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承章:第三十九幕:白き加護は誰が為にVI

承章:第三十九幕:白き加護は誰が為にVI

 

 アルカさんから受け取ったバスケットを下げ、しっぽ亭を出て大通りを歩く。

 決して大きい店ではないが、途中にはいくつかの店も並び、商いに勤しむ者、同じようなカゴを下げ買い物をしている者。

 昼時を過ぎてまだあまり経っていないのに、大通りには多種の亜人が行き来しており、ふと以前ミルフィと共に買い物に来た青果店の前で足を止めた。

 特に何かを買い足そうとしたわけではないが、ただ視線が積まれていたリンゴの山に向いてしまい、自然と立ち止まってしまっただけ。


「おや、騎士様じゃないか。何かご入用かい?」


 見つめていたリンゴの山の影から見覚えのある黒い三角耳が見えたと思ったら、影からゆっくりと出てきた。

 直接見えていたわけではないが、リンゴの山の影に隠れるように小さいスツールに腰かけていたようで、歩きながら伸びをする。

 身長は僕よりも頭一つ分高く、そこからさらにミルフィと同じ尖がり耳を宿しているせいで、さらに身長が高く見える。髪は腰まであり、所々寝癖なのか跳ねているのが少し気になる。

 以前、ミルフィにも聞かされたが、尾の毛並みでその人の質が解る、という謎の獣人知識からつい尾に目がいくとこちらもミルフィ同様に狼に近しいそれだ。

 なんでもミルフィにとっては「理想の女性」らしいが、眠たそうに欠伸を一つして、めくれ上がっていたシャツからヘソが見え、その横をボリボリと掻いている様はまだ二十半ばだと言うのに、いささかおっさん臭い。


「ファッゾさん、シャツがめくれていますので、降ろして下さい……」

「なんだい、サービスしてるんだよ。それで、何か買っていくかい?」

「いや、今は大丈夫です。ちょっとしたおつかいを頼まれたので、持っていく途中だったんです」


 そう口にしつつ、持っていたバスケットを持ち上げると、ファッゾさんは微かに鼻を動かし、中身がわかったのか、小さく鼻を鳴らした。


「なるほどね。「外の」に食事を届ける、ってわけかい。ま、自ら野営を望んでおいて、体調不良でも起こされりゃ村全体があの子を拒絶したように見えなくもないからねぇ」

「何か……すみません」

「なんで騎士様が謝るのか私には解らないけど……そうだね、ちょうど良かったよ」

「ちょうど良い?」

「あぁ。これ、手間賃に一個やるから、あの娘っ子。アルフィーナだったかい?あの子、ココに連れてきな」


 ファッゾさんはめんどくさそうに隣に積まれていたリンゴの山から一つを取り腰布で軽く拭いてからバスケットに乗せてくる。

 そして返事を待たずして欠伸を一つすると、手を振りながら店の奥の棚から荷を下ろし中身を確認しては戻していく作業を始める。


「何してんだい。別に取って食おうってんじゃないんだ、ちょっと用事があるんだよ。だから必ず連れてきな」

「アルフィーナが何かご迷惑をかけましたかね……?」

「いや、何も迷惑なんてかけられてないさね。……と、言うか、何話しかけても無視をするような輩とどう関われってのさ。……あぁ、食事を食べてからでいいからね。私も準備しなくちゃいけないからね」

「準備、ですか?」

「良いから、ほら。早く行ってきな。良いかい?あの娘っ子が首を縦に振らなかったとしても、必ず連れてきな」


 先ほどまでのどこか眠たそうな目はどこへ行ったのか、一瞬にして活力みなぎる瞳になり、微かに怒気を孕んでいる、そう感じた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アルフィーナが野営を行っている場所は、アスール村の東門を出た先で、近くを清流が流れる森の開けた場所だった。

 小川の近くに立つ木に天幕の端を結び、流木でも拾ってきたのか、反対側と中央を支えるようにして立たせ、あとは中央からロープを通らせれば完成、といったかなり簡素で横からみたらちょうど「へ」の字型のテントだ。

 すぐ近くには火をおこした後もあり、夕食の残りだろうか、魚の骨だけが灰の中に混ざっていた。

 野営地についたらアルフィーナ本人を探さなくちゃいけないかな、と思っていたが簡単に見つける事が出来た。

 小川で己の手を水に浸し何度も洗っていた。時折水から出して、濡れた手のまま己の鼻の前に持って行き匂いを嗅いでいる。

 そして一瞬顔をしかめると、小さい舌打ちと共に再度手を洗い始める。

 普段から怒りっぽいためか、その行動が本人がいらついているためにやっている行動に見えるだろうが、違う。

 付き合いこそまだ短いが、その表情は「苛立っている」、「怒っている」と言うよりも「焦っている」ように見えた。

 

<……何度も止めるように声をかけたのですが……、聞き入れてもらえず……申し訳ございません……>


 そんな彼女をしばらく見つめていると、どこからともなく声が聞こえる。

 声の主は小川で手を洗っているアルフィーナの隣に静かに表れ、一度頭を下げてきた。

 双頬に紋<ウィスパ>を持ち、以前リュスの執務室で出会った女性。白宝<アリア>さんだ。

 彼女はアルフィーナへの代替わりを行った後、白宝<アリア>の暴走が終わると同時に僕だけじゃなくアルフィーナへも声、というよりは思念を飛ばせるようになり、アルフィーナへの随伴を希望したらしい。

 ただアルフィーナをはじめ、ディーネにもその姿は見えていないため、アリアさんが魔族<アンプラ>と酷く似ている容姿である事に気づいているのは僕だけだろう。


「……アルフィーナ」

「ッ?!い、いい加減にしろ!お前の気配遮断は心臓に悪い!もう少し生物らしい動作で近づいてくれ!」


 急に立ち上がり酷く狼狽しながらも、濡れた手を己の背に隠し、大声をあげる。


<私はもっと前に気づいてましたよ?>

「なら言ってくれても良いじゃないか!何で黙ってたんだ!」

<寝こみを襲う獣でもあるまいし……、ミコトさんが貴女に危害を加えるとは思えなかったもので>

「い、いや、そういう問題じゃなくてだな!」

<それに、言いたくはないのですが、例え獣に限らず暴漢に寝込みを襲われても貴女なら即対応できるのでは……?暴漢なら最悪「なんだ男か……」と素通りされる可能性すらありますよね?>


 アルフィーナにはアリアさんが見えていないからだろう、反応できないだろうが、アリアさんの眼はアルフィーナの身体の一部を凝視していた。主に「何もない」胴体というよりも胸部を。

 アリアさんの視線に気づいたわけではないのだろうが、アルフィーナ自身も己のどこが女らしくないのか把握しているのだろう。一瞬だけ己のつま先、否なんの膨らみもない胸部をみつめた。


「……鋳潰すぞ?お前」


 そして己の左手の小指にある白い指輪に眼力だけでそこに住まうアリアさんさえ殺めるんじゃ、と思う程のオーラを纏ってにらみつけるアルフィーナ。


<その場合は大変悲しい事ですが、ミコトさんの指に逃げるとして、貴女は自身の得物が無くなってしまいますが宜しいのですか?私は構いませんよ?そこらの店で凡剣でも買って振って頂いても>

「なッ!……くそっ!」

「ケンカはそのへんで。ほら食事持って来たよ」

「必要ない……。何度も同じ事を言わせるな」

「アルフィーナが良くても、君が不調にでもなれば、村に住まう皆に迷惑がかかる可能性だってある。何度も同じ事を言わせないでほしい」

<せっかくミコトさんが食事を持ってきてくれたのですから、食べれば良いじゃないですか。貴女、朝食すら摂っていないでしょう?>


 灰の中に混ざっていた残飯を見る限り、朝食すら取ってなかったのは僕も理解していたけど、それをあえて伝えると確実にアルフィーナが不機嫌になる気がするわけですよ。

 それに、あー……ほら、さっきから何処からか可愛らしい「きゅるるる」と小さく音が鳴っているわけで、音源は言うまでも無く顔を真っ赤にして俯くアルフィーナなのだが。


<おや?何処からか、奇怪な音がしますねミコトさん。近くに腹を空かせた猛獣が居るのかもしれませんよ?>

「この場合、猛獣じゃなく餌付けしようにも素直になってくれない子猫ってところかな……」

<なるほど……。アルフィーナ、良かったですね。飼い主が決まりそうですよ>


 返事は無く、己の指から指輪<アリア>を外し、地面に叩きつけた後何度も踏みつけ、白く輝く指輪が地面に埋もれ、アリアさんは重くため息をついた。

 このやりとりもここ数日何度も目にしてるせいか、このあとの流れが予想できる。アルフィーナの傍でため息をついたアリアさんは静かに消え、しばらくするとアルフィーナの指に指輪が戻ってくる。

 その時にはアルフィーナも怒りが収まっているのか、アリアさんが話しかけてこない限り、あえて関わろうとはしない。

 アリアさんはアルフィーナを逆なでするのが得意で、ケンカはするようだがアルフィーナもアリアさんを大切に思っている―――。


「今度ふざけた事をぬかしたら、本当に鋳潰す」


 ――と、思いたい……。


「ほら、早く食べよう。僕もまだ食べてないんだ。さすがにお腹が減った」

「……お前一人で食べれば良いだろう。私は必要ない」

「前みたいに匙で口の中に強制的に入れる事も出来るけど?そっちがご所望だったりするのかな?ディーネさん、呼んでこようか?」


 実は一度、アルフィーナがあまりにも拒否をしていたため、僕が精霊を用いて拘束。ディーネが匙で口元まで運ぶ、いわゆる「あ~ん♪」をしてあげた事がある。

 拘束され、なおも拒否を示していたが、顔や衣類が汚れ、その様を見たディーネが「こんなにこぼして、赤子みたいですよ?アルフィーナ様。……前掛けが必要ですか……?」の一言を放つ事で以後一滴も零さなくなったが、殺気は垂れ流しだった。

 

「……わかった。早くよこせ……」


 一人百面相を終えたアルフィーナが観念したのか、それともあの恥辱は二度とゴメンなのか、おそらく後者なのだろうがとりあえず食事をすすんで摂ってくれるのは助かる。

 話しながらも勝手に火を起こし、手ごろな腰かけやすい岩を見つけ腰を下ろすと、保温容器を受け取ったアルフィーナが火を挟んで反対側に腰かけ、食べ始める。

 普段粗野だから、ちょっと意外なのだが、食べ散らかすといった感じではなく、野営食なのにしっかりとマナーをわきまえているようだった。


「……」


「…………」


「………………」


「……………………」


 気まずい。

 せめて味の感想くらいほしいのだが……、いや僕が作ったわけじゃないけど……。

 

「……味はどう?」

「胃に入り、腹が膨れればそれでいい。味など気にしていたら旅なんかできん」

「少なくともまだ旅に出ている訳じゃないんだから……。せっかく届けたんだ。今度はアルフィーナの感想を、フィリッツさん達に届けさせてほしいかな」

「……頼んだわけでは無いのだが、な……。でも、そうだな――」


 匙を運ぶ手を止め、膝の上に乗せていた容器を少し見つめると、微かに笑みを作ると静かに口が動く。


「――暖かく、優しい味だな、と思う。嫌いではない」


 正直、アルフィーナの返事があまりにも意外で、しばらく見つめていると、いつもの険しい顔に戻ると、睨まれる。


「なんだ?何か変な事でも言ったか?」

「ああ、いや。なんて言うか、少し意外だったんだ。何かしらの嫌味が入るんじゃないかって思ってたから」

「私だって人の子だ。美味い飯に、温かい寝床、清潔な衣類を纏えばそれに相応しい言葉が出てくるさ」

「それらを受けられると伝えても、自ら望んで野営している君が言うと違和感しかない言葉だね」

「――それは……」


 続く言葉を待ったが、アルフィーナの口は堅く閉ざされ、匙と容器を支えていたおのれの手を見つめていた。

 そこには無数の皸が生じており、見るだけでも痛々しく、アリアさんが気に留め止めるように促していた原因でもある。

 何故アルフィーナがこのような行動に出たのか、気づくのが遅れてしまったが答えは「僕の行動」にあった。

 イダさんや、リア。ニナさん、アルカさんたち魔族<アンプラ>と親しく接し、彼女たちを助けるために行動に出ている。

 それが彼女にとって、己がしてきた事、魔族狩りを生業としていた彼女にとって理解しがたい物だったんだろう。

 さらにアプリールで投獄されていた際、ディーネが彼女に強く言った言葉――、「自らが狩っていた者達が「人」であると知った時、剣に鎧に着いた返り血を誇れたのか」と。

 彼女自身、薄々理解していた事なのだろう。だからこそ、ディーネに言われ揺らぎ、ここに来て共存している様を見せられ、己の汚れに気づいてしまった。

 最初はただ人より手を洗う回数が増えた、と思った程度だったが、やがて皸が生じ、自らの手から血の匂いすることでさらに焦るようになっていった。

 もちろん皸が生じる前から、彼女の手に血が付いていたわけでも、匂いを纏っていたわけでもない。それでも本人なりに意識しはじめてしまったんだろう。

 正直、少しいたたまれない……。


「話が変わるんだけど、これ食べた後すこし付き合ってもらって良いかな?」

「特に用事があるわけでもない。何をするんだ?」

「用事、というか用があるのは僕じゃないんだけどね。中の……村で青果店をやってるファッゾさんっていう人がアルフィーナに用があるらしいんだ」

「……何か迷惑をかけただろうか?」

「そんな風には見えなかったんだけどな……。ただアルフィーナに用事がある、としか言わなかったから……」

「理由が解らんが、用があるというなら応じよう。すぐに向かうか?」

「ああいや、ファッゾさんも急ぎじゃなくてもいいって言ってくれたから。これを食べてから行こう」


 返事は無く、一度だけ頷くアルフィーナ。

 そして、これ以上の会話も無く、ただお互いに匙を動かして静かに食事を終えた。

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