承章:第三十幕:最初の歪XVI
承章:第三十幕:最初の歪XVI
「……面白い。実に面白いぞ人間」
魔力弾<タスク>を放った先で、ヴェザリアという魔族が笑みを作る。
反面俺は、魔力弾<タスク>を完全に防がれた以上維持してても無意味だろうし、潔く霧散させる。
どういう原理で阻まれたのかは解らないが、魔力弾以外での攻撃じゃないと通じない事を示す。
「頬に紋<ウィスパ>を宿す青年よ。貴様の名前は何と言うのだ」
ヴェザリアからの問いに、俺はただある一点が気になり、口を動かす前に、ただ念じる。
なおも俺を見据えるヴェザリアの眼前に、いつだったかニナさんの屋敷に薬を届けた時に見せられた精霊を使った文字を作る。
その反応を見たかった。イダや、ニナさん。精霊を見る事が出来るのは魔族<アンプラ>にとっての「普通」なのかが気に掛かった。
が、期待していた答えとは違い、
「……なんだ、耳が聞こえないわけではあるまい。……それとも後ろに控える者どもに聞けばよいのか?」
ヴェザリアは目の前にあるであろう宙に浮く文字を見えてはいないようで、歩き出しローブにぶつかった文字が霧散する。
やがてなおも氷塊の嵐に見舞われてる地点の真横まで歩くと、歩を止め横の嵐を見つめる。
「銀女<シルヴィーナ>に聞いた所で答えてはくれまい。最も答えられる状況では無いだろうがな」
短く呼気を漏らし、あざ笑うかのような笑みを作り、再び前を向きなおす。
「答えろ。貴様は何者だ」
短く発せられた声と共に、先ほどまでは感じられなかった、肌にまとわり付くような殺意を向けられ、意識してではなく喉がなる。
かつて、バンディットウルフや、リュスと敵対していた時にも感じてはいたが、ここまで濃密ではなかった。
戦いに秀でた魔族と、ただ奴隷として売り買いされている魔族。同じ種族でありながら、こうも変わる事ができるのか。
「……お前に名を明かす理由がない。好きに呼べば良いだろう」
辛うじて、口から出た言葉はヴェザリアを激昂させるかとも、思ったが、違った。
「……ふむ。それも一利ある、か……。考えてみれば、銀女<シルヴィーナ>も私の命名だしな」
そう言い、笑みを作る。
「で、あれば……、その紋が示す、紛い物<イミティション>と言ったところか?」
普段の立ち居振る舞いから、ましてやリアという護衛が必要な身分である、となれば自然の高位の魔族なのだろう、というのは大まかに解っていた事だったし、ニナさんもイダに敬語を使っていた。
となれば自然とヴェザリアも俺の頬に残る紋からイダの関係者である事は理解できたはずなのに、ヴェザリアから最初に仕入れたイダの情報は「ゴミ」そして、次に紛い物<イミティション>だと言う。
「我ながら良き命名だと思うぞ?紛い物。人でありながら、頬に紋を宿し、さぞ人間の世界に置いては生きにくいであろう。かといって、魔族ではない。実に「らしい」名前だ」
嘲笑、ともとれる笑みをして、肩をすくめるヴェザリア。
それがお互いの戦いの合図となり、俺もヴェザリアを床を強く蹴る。
アルフィーナとの攻防に置いて、ヴェザリアは攻撃を防ぐだけで、なんの反撃も示さなかったが、俺との距離が縮まるに連れ、その身体の周囲に氷柱を漂わせる。
それが何を意味するのか自らに問いかける前に、右腕のガントレットを旋回させ、アルトドルフを開く。
盾だとでも思っていたのだろう、一瞬ヴェザリアの表情に思考の色が見えたが、形状から石弓だとわかり脅威度を下げたかのように、薄く微笑む。
その顔を目掛け、姿勢を低くして一射。アルトドルフから衝撃が伝わり、事前に装填していた礫が飛ぶ。
あと少しで当たる、という時ヴェザリアは微かに頭を傾け、礫を避ける。そう易々と攻撃が当たるとは思っていなかったため、ある意味想定内。
さらにガントレットを回し、次弾を装填した所で、接敵。
接近するまでは盾だとても思っていた者が、石弓に変わった事で接近戦を挑もうとしたのだろう。
両手に同じ形の氷で出来た曲剣を生成し、左右から挟むようにして一閃。
それをヴェザリアの股をくぐるかの様に身体を落としてかわし、やつの眼下から第二射。
顎を打ち抜くつもりで放った礫は、またもかわされ、続くヴェザリアの攻撃を横転してかわす。
ヴェザリアの握る剣が、微かに床と接触したのだろう、石材の床に鋭利な跡が残り、その傷から霜が発せられている。
どれほど切れ味を有するのか解らない以上、下手に受けるよりも回避に徹する、その考えが間違っていなかった事に安堵して、追撃を警戒しつつ次弾装填。
横転してすぐ距離を稼ぎ、接近される前に第三射。狙いはヴェザリアの左肩。
三度目ともなれば、右手に生じる衝撃にも慣れ、違和感無くその余韻に浸り、礫は三度かわされあらぬ方向へ。
たったそれだけのやり取りにあきれ果てたのか、ヴェザリアは追撃に入る事は無く、ただ飽きたのか、興味が失せたように俺を見据える。
「……銀女の侍従であれば、よほどの技量だと思ったのだがな……。まさかココまで弱いとは……」
そう口にして、手に握る剣を離し床に落とし、腕を振るう。それに応じて、ヴェザリアの周囲に漂っていた氷柱が走り、迫る。
数にして三つ。物の脅威ですらない。ヴェザリアが俺の射撃を回避したように、飛来する氷柱をかわし、再びヴェザリアへと意識を向けると、立っていた場所に居らず、最後にかわした氷柱の影から、ヴェザリアの脚が見えた、と理解した時には腹部へと刺さり、吹き飛ばされる。
「そこで寝ていろ。次に目が覚めた時には――」
ヴェザリアの言葉が言い終わる前に、受身を取らず蹴りの衝撃を殺さぬまま転がり、狙い済まして、第四射。
今度は「最初から当たらない射線」だったが、ちょっとした意趣返しにただの礫に魔力弾<タスク>を纏わせヴェザリアの鼻先を掠め、その整った鼻に微かな傷が生じ、血が垂れる。
それを確認した頃には、ヴェザリアの蹴りの衝撃も収まり、床にただ寝転がる。
蹴りが入る瞬間、魔力弾<タスク>を用いて防御に生かしたが、本来の用途ではない分、あまり衝撃を吸収しきれていないようだった。
あまり怪我を負うつもりはなかったのだが、無傷ではやり過ごせない相手だ、という事は理解できた。
かわしたつもりが、鼻先に傷を付けられた本人はこめかみの血管を浮き上がらせ、魔族<アンプラ>の証ともいえる紋<ウィスパ>が激しく明暗を繰り返す。
それが何を意味しているのか解らなかったが、少なくとも平常ではないだろう。
「……魔族<アンプラ>でも血が赤くてほっとしたよ」
下等な人間如きに傷を作ったのは初めて、とでも目に見えて解るほどに、怒っている。
そして倒れ伏している俺をにらみつけると、怒りに猛り狂った獣のように大声を張り上げ、距離を詰める。
死に近づいているせいだろうか、思考が早くなり、電光石火といって問題ないはずのヴェザリアの速度もなぜかゆるやかに感じて、余裕が生じる。
「――ココまでお膳立てしたんだ……失敗するなよ――」
視界には入っていないが、何処からとも無く放たれる「銀の矢」を想像し、
「――アルフィーナ」
と、口にした。




