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承章:第三十七幕:白き加護は誰が為にIV

承章:第三十七幕:白き加護は誰が為にIV



 ミルフィに焼かれそうになったのを、無事なだめることに成功した。

 しばらくしてアルフィーナを叱り付けた後のディーネが入室してくると、一瞬ミルフィを撫ぜていた手に目線が行ってから、自身の現状についての説明を受ける。

 

「アルフィーナ様から聞き及んでいるでしょうが、今しばらくは魔力操作の禁止と、安静にしていて下さい。動けば治りを悪くする恐れすらあります。それと、数日は急激な睡魔に襲われると思いますが、決して無理はしないでください」


 まるで自身が経験した事あるかのような助言と、ミルフィを撫ぜていた手に、身体に限界が来て再びベッドに倒れたのは同時で、助言の通り抗いがたい睡魔に襲われた。

 心配そうに見つめるミルフィに何か言葉をかけようとして、上手く口すら動かず、やがて意識を手放してしまった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「だ、大丈夫なのでしょうか……?」


 頭を撫ぜてくれていた兄さんは張り詰めていた糸が切れた人形のようにベッドに倒れ、早くも整った寝息が聞こえる。

 寝顔だけは年相応な物で、見ているだけで頬が緩みそうになってしまいます。

 

「今は休息が一番の薬だと思います。ミルフィール様、もうミコト様は大丈夫なので、そろそろお休みください。ニナ様より伺ってますよ?我々がここに来てから一睡もしていない、と」


 事実です。

 五日前にこのお三方に加え、四名の魔族<アンプラ>が村に着いたとき、兄さんは外傷など無いのに、今にも事切れそうな儚さを纏っていました。

 呼吸は弱く、少なく。鼻に付く匂いさえどこか死期を纏っているような、そんな兄を見て、平静など保てるはずが無かったのです。

 兄さんを運んできた二人は交代で休息を取っていたらしいですが、私は床についても兄の事が気になりどうしても目がさえてしまう。

 獣人種はある程度の睡眠耐性を有しているとは言え、正直限界が近いのも事実なのですが。


「……でも」

「『でも』ではありません。元気になったミコト様に、次は無理をしていた貴女の看病を押し付けるおつもりですか?」


 反論できません。

 なんでしょうこの小姑感。兄さんはアレですね。女難の相があるような気がします。

 廊下でなおも正座をしている銀髪の女性、アルフィーナさんと仰いましたが、彼女も美人でした。

 なんか今「くっ……!これはッ……!なかなかキツイ!ま、待て!おい!突付くな、ビルクァス!!ヤ、ヤメ!アアアアアー!」とか聞こえますが、まだアッチには「勝ってる」気がします。えぇ。


「あ、さてはミルフィール様……。愛しいお兄ちゃんと一緒じゃないと眠れない、とかそういう攻め方ですか?」


 なんでしょう。顔が見えない分、苛立ちも倍な気がします。何故か鼻につく匂いが乳臭いからでしょうか?それとも、どんな顔で言ってるのか解らないからでしょうか?

 しかし、良いでしょう。その勝負乗りますよ?えぇ、兄妹なのですから?寝所を共にした所で、ギ、ギリギリでセーフなはずです!

 

「そうですね、では失礼して」

「なっ?!」


 言うが早し、私はなおも整った寝息を続ける兄さんのベッドに潜り込み、腕に抱きつきました。

 詰めれば三人入れるであろうベッドの反対側を、長く太い尾で覆い、反対側もガードします。

 これでディーネさんの入るスペースは無いです!

 ちらりとディーネさんを見ると両手をワキワキさせたまま、私達を見下ろしていました。


 勝った!と、もう一人の内なる私が万歳をあげています。

 

 ですが反面身体の方はなんと申しましょうか。

 決して不快な匂いではないのです。文字通り目の鼻の先に居る兄さんの匂いが鼻腔を直撃して、何か別の意味で「寝付けそう」にないのです。

 なにやらとっても「幸せ」なのはわかるのです。男性特有とでも申しましょうか、むしろ五日も寝たきりだったので、確かに汗の匂いは感じます。

 ですが、それ以上に何かこう、ずっと嗅ぎ続けているとダメになる何かを感じ取ってしまい、早々に私の「身体」が白旗を掲げて、入った時同様に音も無くベッドから抜け出します。

 何故かとても負けた気分になり、小姑さんから顔をそらしそそくさと退室しました。


 その後、ボソっと「たったの二十秒ですか……。まだまだですね」と勝ち誇ったような声が私の耳に届いたのはきっと気のせいだろう。


 廊下では『剣聖』、『剣姫』、『銀の風』など様々な二つ名で知られる魔族、魔物<ディアブロ>にとっての最大最強の矛たる美女がビルクァスさんに足を突付かれ悶絶していたのも、きっと気のせいだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「何をしている……」


 眠気も収まり、少しずつ開いた眼のまえが何故か真っ暗だった。

 部屋全体が暗いという意味ではなく、寝ている間に体動があったのか、ベッドの上で身体が左を向いていた。

 その眼前、鼻同士がぶつかりそうな距離に、黒い布と、それにかかる明るい灰黄色の髪。

 瞳が開いているのかさえ分からなかったが、確実に「起きている」と直感が告げていた。


「あ、いえ、なんと申しましょうか。本能が叫んでおりましたので、つい。『今を逃すな』と」


 眼前の変態の言い分はまるでどこぞの東に進んでいくような熟の講師が放ったソレと似ていた。


「身体の方は問題ありませんか?……その痛みも私が引き受けられれば良かったのですが」


 声と共に微かに揺れるヴェールが頬や鼻先に触れこそばゆく感じ、身体をゆっくりと起こす。

 正直、身体を動かせば痛みが生じ、とても「問題ない状態」ではなかったけど、極力それを解らせないように顔には出さないようにした。

 

「問題ない。……それよりも――「解っています。……ミコト様の実行した事は成功し、避難の時や突然の事に驚き、軽傷を負った者は少なくありませんが、死者は居ません。それとリュス様より、お言葉を預かっています。『精霊騎士の名に恥じぬ働き、都市を守る者の代表として感謝を』と」


 あのリュスに感謝を言われる日がこようとは思いもしなかったな。そしてそれを多少なり嬉しく感じる自分にも、だ。


「それからしばらくはアスール村で療養していてほしい、とも。都市の復興と合わせてとなりましょうが、一人の「人」を住人全員で称えたい、と」

「それは……、絶対に出ないといけないのか?」

「いえ、もちろん強制などではありません。それに代役を立てるのもありでしょう」


 あまり目立つのは好きじゃないし、そういうのはアルフィーナに任せたい。もし絶対に出ないといけないのであれば、代役としてアルフィーナを指名すべきかな。

 

 ――、いや。違う。こういう時だからこそ、僕が前に出るべきだ。

 リュスが、街を救った人物を住人全てで称えたい、というのであれば、僕が前に出るべきだ。


 両頬に紋<ウィスパ>を宿した、自分達が見下してきた種と同じ者が自らの命を救ったのだと解らせるために。

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