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承章:第三十五幕:白き加護は誰が為にII

承章:第三十五幕:白き加護は誰が為にII


 店内で醜い肉塊が歓喜の声を上げて居たところに、馬車が到着した。

 荷を積む所にはアーチ状の帆布があるもので、風雨から品々を護るための物が、今から私が運ぶべき「モノ」を隠してくれる。

 その点に関してはなおも店の中で小躍りしている肉に感謝すべきなのだろう。


「お前達の中で、誰か馬を……」


 言いつつ、自らの手で買った者達を見て、一人は四肢があるものの、その腕に幼い下肢のない者を抱え、残りの二人は利き腕が無い以上、手綱を任せるには少々不安が残る。

 確かに馬車を頼んだまではいいが、御者までは頼んでいない。馬車を届けた者も、そそくさと店の中に消える。

 

「……まぁ、まずは乗れ。飯を食ってから着替えて、あとは大人しくしていてくれ」


 奴隷として特に何か仕事をしたわけでもないのに、いきなり食事を摂って良い、と言った私の言葉に我が耳を疑ったのか、一人の魔族<アンプラ>が反応する。

 言うまでも無く、言葉が通じる子供の魔族を抱える、魔族だ。


「食事、を、食べても良いのですか?」

「折角助かった命だ。餓死などという詰まらん理由で死なれたくは無いし、死にたくないのだろう?だから、食え」


 コクンと頷いてから、隻腕の二人を連れ、馬車に乗り込んでいく。

 言葉の通じる……白いの、は馬車の中で置いてあった箱から食料を取り出し配っていく。

 配りながらも腕には幼いのを抱きかかえ、何度もずり落ちそうになるなかで、器用に持ち直している。

 「置けばいいのに」などと思いはしたが、時折振り返り私の存在を確認しているあたり、その腕から離れれば食い扶持を減らすためにも襲いかかるとでも思われているのだろう。

 感謝はしている、が、信じては居ない。そんな所だろう。


「……んッ」

「貸せ。細かくしてやる」


 大きめの干し肉がそこそこ入っているため、白いのが必死に引き裂こうとしていたが、力の無い細腕と、端を口にくわえて裂こうとしている。

 その手から干し肉を奪い取り、ポーチからナイフを取り出し削いでいく。

 細かくしたものを白いのに返すと、眼で感謝を伝えるかのように小さく瞬いた。

 

「あまり多く食べるなよ。胃が弱っているんだ。吐くと痙攣が治まらんかもしれん」


 その辺は知っているのだろう。あまり反応を見せなかったが、配っている量から察するに理解しているようだった。

 さらに白いのが自らの口に細かくした干し肉を居れ、数度咀嚼した後、口から戻して抱いている魔族に与えている。

 かすかに開いた口に細かくした肉を押し込み、飲み込むまで見守っていた。

 残された二人は自らの前に置かれた食料に気付きはしているものの、それを食べようとはせず、腰を下ろしてからというもの、なんの動作も取っていない。

 

「イェアラ?……ディ・アンネア・テシウム」


 その二人を気遣ってか、白いのが語りかけるが、反応を見せようとはせず、なおも放心しきっていた。

 それにしても、「食べよう?……たぶん毒なんてないよ」か。ゴミ溜めから救いだされ、誰も……いや、人を信じられなくなってるような環境に居たんだ。無理も無い。

 私は馬車に乗り込み、隻腕の……左腕の無い青いヤツの前に置かれた自らが裂いた干し肉をつまみ上げ、自らの口に放り込む。

 塩気と肉の味以外、特に感じないが、まぁ保存食としては上等の部類なのだろう。不味くは無い、「と思われる」。

 自ら毒は無い事をアピールしたのに、左腕の無い青いヤツは一向に食事に手をつけようとしない。


「……彼女、達は、騎士でした。護っていた、魔族居なくなって、暴れて、利き腕を……落とされて」


 あぁ。なるほど。それでか。

 こういう手合いは稀に居る。アイツがそうであったように、私もそうであったように。

 いくつもの戦闘を経験した身から言えば、「あぁ、またか」って感じだ。恋人や家族、友人や恩師。大切な人を失った人間が至る淵。

 そんな時、簡単に立て直す方法はいくつかある、あるが、それをアイツには実行できなかった手前、コレでいいのか、と疑問が残るが……。

 まぁ、悪い方に転がっても……私はさして「痛まない」んだろうな。


 自らの結論に、おかしくなり、少しだけ頬が緩んで、眼前の青いヤツの粗末な衣服を掴んで立たせる。

 そして自らの握りこぶしで、「優しく腹を撫ぜてやる」。うん、腹筋もしっかり鍛えているな。

 崩れ落ち、吐くものが無い為か、胃液を少々吐き出したが、眼に見えて変わった点がある。


 瞳だ。どこか濁ってさえ見えた瞳が、今は火を灯している。

 その瞳のまま、私を睨みつけている。

 白いのは驚き、もう一人の青いのは相方と言えるのが倒れ伏したのを期に、かすかに瞳に火が宿り、襲い掛かってくる。

 本来であれば、奴隷が主を攻撃した場合、全身が強張り、痛みが走って動けなくなる、と聞くが、私自身が「主だと思っていない」以上、効果は出ないらしい。

 残された左腕を振るうもう一人の青いのを軽くいなし、同じように「腹を撫ぜて」やると、二人が倒れ伏す。

 瞳にはなおも爛々と火が灯り、鋭く睨んでくる二人に私は干し肉を放り投げる。 


「イア<食え>」


 知恵として知っていも、いざ使うとなると違和感しかないな……。


「ルウェラ・ヴィル・アリフィアル。クィトシュ?……ドウィラ・モース・イア・ティングレス<お前らが弱いからだ。悔しいか?……だったら、飯を食って強くなれ>」


 ただ弱いから、護りたい相手を護れない。

 ただ弱いから、人間にさえ勝てない。

 ただ弱いから、馬車に倒れ伏している。


 その全てが伝わったとは思えないが、よろよろと起き上がり、なおも睨んではくるが少しずつ食料を胃に流し込んでいく様を視ると、どこか……安心できた。

 白いのに謝罪すべきなのだろうな。危害を加えないと言った手前、いくら「撫ぜた」だけとはいえ、明らかに加害したわけだから。


「すまん。約束を違えてしまったな」

「いいえ。……ありがとう」


 目端にかすかに涙をためて、白いのに感謝を伝えられ、改めて「アイツに言ってやれ」と言い掛け、言葉を飲み込む。

 きっとまた意味が解らず首をかしげるだけだろうから。


「おや。……アルフィーナ様と同じ事を考えていたわけですね」


 いつから視ていたのかわからなかったが、どこか嬉しそうな声で話しかけてきたのはディーネだった。

 都市内とはいえ、ある程度警戒していたにも関わらず、簡単に接近を許してしまい、多少なり驚くが、ディーネの側にアイツが居ない事に安堵してしまう。


「魔族<アンプラ>とはいえ、同じ人である者が行った所業をアイツに見せるのは……その、なんだ……」

「お嫌なのでしょう?……解りますよ。あの方は優しすぎますので、きっとお心を痛めるはずです……。それにしても……」


 馬車から降り、ディーネに向かい合うと彼女は馬車に乗っている四人を順に見ていき、一度うなずく。


「……「人」の業は深いですね……。何度も眼にしているので、慣れ……いや、麻痺にも近いものがありますが、正直理解したくありません」

「……すまん」

「いえ、アルフィーナ様が謝られる事では無いと思います。……それで、この四人をどうするおつもりなのですか?」

「とりあえず、アスール村に送ろうと思っている。あそこなら、大丈夫なのではないか?」


 記憶に新しい、村のすぐ近くで出会った火を纏う魔族を思い出す。爛々と双頬に紋が輝き、熟練の魔術師としても遜色の無い技量。

 あの者が意識を失った後、介抱したのは村の者だった。であれば、あの村には少なからず魔族への敵愾心を抱く者が少ないように思う。


「なるほど。……しかし、見た限り馬を扱える者が居ないのでは?」

「すまん。四人を運ぶ為の足は確保したが、そこまで考えが至らなくてな。……とりあえずココまで乗ってきた御者を捕まえるか」


 そう言い、店に入っていった御者を捕まえようとして、店に戻ろうとすると、肩をつかまれる。

 振り向いた先には当然、ディーネが居たが、相変わらず表情は伺えなかった。


「アルフィーナ様がお送りすれば問題ないと思われます。御者にしてみても、いつ背後から襲われるのかわかったものじゃないのに引き受けてくれませんよ。きっと」

「いや、まて。何で私なら襲われないと思うんだ?」

「ああいや、アルフィーナ様の場合、襲われても「大丈夫」でしょう?」


 まぁ、否定はしない、むしろ正しい答えだとは思うが、釈然としない。


「……わかった。しかし良いのか?その……、お前達に「全て託した」形になってしまうが……」


 言うまでも無く白宝<アリア>の暴走の件だ。

 今でこそ落ち着いて話もしているが、ディーネがココに足を運んだ以上、何かしらの進展があったと見るべきだろう。

 二人がどんな答えを見出したのか、知りたいと思う気持ちはある。

 ある、がたった今、ディーネから遠まわしに「ココに居なくても良い」と言われると、少しだけ心がざわつく。

 それに私自身がアイツを突き放した以上、アイツにとっても私は必要の無い存在なのだろう。


「そのような顔をされないでください。ただ単に「アルフィーナ様ならこの四人の命を護る事も出来る」そう考えただけですよ。アルフィーナ様にも手伝っていただけるのなら、ソレに越した事はありませんが、正直今回の一件では「私達」が動かずとも、ミコト様なら……都市に住まう全ての命を護りきりますよ」


 そう語るディーネが、どこか悲しげに見えたのは何故なのか、後になって理解して、ミコトという「人」が他者のために何処までも自らを犠牲に出来る人なのだと、考えを改めた。

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