起章:第九幕:代償→拳の嵐
起章:第九幕:代償→拳の嵐
アスール村。人口100人ちょっとで、寂しい村だ、とフェリアさんから聞いていたが、想像していた物とはかけ離れた立派な物だった。
村と聞くと、ほのぼのとした田んぼに稲穂が実り、村の周囲に柵などはなく、家の中には掘りごたつがあって、藁ぶき屋根で、イノシシやタヌキが畑荒らしたりとか、川は澄み渡っていたりと、都心生まれ、都心育ちの人間としてはどこか憧れる。
そんなイメージが漠然とあり、再度眼前に広がる「自称・村」を「見つめる」。
高さ十五メートルくらいの壁に囲まれ、村の外からつながる場所は堅牢な門があり、槍を持ち鎧を纏った兵士(?)みたいな人が二人立ち、所々に家々の屋根から煙が立ち上る。中世ヨーロッパとまでは行かないが、少し歪なレンガの様な物で立ち並ぶ家々は、僕が想像していた「ファンタジー世界の村」にある家とは遥かにかけ離れていた。
村の中央に面した家々の一階はいずれも何らかの商店となっており、村の住人であろう人達が買い物を楽しんでいた。行き交う人々も多種多様で、エルフなのだろう耳が長い種族。ネコやウサギ、犬の様な耳や尾を有した人種。髭が長く、身長は低い、四肢は筋肉質といったどこからどう見てもドワーフみたいな種族も居た。
そして村の道は石畳となり、家々の間にある細い道は地肌のままだが、何度も人が通り踏み固めたのだろう、草などは生えていない。村の北部には畑や、牧草地帯が広がっており所々家畜が居るのも「見える」。
「いくら貴様が眼が良いとはいえ、この距離ではまだ見えないだろう?」
声をかけられ、視点を自分の眼に戻す。
「すみません、楽しみなもので……」
馬車に揺られ、隣で手綱を握っているフェリアさんはどこか、退屈そうにそう話しかけてくる。その顔にはいつもの紋は見えず、耳も丸みを帯びた人にしか見えない形になっている。
家を離れ、一時間くらい経っただろうか、目に映る風景はさっきから同じに見え、退屈になりこっそり目的地を覗き見ていた。
というのも、イダさんからグレインガルツの知識や魔法を教わり、フェリアさんからは体術や弓術を習っているうちに、僕はちょっとしたチート性能になっていった。
まず最初にイダさんをも驚愕させたのが、上位の精霊魔法の行使についてだった。精霊魔法は精霊の属性を理解し、その属性に合う適切な命令式を組み込む事でより強力なものが発動する。
だがここで一つ厄介な情報に邪魔される。イダさん曰く、この世界に生を受けた生き物(動植物問わず)は、その時近くに居た精霊の加護を得る事となり、得意な属性、不得手な属性という物が生じてしまっている。
それゆえ、生まれ持った得意な属性を特化しても、不得手な属性も極める形となってしまい、イダさんのような己の体内魔力を使った事象改変魔法にはとても相性が悪い。
そんな中、異世界に生を受けこの世界にやってきた僕である。精霊の加護を持っていない生き物が居ないため、前例は無いらしいのだが、イダさんの傍で生活していくうえでいくつかわかってきた事がある。
まず最初に特筆すべきは、「加護を有していないが故に、精霊を吸い寄せやすい体質」となっている事。文字通りで、何故か精霊を吸い寄せてしまい、しかも魔法を使うでもなく「水属性の精霊」と考えるだけで、近くに居る者から吸い寄せてしまう。
本来、精霊は空気と一緒で、どこにでもいるし、満ち満ちていると思われているらしいのだが、それは微精霊と呼ばれるもので、魔法の発動をできる程の魔力を有していない。
次に、「精霊の浄化と呼ばれる現象を任意に起こせる」。微精霊は本来長い年月をかけ、世界を揺蕩い、この期間に様々な物から魔力を吸収し、精霊へと浄化(成長)を果たすらしい。その「精霊の浄化」という現象を、任意にかつ瞬間的に行う事ができる。己の魔力を周囲の微精霊へ分け与える事で、急成長を促せ、魔法が扱えるまでの魔力を宿らせる事が出来る。
最後に「精霊から魔力を得る事が出来る」。これは自分が「浄化」させた精霊も対象にでき、しかも等価交換など横に捨て置き、自分が「浄化」に消費した魔力を補う余るほどの魔力を補充することができる。
以上の三つの能力を開花した僕は、リアさんのスパルタ魔力強化に付き合う事もなくなり、最強チート生活を満喫する――――。
はずだった………。
何事にも落ちがついており、イダさん曰く「精霊魔法は失われてかなり経っていて、ミコト程精霊魔法を扱うにあたり適切な人物は今ままでに居なかった。結果、魔法そのものが無くなっている」つまりは、どういうことか。
精霊魔法そのものが過去の遺物となり、魔力針<ファントムダート>でさえ、イダさんが古代エルフ語で記された古い魔導書(とはいうが、傷んだ紙を紐でつづっただけの代物)を引っ張り出して、何冊もの解読書を用いてやっと一つ解読できた物を教えてくれた。
あとは追々学んでいこうと、弱々しく微笑むイダさんの眼の下には隈ができており、「もっと派手で、カッコいいのがホシイ!」という本音を飲み込み、感謝を伝えた。
しかし、いざこの精霊魔法を使い始めて、思った事は「雰囲気で使える」という事だった。今、フェリアさんに話しかけられるまで行使していたのは、己の視界を絶つ事で周囲の精霊の視界を借りるという物だった。
僕自身を背後から見つめた時は、驚いて身体を動かしてしまい、転んで視界が戻るというマヌケな結果に終わったが、以降なれるとこれがなかなか便利だった。
「最近、貴様目をつむっている時間が増えたな。……まさかとは思うが、良からぬ妄想でもしているのか……?」
あ、はい。するどいです。この能力を得てから、覗きとか考えましたが、実行には至っていませんよ?えぇ、至っていませんとも。いませんとも。えぇ。
「と、特には。ただ、瞑想といって、眼をつむって精神集中を図っているだけです」
「そんな事をしていたのか。貴様が目をつむっている時、ほんの微かに貴様の眼に魔力反応を感じていてな。なんらかの練習をしているんだと思っていたよ。お前は向上心があるからな」
フェリアさんがそう評価してくれるのは素直に嬉しい。というか、この人が僕を素直にほめるとか、若干怖い。
「……本当は狩人志望なので眼に魔力を素早く集める練習をしているんです」
「そうだったのか。…………ところで、イダの肩甲骨あたりに黒子が二個あるのを知ってるか?」
「え、黒子なんてない綺麗な肌だったとおもいますが……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、あの……。フェリアさんは何度か村に訪れているのでわかるのですが……」
「今日はち人(恥人)を連れてきたんです♪ホント、死ねばいいんですけどね♪」
あ、はい。フェリアさん今までに見たこと無いぐらいめっちゃ良い笑顔です。視界まともに確保できてませんが、雰囲気でわかります。視点を精霊に移すまでもないです。
「や……野盗にでも襲われましたか……?そこまで顔が腫れあがってると、身分証明が出来ないわけでして……。当村への来訪は……治療目当てですか……?」
「いえいえ、治療費勿体ないですよ♪その辺のドブで顔を洗えば少しはマシになるはずです♪大丈夫ですよぉ♪」
「……ふぇふぃあふぁんのううふぉおうぃ、ふぁいふぉおふふぇふ」(フェリアさんの言う通り、大丈夫です)
あ、口の中血の味がする……。
「(おい、これって新手の門を通過するための手段なんじゃないか……?)」
「(いや、さすがにそのためだけに、ココまではしないだろ……)」
「(これってやっぱりやったのフェリアさんなのかな……?)」
「(ほかに誰がやるんだよ……。やっぱり噂は本当なんだな……ちょっとショックだ……)」
門番さん(?)達お勤めごくろうさまです。
その噂がどんな噂かはわかりませんが、だいたいあってるとおもいますよ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なんとか顔パス(?)で入れた村に入り、井戸の水で顔を冷やして改めて周囲を確認する。
行き交う人々が口にしている言葉は時々、学んでいない言葉が出るも、まだ辛うじて効果が残っている「アリュテミランの涙」の効果でなんとか理解できている。
時折、僕の存在に気づき振り向く人が居るが、いずれも顔を見てびっくりしている。イケメン具合にびっくりしてもらえるのなら何よりうれしいが、理由は言うまでもない。
多少、防御しようともしたが、戦闘経験の差だろう、全てが無にされ顔にクリーンヒットし続け抵抗すらあきらめて、大人しくサンドバックになりました。
やっぱり、フェリアさんは筋肉ゴリラでした←結論。
「おい、ゴミ。貴様、この街に来る前に交わした約束は覚えているか?」
「……殴られて忘れました」
「わかった。ならもう一回、拳で思い出させてやろう」
「覚えてます、ゴリアさん」
「言ってみろ。一文字違うたびに、十発で許してやる。今二文字間違えたから、既に二十発な」
「…………1、問題事を起こさない」
異世界人故だろう、同時に言葉も完璧ではない。対処できない事に発展しないよう、大人しくしていろという意味なのだろう
ていうか、二十発も耐えられるだろうか……今の顔で……。
「……次」
「……2、イダの事は口外しない」
フェリアさんを見ていればわかるが、なぜか二人とも本当の姿をさらすのに抵抗があるようで、家のすぐ傍に出るだけでも幻術やフードを被り行動している。
「……最後だ」
「……3、イダは家族という事実を忘れない」
なぜそこにそこまでこだわるのか、と思わないわけではないが、「自分には家族がいる」と思うと自然と頬が緩み、口の端が上がる。
「よし、じゃあ二十発だな」
「……どうぞ……」
内心、嫌々だが仕方あるまい。僕が悪いわけだし?のぞいたなんていっても、ほんの一瞬で、自己嫌悪に陥り、イダさんの背中しかみてないし?
あ~でも、ハンモックから落ちて抱き留めた時も思ったけど、イダさん肩幅小さいし、軽かったし、なんかイケナイ気持ちになるんだよね……。胸ないし……。
あ、いえ、ドストライクですよ?
「……お前、反省してるのか……?それとも殴られるのが嬉しいのか……?なんか悦に入ってる顔で鼻血出てるぞ……?」
「嬉しいわけではありません、サー。どうぞお願いします」
両手を腰の後ろで繋ぎ、胸を張り、上官のしごきを待ち受ける。
「……ハァ……。冗談だ。まぁ、イダの裸を見たのは万死に値する。その程度で済んだ事はむしろ感謝しろ」
「サー、イエス、サー」
「その、お前の世界の軍隊の返事はやめてくれ、ムズムズする。……ハァ」
えぇ、しごきの才能ありますもん。フェリアさん。
ため息まじりに右手を差し出され、顔の腫れに触れられ微かに痛みが生じるが、徐々に治まり腫れも引いていった。
「私はあまりこの手の魔法が得意じゃない。あとでイダに診てもらえ。それじゃあ私は村長の所に行ってくる。……、くれぐれも問題を起こすなよ?もう一度言うが、集合は二時間後だ、忘れるな。――それと」
フェリアさんは自身の腰につていた、小さい革袋を取り、こっちに放り投げてくる。
「二千ガルド入っている。好きに使え。じゃあ遅れるなよ」
そう言い、馬車を進ませるフェリアさん。
馬車が見えなくなるまで、その場で見送り受け取った革袋の中を見ると、小さい傷薬の小瓶が入っていた。