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承章:第三十一幕:最初の歪XVII


承章:第三十一幕:最初の歪XVII


 ――人は弱い。

 

 かつて私の住んでいた村に魔物<ディアブロ>の大群を引き連れ、蹂躙していった魔族が残した言葉。

 

 家を、母を、父を、妹を、友達を。あの日のたった数分で全てを失った。

 私個人もその生を半ば諦めていたが、眼前の魔族が声高く笑う度に怒りを溜め込み、目からは流れていたはずの涙は枯れて、ただ睨みつけていた。

 その視線に気付いた魔族は私に振り返り、まるで蟻でも見つめるかのように私を見下して、言った。


「人は弱い。実に脆弱な生き物だ。まるで地を這う虫のようだ。そうは思わないか?」


 その言葉を当時の私は、言い返す事が出来なかった。

 言われた言葉は理解できたのに、その言葉に対し言い返せる物が何一つ無かった。

 現に村を守る為に立ち向かった村の若い人たちは成す術無く、魔物の波に飲まれ、誰一人として出てこなかった。

 

 私達を守る為に迫り来る魔物の群れに、どこにしまってあったのかわからない錆が浮いている剣を持って立ち向かう父も。

 「この子達だけは、どうか」と私達を強く抱きしめ、陽だまりの匂いがする母も。

 二人が無残にも殺されて、ただ泣く事しか出来なかった妹も。


 誰一人周りで声を発さない骸となっていて、その様が魔族の言う通りである事を示していた。

 

「……私が……………やる」


 淡い蒼の瞳が私を覗き込んだ。

 

「――今、なんと仰ったのですか?」


 笑みだった。純白のローブに身を包み、フードから覗き見えた顔は、笑みだった。

 両頬を吊り上げ、紋<ウィスパ>が歪み、瞳は閉ざされ弓形に。

 まるで子供が新しい玩具を貰えたかのように、心から嬉しそうな笑みを作っていた。


「私が、…………してやる、って言ったんだ……」


 確実に聞こえているはず。

 それなのに、魔族は聞こえていない、と伝えたいのか小さく顔を左右に振る。

 彼に付き従う魔物は嘲笑うかのように、卑しく笑みを作ってみせ、私達の周りに集まり始める。


「――私が、お前を殺してやるって言ったんだ!!」


 一瞬の静寂が生まれ、それが嘘のような怒号とも取れる爆笑が周囲を包む。

 輪になっていた魔物達は一斉に笑い出し、膝を叩く物まで居た。

 

 そんな中ただ一人、笑っていた者から笑みが消え、いつ手が伸びたのか私の服を掴み上げ、己の目の高さと同じにされた。

 フードの中の瞳に写る私は、泥にまみれ、母と妹の血を浴び、赤く染まっていたが、尚も睨みつけている瞳は周りの火に照らされ輝いてすら見えた。


「……銀女<シルヴィーナ>。ならばやってみせろ」


 その言葉が終わると同時に、周囲を囲っていた魔物の輪から放り投げられ、地面を転がった。

 身体を襲った痛みからではなく、家族を失った悲しみからでもなく。

 ただあの魔族が言った言葉に抗いたくて、地を這う虫などではない、と己の身体に力を入れる。

 ふら付きつつも立ち上がった私は、すぐ近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、己の得物とする。


 その仕草が余程滑稽だったのだろう。

 魔物たちの笑い声が大地をも割るのではないか、と心配しそうなほどの声が鳴り響き、張り詰めていた何かが途切れてしまって、暗転する。


 意識を取り戻した時には村に行商のため向かっていた商人の馬車に揺られていた。

 

 目が覚めた事で、商人から矢継ぎ早に何があったのか問われ、一つ一つ語っていくうちに、私の瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 今にも溢れ出さんとするそれを、絶対に溢すまいと、何度も拭って、絶対に頬を走らせまいとした。

 怒りに自らを鼓舞していた時は止まってくれていたのに、尚もあふれ出すソレが頬を走る時は、あの魔族を屠る時だ、と心に決め、止まるまでずっと空を見上げていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一つ。頭上に展開されていた魔法陣が砕け、降り注いでいた氷塊の数が減った。

 頭上に展開された多くの魔法はその殆どが「私にとって害となるもの」で霧散したが、四つほど残り、猛威を振るっていた。

 霧散した多くの魔法は「氷塊を生成。速度を持って攻撃」するためのものだったのだろう。そこに明確な害意がある以上、簡単に霧散した。

 残った四つはどこかに予め生成しておいた氷塊を、ただ「転移」させただけのもの。

 害成そうとしたのではなく、ただの足止めを期待しての効果となり、私の行動を阻害していても、降り注いできた氷塊が魔法由来のものでなく霧散できずに居た。


 二つ目。魔法陣の一つが消えて、視界が広がったが、未だなぜ消えたのか解らなかった。

 ヴェザリア自身が魔法に集中出来ない理由が出来たのだろうか、とも思案したがそれはありえない。

 あいつなら複数の戦闘をこなしつつ、魔法の維持など容易くやってのける。


 三つ目。微かにひらけた視界の隅に、何かが飛来して頭上の魔法陣を破砕したのが見えた。

 ソレが何なのか、速度が速すぎた上に、未だ完全とは言いがたい不明瞭な視界で捕らえるのには無理があった。

 ただ確実に「誰かが、助けてくれている」という明確な答えにいきつけ、なぜか心の中で安堵した。


 四つ目の魔法陣が破砕された頃には視界も開け、誰が何をしているのか明確だった。

 ヴェザリアは怒りに荒れ、己が維持していた魔法が砕けた事も理解できずに、ただ倒れ伏している「誰かさん」を目掛け、己の鬱憤を叩き込もうとしていた。

 

 助けようとした訳じゃない。そんな仲では無いと思っている。それでも空だの内から四肢へと力が行きわたり、床を強く蹴る。


 ただ自身の復讐を果たす為にやる事なのだ、と。

 

 だから、たまたま「誰かさん」に助け出され、「誰かさん」が倒れているから、私が殺すべき相手が飛び掛っているのであって、コレは自身のためなのだ、と。

 

 決して、己の身を……いや、知り合って間もない人の命を危険に晒してまで、「仲間」を助けるためではないのだと。


 私は今、どんな顔をしているのだろうか。

 この剣先が、ヴェザリアの首に届こうとしているこの刹那。

 酷く、おぞましく、歪んでいるのかもしれない。


 あるいはあの忌まわしき記憶の中で、ヴェザリアがとっていた笑みなのか。


 「誰かさん」に後で問おうとしたのに、私が割ってはいるのを見越していたかのように目を瞑っており、なぜか私は少し淋しいと感じてしまった。 

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