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承章:第二十七幕:最初の歪XIII

承章:第二十七幕:最初の歪XIII


 ディーネとミコトの会話を全く理解出来ていなかったが、彼が頷いてしばらくしてから一つの変化が生じた。

 皆が降り注ぐ氷塊を躱していた通路に、宙に、小さい光の粒が集まっていき、やがて一振りの槍と成した。

 それが何なのかわかりたくなかった。

 それが登場するのは神話の域であり、自身の目の前に現れてはいけない代物。


 精霊の槍<エピルフィア>。

 今はもう失われた一つの魔法にして、神話に登場する魔法。

 周囲の精霊に命令を下し、槍と成して、放つだけの魔法だが、その威力は絶大。むしろ魔力の源ともなる精霊を集め、物体化させるだけでも、有り得ない事だ。

 穂先が三つあり、それぞれが別の方向へと刎ねているが、そこから、一本の柄に螺旋を巻くように集い一振りの槍となる。

 銀色を宿し、微かに輝いているそれは、武器とは思えないほど精錬されている、一種の芸術品とすら思える。

 精霊の槍<エピルフィア>、その名に相応しい物だ、と思い、同時にそれを形と成したであろう人物、ミコトを振り返るとその表情から、偶然の産物ではない事だけ理解した。

 

 やがて彼もどこか不安なのか、何故か一度頭を振り、しばらくして聞き覚えの無い言葉と共に、まるでその手に槍の柄があるかのように、腕を降りおろす。

 そして、周囲に風と衝撃を産み、一振りの槍が疾駆する。

 周囲の氷塊を霧散させ、皆の前方へ、歩みを進めていた方向へ。

 

 しばらくして、結界魔法を破砕した時に聞こえる硝子が破れるような音が幾重にも重なって聞こえ、それでも威力を殺さない槍がさらに奔り続け、皆の眼前。

 白い扉へと突き刺さると、教会の澄んだ鐘の音を何十倍にも重くしたかのような音と共に扉が開く。


 開け放たれた扉から床を這うようにして、視認できる冷気が漏れ出し、一つ床を叩く靴音が聞こえた。

 白い扉は私たちからまだ何ヤルテも離れているにも関わらず、そこから漏れる空気で周囲が一瞬にして肌寒く感じたが、私は靴音の主を瞳で捉えてからは、逆だった。

 

 純白のローブを纏い、フードで顔を隠しているが、所々金の装飾が施されたそれは、どこか神聖なイメージを持たせるが、その実真逆。

 私にとって最も忌むべき存在の上位者が纏う衣で、協力な加護<リウィア>が付与されていることが多い。

 そして何より、微かに覗き見えた「ゴミ」の両頬に写る、紋<ウィスパ>が視界に入っただけで、己の中の溢れ出さんとする憤怒と共に、熱を発し、手に握り数多の「アイツ」の同胞を屠ってきた剣をいつも以上に握りしめる。


 手から離さないように、これから何度も切り刻めるように……今まで磨いてきた全てを、暴力という形で叩きつけるために。

 眼前が血の赤で染まったかのように、気が付いたときには床を強く蹴り、ミコトが放った槍以上の速度で、疾駆した。


 一つの叫びと共に。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


「ヴェザリアァァアアァァアァァァァァッ!」


 聞いたことも無い程大きなアルフィーナの怒声が響いたと思うと、彼女は放たれた銀の矢のように、扉の奥から現れた純白のローブを羽織った男に向かって突っ込んだ。

 何が起きたのか解らず、残された四人が事の成り行きを見守っていると、躊躇無くアルフィーナが銀の剣を振り下ろす。

 男はただ、右手の指先でその剣先を受け止めたかと思うと、指が刀身に触れるすんでの所で、止まり、視認可できるほど、厚く魔法障壁を展開し、アルフィーナの剣を受け止めたいた。

 そのまま押し切りでもするのかと思ったが、アルフィーナは障壁から一度剣を離すと、身体を回し、今度は切り上げるようにして剣を振るうが、これも指先で阻まれる。


 短い舌打ちと共に、連撃を放つアルフィーナ、それを全て指先一つで受け止めるローブの男。

 

 僕はこの二人が最初は仲がよく、組み手のような模擬試合でもしているのか、と思った。


 理由はアルフィーナの表情だ。

 

 いつもいらついているのか、眉間に深い谷間を作っている彼女が、「笑っていた」のだ。

 でもそれは、いつだったか、一緒に街の中を歩いていた時に見せた表情とは違い、どこか恍惚としていた。

 そしてアルフィーナの攻撃が十を超え、その全てが防がれてからは焦りも混じり始めたのか、眉間のしわが浮き上がり始めた。


「……ヴェザリア……、聞いた事があります……。たし、か……四魔将の?」

「あぁ……技将ヴェザリア。魔王軍の実質ナンバー3の将にして、最も多くの無辜の民を屠った将で有名ですが……。なるほど――あの様子を見れば、噂は本当だったのですね……」


 未だリュスに腰を抱かれたまま立っているミゥさんの言葉に、リュスが応じる。


「何の話だ、リュス」

「…………、私が語るべき事ではないのだろうが………、あそこにおられるアルフィーナ様は過去、ヴェザリアが襲った村の生き残りなのさ。村を焼かれ、家族を殺され……たった一人、復讐を楽しんだヴェザリアに生かされた存在。……それが銀旋の長にして、今私達が目の前にしている方だよ」


 いつだったか、アルフィーナを激昂させた時、同じ事を口走っていた気がする。

 魔族への復讐の為に剣を選んだのだ、と。村を焼かれ、家族を殺されたのだ、と。


 ――貴様だけだと思ったのか、と。


 似ている。そう答えを導き出すのは容易かった。失った人、失わせた人の「種族」が違うだけ。

 だから――、だろう。


 かつてアルフィーナと街を歩いている時にリュスが攻撃に用いた白い弓を中空から呼び出したのを止めさせ、飛び出すタイミングを見計らっていたかのようなディーネをも諌めた。

 理由なんて簡単だ。

 

 ――あの時、「俺」がやった事を彼女はただ、止められたのに止めなかった。気が済むまで、いや、事が終わるまで彼女はただ見守ってくれていた。


 だったら今、「僕」たちがすべき事は、彼女の復讐を手助けするのではなく、ただ事が終わるまで見守るべきだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 怒りゆえに狭まる視界が、微かに朱色に染まり始めたのは、瞳の血管でも切れたのかもしれない。

 瞳に写るのは己が振るう銀の剣に、ただただ憎い奴の防御用の結界。そしてフードに隠され、時折覗かせる二つの紋。

 両者が触れ合うたびに熱せられた鉄に金槌を振り下ろすような甲高い音が響き、微かに削れ飛び散る結界が火花のように思える。

 斬撃を繰り出し、防がれ、直ぐに戻して再び繰り出す。その過程で、狭まった視界の隅に移る同行者の面々が見え、微かに笑みが生じた。

 それはさっきまで私がしていたそれとは違い、こんな時でも「嬉しい」と感じいた。

 

「……笑みが変わったな、銀女<シルヴィーナ>。さっきまでの自棄を孕むそれとはどこか違う、――否。全くの別のものだ。……過去に生きてきたお前が、未来にでも生を望み始めたのか?」


 二十代の前半を思わせるかのような、まだ声に幼さが宿る声だったが、その実年は遙に高いのだろう。

 それでも、何度も記憶の中で思い出しては、己の力に変えていたそいつの声は、どこも変わってはいなかった。


「――ほざけ、ヴェザリアッ!――ッ」


 怒りからか、私の剣速はいつもの数倍にもなっていた。それなのにも関わらず、眼前の魔族の指は正確に私の剣筋を捉え続け、全てを防いでいる。


「目線で解る。お前のは攻撃じゃない。ただの児戯だ……こんな攻撃にやられてくれるのはせいぜい地を這う虫と、カカシくらいの物ではないか?」

「であれば、今まで私が屠ってきたのは害虫<アンプラ>なのか、なるほど言いえて妙だな」


 仕切りなおす意味を含め、大きく飛びのき、剣先でヴェザリアを捉える。

 

「……最近、我らの間でも、貴様の名前が挙がる事があるぞ、銀女<シルヴィーナ>。なんでも、功を焦るばかりについ我先に問題を起こすような低位な魔族を殺める為に、その都度王都から出張ってくる羽虫の如き存在である、とな」

「……お前も私に葬られるのだ。その低位な魔族の仲間入りが出来るぞ?」

「冗談にしては笑えないな。……それで、この聖域に何用だ?銀女」

「それはこちらのセリフだ。……ヴェザリア、ココで何をしている」


 私の問いに、数秒何かを思案したのか、答えに詰まる眼前の魔族。

 しばらくして、フードを取り払いつつ、覗かせる顔は、私が何度も想起した顔と全く同じで、自然と手に握る柄に力が入る。


「……白宝<アリア>を暴走させるためだ。それ以外に用向きなど無い……――無い、が少し興味深いモノを見つけた」


 完全にフードが取り払われ、現れたのは淡く蒼に染まる髪と瞳に、同じ色の二つの紋<ウィスパ>。

 エルフ種特有の長い耳に幾つもの耳飾りをはめ、その重みからか、耳はやや垂れ下がっている。

 柔らかく微笑む顔は、その性格とは相反する物をはらみ、畏怖すら覚える。


 そして、その言葉と共に、ヴェザリアの瞳が動き、私の遥か後方を見据える。

 

 そこには、ココまでの道案内を果たした、リュス。

 それに付き従う、兎人族<ラヴィテイル>のミゥ。

 旅の同道者であり、素顔を見せないディーネ。

 

 神話に現れる魔法を使う、異世界より現れた、魔族<アンプラ>の騎士。

 ここに至るための扉を開け放った張本人。


 ヴェザリアが誰に興味を示したのか、など言うまでもない。 

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