承章:第二十五幕:最初の歪XI
承章:第二十五幕:最初の歪XI
「何をバカな。いくらなんでも突拍子がなさ過ぎる。ディーネ、お前の「予想」が正しいのであれば、多くの人間がお前の脳みその出来具合を心配するだろうな」
「……失礼ですねぇ。では質問いたしますが、アルフィーナ様は精霊種、もっといえば七宝に纏わる精霊を見たことがあるのですか?」
「無いに決まっているだろう。逆にソレが見えているアイツの方が異常なんだ」
話の流れについ後ろを一人で歩いているように見える「アイツ」を見つめると、視線に気付いたのは眼が合い、なぜか焦りが生じすぐに視線を戻してしまう。
その様子をヴェールで表情は伺えないのに、なぜかにやけている表情が浮かび、無性にイラ付く。
「そうカリカリなさらないで下さい。アルフィーナ様」
「うるさい。話しかけるな」
「可愛らしいお顔が台無しですよ?淑女なのですから、もう少し外面も良くしませんと」
「ソレをお前が言うのか……?まずその布一枚剥ぎ取ってから説教してくれないか?」
「まぁ、アルフィーナ様ったら、私に気があるのですか?……ですが申し訳ございません。やはり私も淑女の端くれなれば。生涯に最初に見せる相手と添い遂げたく思います。……例えばそう……」
そう言い彼女は、ミコトを振り返り、その眼前の布越しに熱い眼差しを彼に向けるようにじーっと見つめていた。
無論、瞑目している可能性だってあるのだろうが、彼女の行動から少なくとも嫌悪感など抱いていないのは解りきった事だ。
でも、なぜかソレが、とてつもなく。――嫌だった。
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なんか前を歩くレディ達が……、いやあの二人は「レディ(淑女)」ではないな。
どっちかっていうと、レディが付くのであれば「レディース(女性暴走族)」だろう。一人は話を聞く限り「一応」は騎士らしいが、その実態は魔族狩りのエリート集団の長。騎士道精神とかきっと母親のお腹の中に忘れてきたような連中ばかりな気がする。もう一人は、表情こそ伺えないものの、声に感情の全てを込めて発しているかのような気さえする、過保護のバーサーカーにして、僕の「所有物」に自ら成り下がった人。
二人とも手を出すのが早いし、そんじょそこらの人なら、あの二人のうち一人の武力を持ってすれば、赤子の手をひねるのに等しいだろう。
それどころか、リュスが長を詰める騎士団員でも恐らく児戯のように軽くあしらうはず。
うん、どうやら僕の周りはいつのまにか、ちょっとした都市防衛戦力に等しいくらいの何かになったのかもしれない。
そんな二人が時折僕を振り返っては、視界に納めるとすぐにまた前を向き話し合うという奇妙な行動を取っていれば、嫌でも気になるというかなんと言うか。
だけど、まぁ。
目下の所真っ先に解決しなければいけないのは、腰に抱きつき自ら歩くのを放棄した、「誰か」さんだ。
重さは無い。むしろ属性故か、被服内温度を下げてくれて、歩くのに帰って都合がいい。
のだが、彼女から伝わる感触はなぜか解ってしまい、腰に顔をうずめるようにして抱きつかれ、そのままだらんと垂れ下がり、床をゾリゾリと彼女の足が擦る。
まるで欲しい物を買ってもらえなかった子供がお父さんに抱きつき駄々をこねる、そんな様。
「皆に見えてなくて良かった……」
そんな本音がつい小さく口からあふれ出たって、誰にも聞こえやしない。
それなのに、いつの間にか、振り向いていたディーネはただ一点。僕を見据え、なぜか前に振り返るのを止めて、歩いていた。
しばらくして彼女の歩はどんどん小さくなり、やがて完全に止まった頃には僕の目の前におり、不審がったアルフィーナも、前を歩くリュスと、ミゥさんも足を止め、ディーネを見つめていた。
しばらくして彼女はたった一言。僕たちが歩いていた長い廊下を振り返ったまま、告げた。
「……リュス様?……いつから、私達は白宝<アリア>の可断領域に入ったのですか……?」
その言葉に、腰にまとわり付いてた力がより一層強くなり、微かに震えている事に気が付いた。そして最初の、ソレが飛来した。
風を切る音、と理解した時には既に脚が動き、腰にまとわり付いていたアリアさんを抱きかかえ、自分が立っていた場所から飛びのく。
数秒も間を置くことなくそこに真上から降り注いだのは、直径五十センチ程度の氷塊。綺麗に整えられた石畳の床に「降る」のではなく、加速を有し飛来した。
そして一番驚いた現象としては、氷塊はどこも欠ける事無く、石床を叩き割り、その威力をもって、窪地を作る。
最初の一つ目が飛来してから、次々と感じる異物と、さっきまではまるで感じなかった、ここに居る誰のものでもない、明確な殺意。
腕の中にアリアさんは未だ何かに怯えるように震えるだけで、この攻撃が彼女の物ではない事を理解して、一つ呼吸を整える。
「リュス!なんで気付かなかった!」
「私にだって解らなかったのですよ!可断領域が扉よりもさらに広がっているだなんて、誰が気付けるんですか!」
アルフィーナが銀の剣を抜き放ち、自らに飛来する氷塊を断つ。リュスは傍に居たミゥさんの腰を抱き、回避に専念するが、ヤツだけならともかくミゥさんを抱えているためか動きが鈍い上に、アルフィーナの様に何かしらの迎撃を出来ないで居た。
「ココは一度引くべきか?!」
「いえ、不可能です……」
「理由、はッ何だッ!?」
「白宝<アリア>は氷結と共に、停滞を併せ持っています……。私達がこの通路に案内されて、五分でしょうか?歩いたはずですが、後ろの景色を見て、何か違和感を感じませんか?」
ディーネの言葉にリュス、アルフィーナ、僕が氷塊を避け、迎撃しつつ振り返った先には何も無く、ただ「この通路に入って直ぐの入口が見えた」。
しかも、五分も歩いたとは思えない程、近くに。
「窓一つ無い通路に、私も気付くのが遅れてしまいました……。恐らくあの扉をくぐった時点で、白宝<アリア>の可断領域に足を踏み入れていたのでしょう」
飛来する氷塊を紙一重で全てかわしつつ、普段と何一つ変わらない口調で告げられる。
「そして、前にも後ろにも戻れないように空間毎、氷結。つまりは「私達をこの空間に停滞」させたのでしょう……全く驚かされます」
「七宝が使える妙技だ、とでも言いたそうにしている所悪いのですが、アルフィーナ様、ディーネ様、ミコト君、何か策は?」
「あればとっくにやっている!お前こそ、何か無いのか!」
「……生憎と、白宝<アリア>に愛想を付かされた身としては、解決策を提示できませんね……」
「わ、わわ、私も、ただ団長のお荷物になるだけしか!」
リュスに抱かれたミゥさんは、事態の把握(主にリュスに抱かれているという点)に置いて、理解が追いついていないようで、周りの状況まで詳細に把握できてなさそうだった。
僕としても重さは無いにしても、両腕に抱いた、所謂お姫様抱っこをしたアリアさんを意識しつつ回避するのは正直骨が折れる。
「……ミコト様?……恐らくはとしか申せませんが……「アレ」を放てば、状況が変わると思います……」
舞うように降り注ぐ氷塊を避けながら、ディーネに言われた言葉に、「アレ」とは何か、など返事をせず、一度だけ強く頷いた。




