承章:第二十二幕:最初の歪VIII
承章:第二十二幕:最初の歪VIII
「……今なんて言った?」
「いや、だから……、ここにアリア?さんが居るんだよ」
僕自ら名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、「アリア」と呼ばれた純白の魔族<アンプラ>は笑顔で何度もコクコクと頷いた。
「ほら、めっちゃ頷いてるしって、見えないのか……。一つ質問なんだけど、白宝<アリア>と同じ名前な気がするんだけど……二人は何か知らないの?」
ただ今回の一件で、リュスが最も白宝<アリア>の異変に気付いているはず、というアルフィーナの発言でここまで訪れたというのに、いきなり終着点を目にしてしまった気分だ。
「……すまないが、私には解らないな……。ディーネ何か解るか?」
「いえ、私にもわかりません。……ただ、ミコト様に見えて私達に見えないのだとすれば、ほぼ確実に精霊種である事は疑いようがありません。この場に居合わせた理由も解りかねますが、ミコト様何か言っているように見えますか?」
そういわれ、視線をディーネからアリアさんへと向けると彼女はただ困ったような表情で、首を振り数度口を動かすが、声になっていない。
精霊の声は過去何度か聞いて来たし、この街に居る間も幾度と無く耳にしている。
その上で彼女の声が聞こえない、となれば僕の中ではアリアさんは「精霊ではない」という答えに行き着いてしまう。
最も、それが「何らかの原因があり、声が発せられない」という状況を除けばの話で。
「……声が出ない、みたい……。「アリア」という名前も、音にして聞こえたんじゃなくて、アリアさんの口の動きで判断した程度なんだ」
何度も嬉しそうに頷いている様をみると、間違った事は言っていないようだ。
なおも信じられないのか、ミゥさんはただ僕の視線の先と僕を交互に見ては、警戒の色を濃くするだけで、あまり信じてはいない様子。
反面リュスは何か思い当たる節でもあるのか、顎に指を当て、何か考えをめぐらせていて、しばらくして口を開く。
「……ミコト、くん?……君が見ているアリアが本当に白宝<アリア>なのなら……聞いてくれないか。……なぜ私に声が君の声が聞こえなくなったのか……」
「待て、リュス。いつからだ?七枝のお前が、白宝<アリア>からの声が聞こえなくなった時点で、優先すべき事項だろうに……」
間髪を居れずに問い返したのはアルフィーナで、表情もかなり険しい。
「……隠していても仕方の無い事、か……。アルフィーナ様と、ミコト君をアプリールから外に出させないよう、都市の防衛結界を発動させてから、「彼女」の声が全く聞こえなくなったんです」
「……あれはもう今となっては天災に備えての物だろうに……。個々人を逃がしたくないから、と言って使うからだ。……最後に聞こえたのは何と言われたんだ?」
「……確か、「誰か、来た」とだけ。それ以後は問いかけに対しても返事が無く、それどころか神器の顕現化すら出来なくなっています」
そう言いリュスは己の右手にはめていた何の装飾気もない純白の指輪を外し、テーブルに置くと、後ろに控えていたアリアさんもコクコクと頷いていた。
「アリアさんには原因がわかりますか?」
腕組をして思案したかと思えば、彼女は己の足元を指差し、次に南東門がある方向を示し、三度頷いてから、僕を指差し、最後に己の頬を指差した。
「全くもって伝わっていません……。アリアさんの言う「誰か」って言うのは僕の事なんですか?」
否定。と、思いきや肯定の意味なのだろう。頭を左右に振ったかと思えば、直後に頷くというどっちとも取れる返答。
「ミコトの事だったのか?」
「いや……、それが否定したように首をふったかとおもえば、すぐに肯定、頷かれて、どっちの意味かがわかんない……」
僕の言葉に反応してか、頭を抱え、半なき状態でうずくまるアリアさん。
それらの反応が、どこかイダを思い出してしまい、鼻の奥がツンと痛むのを感じ、慌てて思考を切り替える。
「アリアさんから得られる情報が限りある以上、先に白宝<アリア>の状態を知りたいんだけど……。リュス……団長様?何か知っている事は?」
「リュスで良いさ。……クズで無ければ最早何でも良い。……本来なら真っ先に現状を伝えるべきなのだろうが……解らないんだ」
「おい、リュスお前……まさか、こんな事態に陥っても白宝<アリア>の現状を把握する事すらしなかったのか?」
「違います、アルフィーナ様。アプリールに置いて、白宝<アリア>はクィンス様よりも上位の存在となりえます……。謁見しようにも戸が内側から氷付けされており、白宝<アリア>からの応答が無いまま、足を踏み入れるのが不可能だったんです……」
真偽は言うまでも無く、真。復活したアリアさんは「私偉いんです」とでも言いたそうに、胸をはり、頷く。
「扉を破砕すればいいだけだろう。何でそうしない」
さすが暴力に訴えるのは得意なようで、銀髪美女ジャイ〇ンは言う事が違います。
「白宝<アリア>が安置されている間へ至るための扉には、二つの役割があるんです。一つは普通の扉としての役割と、もう一つは……ある種の「砦」としての機能です」
「どういう意味だ」
「……白宝<アリア>から招かれたのならともかく。浸入してきた輩を、氷像に変えるのに何の躊躇も無い、それが白宝<アリア>です」
リュスの不安げな表情と共に口からでた言葉に、僕はただ「何をバカな」と切り捨て、コロコロと表情を変え、どこか子供のような印象を受けるアリアさんを見ると、そこには鋭い目をして微笑む一人の魔族<アンプラ>が立っていた。




