかな?」


 アルフィーナが離れる事を悟ったのか、モモはアルフィーナの服の裾から手を離すと、彼女の腰にそのまま抱きついた。


「君が今さっきモモに手を差し伸べられたように、これから手を差し伸べ、支えられるようになればいい。幸を願い無関心を通すより、無意識からでも理由なんて無くても差し伸べられる手の方が、ずっと意味がある事だってあるよ。きっと。それに……、まぁ。長々と僕が言うよりさ、たった一言でけりがつくんだよ?……モモ、アルフィーナに何か言いたい事があったんじゃなかった?」


 ただ困惑していたアルフィーナが、腰に抱き着いているモモに目を向けると、モモはただ笑みを携え、目じりからほんの少し涙を流した。 


「ん。あのね、あるふぃーな。ありがとう、たすけてくれて。ごはんをくれて、ねるところをくれて、みくぉとのところにつれてきてくれて、ありがとう。あるふぃーな、いいにおいがする。すき」


 結局、この一言のあと、村の大通りのど真ん中で、二人が大声で泣き始めた。

 どっちが先とは言わないが、少なくとも僕には普段泣きそうにない方の、めっぽう強くて、泣き顔で周囲から頭一つぬけた美貌が台無しになっている方じゃないかな、とは思った。

 ただただ近くにいた少女は、自分が泣かせたのかと思い戸惑い泣き始めただけだ。 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 眼前には、知らない天井が広がっていた。

 身を包んでいる寝具は、いつも使っていた野営用のそれよりも私を深く包んでくれる。

 衣類も決して高級な品ではないが、寝る分には十分な品。肌触りも悪くない。

 

「…すぅ」


 少し顔を傾けると、同じ細長い枕には薄桃色の髪を携えた少女が横になっており、泣きはらした顔で寝息を立てている。

 モモという名を、ミコトからもらったらしく、何故か私に懐いてしまい、「なんでも頼れ」と言ってくれた、先の店主。ファッゾに、部屋を借りた。

 さすがにこの細く、少しでも力を入れれば折れてしまいそうな身体で私と同じような生活をさせれば、すぐに身体を悪くすると思っての事だ。

 誤算だったのは、寝かしつければ開放するだろうと思ったが、何故か寝ながらにして服を離さなかった。離そうとするとぐずりだし、やむを得ず、同じ寝具に横になった。

 こんな事になっているのに、諸悪の根源でもある二人は知恵を貸すどころか、面白がってファッゾに私とモモを預け、そそくさと帰っていった。

 今度会ったら一発殴っても許される気がする。


「白宝<アリア>、教えてほしい事がある」


 声に出す必要はないのだが、最早癖だ。

 隣を見るが、モモは起きる気配もなく、ただ寝息をたてている。


<――、何ですか?アルフィーナ>

「……お前は何で私を選んだんだ?……ミコトであれば姿も見えるはずだし、意思疎通も容易かっただろう」


 ここ数日、私を悩ませていた、もう一つの疑問だ。

 誰の目から見ても、私などよりも、世界に愛されているアイツがこの加護<リウィア>を得るべきだ。

 それなのに、この捻くれ者は私を選んだ。 


<そうですね。私が捻くれているかは置いておいて、彼の御方であれば、例え暴走時であれ簡単に言の葉を交わせます>

「それほどの者が居ながら、何故私を選んだのか教えてほしい」


 少しの間があり、いつもの淡々とした返事が脳内で小さく響く。


<簡単ですよ。貴女の方が支えなくして立つこともままならない赤子であると解ったからです>

「――チッ」


 憤りを覚えたが、隣に居るモモがまた起きると思うと、行動に移せない自分がもどかしい。

 モモさえいなければ、すぐにでも指輪を外し、窓から放り投げるのだがな……。


 本当に「もどかしい」。

 

<フフ。素直な貴女に免じて、私も一つだけ素直に答えるとすれば、貴女は薄氷です。貴女は脆く弱く、そして儚い。少し力が加わるだけで簡単に割れ散る、そんな薄氷です。だからこそ、愛おしく思えたのです>


 いつもの口調ではあったものの、どこか情が乗っている、と感じてしまった。だからだろう。なおの事、私は相応しく等ない、と感じ、それを言葉にしようとする。


「……私は――、<――そして、貴女は薄氷であるからこそ、何よりも鋭く、細く、速い、そんな「剣」になれる。私が貴女に望む事があるとすれば……、彼の御方と、その庇護下にある者達の困難を薙ぎ払う一振りの「剣」となってほしい……>」


 返事はしなかった。何故か、白宝<アリア>もそれを望んでいるように思えなかったから。

 だから、私はきっと、今ここでした話を、「夢」としてしか、覚えていないだろう。



 …………。



 ……。



「……ん?」


 な、なにかこう、寝具が生暖かいっていうか、なんか湿りを帯びている……?


「起きろ、白宝<アリア>」

<……、今度はなんですか、アルフィーナ。眠れない子供の相手をするほど、私は――>


「御託は良い。寝具が濡れている。こ、これは……なんだ?」

<…………………。アルフィーナ、その左手でその「濡れている」箇所を撫ぜるのを止めてください。――、ちょ!貴女今、おもいっきり「私」を濡れている箇所にこすりましたね!?>


「気のせいだ。というか、これは、「アレ」なのか……?」

<なにが気のせいなもんですか!もう最悪ですよ!>


「ああ、もう!頭の中で大声を出すな!うるさくてかなわん!」


『うるっさいのはアンタだよ!一体何時だと思ってるんだい!』


 1階から聞こえてきた家主の怒声に、隣で寝ていたはずのモモが飛び起き、自らの「失態」に泣きだしたのは言うまでもない。というかさすが獣人。匂いだけでなく、その聴力も凄いんだな。

 そして、私は家主と、同じ寝具の中にいたモモと、白宝<アリア>の三者からの大声で、今日は穏やかに眠れそうにないのを覚悟した。



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