承章:第三十四幕:白き加護は誰が為に
承章:第三十四幕:白き加護は誰が為に
行きの時点ではここまで事態が緊迫しているとは正直思って居なかった。
暴走の可能性は皆に説明していた通り、さして驚きもしなかった。それでも都市から全員が安全に逃げられるだけの時間はあると思って居た。
それなのにいざ白宝<アリア>を前にすれば、そこには仇敵が居り、暴走に関与していた可能性さえある。
いや、確実になんらかの行いをもって、暴走へと至らせている。
これが事実なら、すぐにでも銀旋を全都市に派遣すべきなのだろうが、恐らくは難しい。
銀旋は本来、王都イリンナの防衛戦力であり、事が起きた時に限り各地に行き対処する。
それに、宝珠の前に居るのがヴェザリアのような上位の魔族<アンプラ>であれば、殲滅は難しい。
「アルフィーナ様?何か気になる事でも?」
隣を走るリュスからの問いに、「今」考えるべき事を切り替える。
「いや、すまない。少し考え事をしていた……」
言いつつ、自分達が走ってきた道を振り返るが、そこには誰も居らず、ソレが解って居たとはいえ少しだけ淋しく感じた。
同時にその決断を下した二人がどこか羨ましく、誇りにさえ感じる。
「良かったのですか?あの二人を……いえ、ミコト君の前であのような発言を……。貴女はどちらかと言えば、ミコト君と同じ考えの持ち主だと思って居たのですが……。無論――」
『魔族<アンプラ>への対応は除外しますが……』と消え入りそうな声で紡がれる言葉を、私の耳は逃さなかった。
そう思われていてもしかたない。いや、ソレこそが私を占める大半だ。
「あのような言い方では、誤解が生じるのではないですか?」
「……アレで良い。ミコトが何かしらの答えを得ているのであれば、私の対応はソレを実行するための原動力にもなるだろう」
「しかし、それでは――」
「リュス。お前はミゥと合流の後、騎士団をまとめたら主だった者達の避難を行え」
リュスの言葉をそれ以上聴きたくなくて、話を強引に別の事へつなげ、話を終わらせる。
続けられる言葉はきっと私の決意に揺らぎをもたらし、動きを鈍らせる。
それがリュスにもわかってか、諦めたかのように短いため息を吐かれ、頷き返した。
「その後の対応は如何に?」
「そのまま付き添え……と、言いたい所ではあるが、お前「も」ミコトに毒された側だろう。好きに動くと良い」
予め準備していた答えを口すると、リュスの表情は眼に見えて明るくなり、彼が嫌々約定に従っているわけではない事を理解できる。
亜人種嫌いの騎士がここまで様変わりするのだ。さすがは神判の約定<ジェシア・オルグ>と言った所だ。
話しつつも移動速度は衰えず、アリアーゼ城のホールへと出て、そのまま外へ。
見上げた空はアプリールに訪れてからというもの何度も見た曇り空なのに、旅先で見る曇り空のようにどこか不安と恐怖を抱く色だった。
そして目線を下ろし、南区都市外周部に位置する小さな建物を見つめる。
その建物は周りの建物と比べ、質素でそれでいて、一つの大きな旗を掲げていた。
黒地に赤い左右対称の爪傷痕のような模様を持つ旗。
「……「アレ」は私が受け持つ。――ミコトに視られるわけにはいかないからな……」
私の目を追い、リュスが理解を示した頃には、私は灰色の空の下へと歩みを進めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
銀髪が冷たさを抱く風に乗り、宙を舞ったと思った頃には剣聖と謳われる騎士が外へと飛び出す。
その姿がまるで目標を射落とす銀の矢のようで、しばし見蕩れてしまい、己の役目を忘れてしまう。
しばらくして自慢の眼でも彼女を捉えきれなくなってはじめて己の足を動かす。
微笑を携え、己の変化を含め、彼の剣聖にも変化の兆しがあるのが嬉しく感じ、彼の優しい騎士へと想いを馳せる。
「お前「も」、と来ましたか……。アルフィーナ様自身気付いているのでしょうかね……」
いや、気付いていなければおかしい。
彼女が自らの敵と形容すべき者達を売買する事で生計を立てている商人の下へ、飛翔したのだから。
例えそれが本人の意思とは反していても。少なくともそこには彼の騎士を想う一人の女性が居るのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リュスと分かれた後、自ら受け持つと言っておきながら、今から自分が行わなければいけない行動を想うと、少し……いやかなり気が乗らない。
かといって、彼らを見逃してしまえば、アイツが何処かに行ってしまう。そんな気がする。
私の中で魔族<アンプラ>の命など、そこらに生えている雑草以下の価値しかない。
村を焼き、家族を殺され、何も誰も残してくれなかった。
例えそれが『一部』の魔族の取った行動だったとしても、『全て』を怨む事に何の躊躇さえなかった。
じゃあ何故今になって、リュスには都市を維持していくうえで、重要となる人物の避難を優先するよう命じ、私はこの奴隷小屋に足を運んだのか。
そこいらの草木の方が助ける価値があると感じているのにも関わらず。
――解ってる。
解りたくないのに、解ってる。誰が教えてくれた、などと自らに問うまでもない。
たった一人の魔族の喪失であそこまで我を忘れ、自らを削ぎ落とせる「人」を知ってしまったから。
自らの見出した答えに自然と頬が緩み、たどり着いた黒い旗を掲げるどこか寂れている木造小屋の扉を手にかけ、中に入る。
微かにさっきまでとは違う空気が鼻腔を抜け、折角緩んだ頬が直り、いつもの顔に戻ったのを感じる。
中には備え付けのカウンターがあり、その横には更に奥へといけるようになっており、そこから感じる魔素から確実に居る事がわかる。
「だれか居ないか?」
後ろ手に扉を閉め、カウンターに近寄りつつ声をあげると、やがて奥の広間から一人の太った男……いや、肉袋が現れる。
私を視界に納めるまでは、どこか不機嫌そうだった顔も、私の頭からつま先まで視線が数度往復した頃にはニヤニヤと下種の笑みを携える。
「これはこれは、雪の精と見間違えました。ヒヒ。ようこそ、ルディエ奴隷商会へ。どういった品をお望みですか?」
「年は除外して、魔族<アンプラ>の奴隷は全部で何人いる」
「品」と問われた事に、「何人」と返事をしたのがおかしかったのか笑みの形が微かに変わる肉袋。
「そうですな……先日、リュス様に五匹お渡しして、残りは雌のみとなりますが四匹ですな。うち三匹は「欠けて」おりますが」
「……その三「人」は歩けるか?」
「二匹は歩けます。何れも利き腕の欠損のみとなっております。しかしもう一匹は……」
欠けて、と言われ、何故と返事を返さない程度には興味が少ないのだろうな。私は。
それに歩けない者が一人だけなのは救いだ。さすがに四人全員が歩けないなどと言われれば、困る。
「言葉は通じるのか?」
「えぇ、えぇ。四匹のうち、どこも欠損していない者が言葉を理解しています。こやつに伝えれば、残りの三匹にも伝わりましょう」
最悪筆談であれば、魔族の言語を理解しているため意思疎通が出来るが、こちらの言葉を解す者が居るのなら話が早い。
「全て身請けを行う。いくらだ?」
「す、全てですか……?……大変申し上げにくいのですが、先に申し上げた歩けない者への食事は数日前より断っており、あとは死に逝くだけの――」
「全てだ。……それと、そうだな。四人分の食料と、衣類を三日分。粗野なものではなく、それなりの物を頼む。後は馬車だ」
「承りました。ヒヒ。少々お待ちを」
奴隷商にとって、売れない奴隷など、維持するだけ無駄。生殺与奪が商人にある以上、食事を断って死なせるのは当たり前の事だ。むしろすぐに殺処分としないだけ良い方なのだろう。
一度だけ、肉袋が無駄に贅肉の付いた胸元に手をやり、礼をした後奥へと消える。
その様子を見送ってから、肉袋の言動を思い出す。それらの言葉を耳にしても、肉袋の気持悪さから生じる嫌悪感以外に何も感じていない。
それが今までの「私」であれば普通の事で、これからも変わらない。
今まで何度も眼にしてきたし、その上で何も感じない程度に慣れている。
そう思っていた。
やがて奥から肉袋が帰ってくると、その後ろに続いていたのは二人の魔族<アンプラ>。エルフ族であるが故に正確な年齢は外見からは読み取れないが、まだ若い。人間年齢で言えば、二十歳は行っていない。
そして肉袋が行っていた通り、一人は左腕を、もう一人は右腕が無く、布切れとでもいうべき衣服を身に纏い、髪は群青色なのか、それともそれが汚れから生じているものなのかわからなかったが、頬の紋<ウィスパ>は青だった。
二人は片方ずつの腕が無い事を除けば瓜二つで、頬に浮かんでいた紋を見れば同じ形である事から双子なのが理解できる。
その二人の後ろから、二人よりはやや年上のように見える魔族が続く。
髪は白く、頬の紋も肌の白さと相まって、意識していなければ見落としそうな程薄い印象を持たせる。そしてその魔族が腕に抱いている、まだ少女とも言える程の年若い魔族は両足が無く、かなりやせ細っていたが、肩に掛かる薄桃色の髪に、頬の紋が、誰かと似ている印象を受けたが、答えが出なかった。
各々年齢や、姿が違っていた。
それは最早、別人なのだから当たり前なのだろうが、共通している部分が少なからずあった。
各々の瞳には光が宿っておらず、相対しても私を通り抜けその後ろの何かを見るような、何もかも絶望しきった瞳。
ただ一人だけ、彼女達のまとめ役にでもなっていたのだろう、白髪の魔族はまだほんの微かに生きる事を諦めていない、そう感じ取れる。
「……言葉は理解できるか?」
私の言葉がわかるのは連れて来られた魔族の中で一人、と聞かされてはいたものの、試さずにはおれず声にだす。
何れも欠けている三人には理解されていなかったのか、様子が変わらなかったが、白髪で幼い魔族を胸に抱きかかえている魔族だけは違った。
一瞬視線を交わし、すぐに反らし、微かに頷く。
「今からお前達の身請けを行う者だ。……安心……しろ、と言っても無理なのは解っているが、決してお前達に危害を加えるつもりはない。だから大人しく付いて来て欲しい」
どこまで理解できるか解らないが、白髪の魔族へそう告げると、彼女の口から小さく魔族語が語られ、青髪の二人は希薄ではあるものの返事をする。
腕に抱いた幼い魔族へは耳元へ囁くように言葉を紡ぐと、小さくやせ細った手が動き彼女の服、身に纏っていた布切れを掴んだ。
それがどこか母親の腕から離れたくないと訴えている赤子にも見え、罪悪感に似た何かが生じる。
「四匹のうち、一匹は言葉を解しており、私どもとしましては次の品が入ってきた時にルールを伝えるのに重宝しておるのですが……ヒヒ。さて、いかに値をつければ良いものか」
「馬車と食料。衣類の準備は出来ているのか?」
「えぇ。ヒヒ――。今、こちらに向かっております。直に来るかと」
「なら外で待たせてもらう。お前が言うように、こちらの言葉を解す魔族は珍しい。が、今回初めて身請けを行う身としては相場がわからん」
一秒でも早くこの豚と同じ空気を吸いたくないがために、値段の交渉などしたくない。
私は胸元から小銭(額の大小は知らない)を取り出し、結晶貨を四枚テーブルに投げ捨てる。
「足りなければ、雪狼の長リュスに言え。後は外で待たせてもらう」
「――え?」
四人に外へ出るように促し、四人が出てから自らも続き、ドアを閉めると同時に肉袋の歓喜の大声が木霊する。私の前をおっかなびっくり歩く三人の肩が大声に反応し微かに揺れると、振り返った瞳に怯えから生じるものでも光が宿る。
「安心しろ。お前達の身柄は私の物となった。先にも言った通り、危害は加えない。安心できる……かは解らんが、住める場所も提供できよう。だからしばらくは私の指示に従って欲しい」
私の言葉に年長の白髪魔族が疑いつつも、頷き、三人に聞かせる。
反応は違っても、何れも私に向け「信じられない」という顔を向けるが、たった一人、私の言葉を通訳している魔族だけはぎこちなくも微かに笑みを携え、
「……ありがとう」
と、小さく口にした。
「……感謝を伝えるべき相手が違う。何れお前の口からアイツに言ってやれ。……私は、お前達に幸を願える立場にいない」
意味が解らなかったのか、それとも「アイツ」が誰なのか解らなかったのか。当然後者だろうとは思いつつ、首をかしげる魔族から眼をそらし、出てきた店の壁に背を預け、馬車が到着するのを待った。
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