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起章:第八幕:騎士として、そして家族として

起章:第八幕:騎士として、そして家族として


「おい、人間。貴様、……ピアスを付ける気はないか?」


 イダさんに家族として受け入れられ、2か月が経過したある日、台所で日課のアイスクリームを作っているといきなり現れたフェリアさんにそんな事を言われる。


「どうしたんですか……突然」

「付ける気はあるか、と聞いているだけだ。どっちだ」


 表情は素というか話しかけてきた以上、機嫌が悪いわけではないと思うんだけど、どことなくまだ受け入れられない部分があるんだろう、表情が硬い。


「もらえる物であればもらいますが、どんな意味が……?」

「意味など無い。少し左耳をこっちに向けろ」

「い、今つけるんですか?」

「何か問題があるのか?」

「いや、ないです……」


 最初の出会った時に比べればはるかに接しやすくなったとは思うが、いかんせん少し苦手だ。嫌っている訳ではない、だがたぶん向こうは嫌ってる。

 何を考えているかわからず、物事が終わってから説明をして、「なんで先に言ってくれないの?!」と内心突っ込んだ事はしばしばある。

 その人が謎の行動を取れば「なにかある」と不安がるのは仕方のない事だとおもう……。だけど、最近わかってきた事といえば、フェリアさんが強引に物事を勧めようとするときは大抵、イダにとっていい結果をもたらす事。


「ココに腰かけろ」


 そう言い、いつも三人で食事するテーブルの椅子を引いてくれる。右手には小さな黒い箱を持っており、恐らく今からつけるピアスが入っているのだろう。

 せめて、どの程度の太さなのか確認したくて、しばしば箱を見つめるが、いっこうに開ける気配がなく、心の準備が出来ぬまま、椅子に腰かける。


「始めるぞ。終わるまで質問は受け付けない。「良い」と言うまで目もつむっていろ」

「わ、わかりました……」

 

 正面に立たれた事だけはわかるが、何をしでかすかわからない相手に視界を完全に暗転させるのが怖く、微かに目を開けていた。


「この者、彼の御方を守りし盾にして道を切り開く剣なり。死してなお、彼の御方の盾であり剣となり、幾星霜の時を得ても何度でもその手に蘇る。その者の名、ミコト・オオシバ。……貴殿を一人の騎士として認める」


 そうフェリアさんに言われ、何の事だろうと考える事よりも、フェリアさん僕の名前知ってたんだ、とそっちに驚きを覚える。

 そして耳に感じる痛みを恐れ奥歯を噛みしめていたが、気づいたときには左耳に重さを感じ、全く痛みが無かった。


「……一つ、質問に答えろ」


 目をつむったままですか?なにかの新しい尋問かなんかですか?


「貴様、なんであれから「街に行きたい」と言わなくなった。イダから許可をもらった事は知っている」

「……理由は特にありません……」


 嘘だった。明確な理由。あるにはあるが、言えない。言いたくない。


「……嘘をつくな」


 少し間を置き、普段と違う優しい口調で、そう告げられる。


「貴様は、昔の私と似ている。……生きているのに明確な理由も持てず、何のために日々を過ごしているのかがわからない。示してくれる人も近くに居ない。……そんな私を救ってくれたのは、イニェーダ様だ」


 正面から移動し足先が視界から消えると、椅子を引く音が聞こえ、その椅子に座りこんだのだろう。


「貴様も言われたのだろう。イニェーダ様に「家族になってほしい」と」


 頷く。そして、今のフェリアさんに初対面の時の様な敵意を見いだせず、安心して目を完全につむる。


「…………怖いか?」


 顔に出ているのだろうか、と内心焦る。フェリアさんが口にした言葉はここ最近ずっと思っていた事だった。

 怖かった。ただひたすらに。街に行くのがではない。新しい人に会う事がではない。ただ一点においてひたすらに怖くなった。


「……私は、怖いのか、と聞いたが?」


 この人も同じ事を思ったのだろうか。的確に嫌なところをついてくる。眼を開けていたら、恐らくにらんでいただろう。


「……怖い……、です」


 俯き、正直にそう答えた。


「なぜ怖い」


 フェリアさんはどうしても理由を言わせたいらしい。この人、確実に理由を知っているはずだ。


「……もう一度、失ったらと思うと……怖いです」


 正直な想いと伝える。そう、ただひたすらに怖かった。もう一度、僕を「家族」として見てくれる人を失うのが。

 ふっきれた、と他人には言い放ち、内心でもそう思っていた。でも実際は全然違った。あの日、胸元に抱いたイダさんに家族になる事を了承した日、あの日から漠然と怖くなった。

 もう一度、家族を「イダ」という女性を失うのが。たまらなく怖くなり、極力イダさんの近くで過ごすようになってしまった。僕ごときで対処できる事案に巻き込まれて、イダさんがなんらかの理由で「居なくなる」とは思えないが、それでも近くを離れられなくなった。


「……眼を開けろ。――、それと歯を食いしばれ」


 え?と声をあげる間もなく、眼を開けると左ほおにフェリアさんの平手が接近しているのに気づき、乾いた音と衝撃、痛みが生じてフェリアさんが叩いた右手で頬を撫ぜてくれる。


「よく聞け、――ミコト。怖ければ大きく一歩を踏み出せ。それで足が続かないというのなら、隣に立っていた者を思い出せ。それでもだめなら声を張り上げろ。必ず、お前の声に呼応する人が居る。お前はもう一人じゃない」


 痛いからではない、驚いたからでもない。頬を撫ぜられたからでもない。ただ、眼前に居るフェリアさんの笑顔に理解が進まず、ただ茫然としてしまった。


「立て。お前は、イニェーダ様の家族なのだろう?ならば、その恐怖を少しでも和らげるよう、荷を分かち合え。私でも良い。お前はまずその一歩を踏み出してみろ。お前はもう騎士なんだから、いつまでも形の無い恐怖に怯えるな」


 そう言い、台所から出ていくフェリアさん。

 残れた僕は、痛みがまだ少し残っている左頬よりも、左耳に着けられたピアスが気になり、窓で己の顔を確認する。

 そこには、頬が少し赤くなっていて、左耳に青銀色に輝く長方形のプレートを垂れ下げている見知った顔の「涙目の騎士」が居た。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「すみません、遅れました。……さっきはありがとうございます。それと、次回からは一緒に、買い出しに行かせてください」


 練習場となっているイダさんの、いや僕たちの家から二キロくらい離れた場所にある森の開けた場所。そこの切株に腰かけいつも通りにフェリアさんは待っていた。

 手早く荷物を降ろし、声をかけながらフェリアさんに近づくが、フェリアさんの表情に気づき、疑問を抱く。

 目を見開き、何度も瞬きをして、固まっていた。手に持っていたのだろうエクスカリバー(後で聞いたがただの鉄のダガー)を自らの脚の間の地面に落とし、それを拾おうともせず、ただ固まっていた。


「……フェリアさん?」

「あっ!?いや、すまん……。その……、左耳のは「私」が付けたヤツか……?ど、どうだ付け心地は」

「と、特に……?痛みとかもありませんし」

「そ、そうか……」


 落ちているエクスカリバーを拾い上げ、鞘へと戻し、手早く荷物をまとめ始めるフェリアさん。


「え、あの……」

「すまん、急用を思い出した。お前は……そうだな、体内魔力がギリギリになるまで、身体強化を繰り返したら帰って来い。急がなくていい」


 そう言い、まともに顔も合わせず足早に去っていくフェリアさんは、なぜか頬が赤かった気がするのは気のせいなのだろうか。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「えっと……、コレはいったいどういう状況ですか……?」

 

 フェリアさんの言いつけ通り、体内魔力をギリギリまで使い切り、帰路につき家についたときには日は下がりはじめ、お昼時をかなり逃していた。

 そして、目の前の光景に出会った。ただ昼食を摂ろうと、台所を訪れたらいつだったか見た風景と同じ風景が眼前に広がっていた。

 フェリアさんは目くじらを立てあきらかに怒っており、イダさんは床に正座(最近、自分がこの世界に影響を与えつつあるのでは、と思う時がある)をして、申し訳なさそうにしていた。

 二人の食事はテーブルに乗ったままで、待ってくれたのかとも思ったが、どうも違うらしい。


「あ、あの……リア、ミコトが帰ってきたので、ゴハンにしませんか?も、もうだいぶ冷めてますが……」

「人間。お前は自分の部屋で食っていろ。私はイダと話がある」


 あ、はい。今までにないくらいげきおこぷんぷんまるです。これは触らぬ神になんとやらです。

 イダさんの眼は捨てたられた子犬のごとく潤ませ、コッチを見上げ「助けて!」と訴えていたが、その目に「無理です☆ミ」と返事を返し、足早に自分の食器だけ抱え台所を退室し―――。

 

 えぇ、無理ですね。はい。わかってました。なんかイダさん頬を膨らませ、完全に怒ってますもん。フェリアさんも怖いですが、この人の場合は尾を引きそうなので、助けないと後々ヤバイ気がしてなりません。


「あ、あの……。フェリアさん?」

「なんだ。さっさと失せろ」

「あ、いや……なんでこんな事にって、思いまして……」

「それは――」


「わ、私が!!!リアの分のあいすくりーむを食べてしまって怒られてるんです!!!!!」


 フェリアさんが何かを言おうとした瞬間、イダさんがそれを遮り自らの罪を白状する。――が、フェリアさんの表情を見る限り、違うらしい。

 てか、その行動でここまで怒りゲージを上げるのは貴女くらいだと思うわけですよ。

 

「ま、まぁ、ほらこうやってイダさんも謝ってますし、何をしでかしたのかわかりませんが、許してあげてはいかがですか?それに、さっきピアスを付けてくれた時の笑顔のフェリアさんが僕は好きですよ?」

 

 当たり障りのない、とりあえず怒りの方向を別の物に向けようと考えた結果、そういったのだが、何故かフェリアさんは口をパクパクさせながら、顔を真っ赤にして、そのまますごい勢いで台所を出ていった。

 そして、なぜか助けたはずなのに、イダさんからは三白眼のような、じとーっとした目で見られる結果となり、その日結局イダさんは口をきいてくれず、フェリアさんは朝になるまで、帰ってこなかった。

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