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承章:第二十幕:最初の歪VI

承章:第二十幕:最初の歪VI


 私はビルクァス・アルフィー。今はアスール村に置いて、自警団の長としてその立場に居るが、実際の所はただの私兵。

 魔大戦において、ニナ様の元に配属された七枝の一人として、多くの魔族<アンプラ>、魔物<ディアブロ>を滅したが、それはある種の罪滅ぼしだった。

 私は赤宝<ベルク>に見初められる前は、一人の剣闘奴隷として、アルディニアが誇るコロッセオで常日頃同じような剣闘奴隷を屠ってきた。

 彼らにも想いがあり、願いがあり、意志があった。……だが、私にはそれらが無かった。

 何も想わず、願わず、ただ剣を振り客を喜ばせるだけ。コロッセオの掟に従い、百勝した剣闘奴隷は自由となる、その誰もが目指す小さく、儚い物でさえ、私にとってはどうでもよかった。


 そんなある日、コロッセオの剣闘奴隷が居る牢に火災が起き、私もついに身罷られる、そう想った。

 叶うなら、鳥にでも生まれ変わって、何も考えず、大空をたゆたってみたいと願い。

 ただ火の手から逃げるなどという事をせず、運命に意志を委ねていた。


 短い人生だったのかもしれない。振り返っても、記憶にあるのは、赤、赤、赤、赤。


 一日の殺し合いが終わり見上げた見上げた夕日の赤。相手に突き刺した刃こぼれだらけの剣を引き抜いた時にあふれ出る血の赤。怪我の有無によって与えられた、造血作用のある薬の赤。

    

 そんなある種の走馬灯を感じた時だった。身体から力が抜け、床に倒れ伏してから、迫り来る火の手に頬を焼かれ、殺し合いですら感じなかった「痛み」に両の目が見開いた。

 そしてその両の目の先に、牢の鉄格子の先に、一人のみすぼらしい衣類を纏った少女が倒れていた。

 いつからそこに居るのかわからない。息をしているのかさえ、わからない。牢内に充満する煙に眼が霞み、痛みのせいで眼からは自然と涙が溢れ出た。


 気付いた時には私は、残っている力を振り絞り、ただ開くはずの無い扉に体当たりを繰り返し、肩口からは血が溢れ、そこから生じる痛みを糧として意識を保った。


<……助けたいのか?……ならば奮え、そして掴むが良い>


 何度目の体当たりかわからなかったが、頭の中に女性の声が聞こえた。声音から、気の強そうな人、としか感じ取れず、彼女の言に「何を」と自問すると、やがて答えが現れた。

 

 赤く爛々と輝く一振りの両刃大剣。殺し合いで使っていた、剣などとはまるで違う、一種の装飾品のような印象さえうける。

 しかし刃からは微かに火の粉が生じ、相手の剣と切り結ぶだけで、溶かし断つのではないか、とさえ思える品だった。


<……お前が助けたいと想った者を助け、その者がただこれからの生を幸多からん事を願い……自らの意思で私を振るうのです>


 その言葉を最後に、気が付いた時には一人の獣人の子を抱きかかえ、燃え盛る火の海から抜け出していた。


 それからというもの、私が得た力が何なのかを理解させられ、気が付いた時には都市の最大戦力として見られ、魔大戦での活躍を期待された。

 コロッセオから、各地の戦場へと、戦いの場が移っただけで、私の目に広がる光景は、再び、赤と、赤と、赤。

 それでも当時から、亜人種の為に戦うと決めた私の剣にぶれはなく、その姿から多くの仲間も得る事が出来た。


 その所業を共に成し遂げた一振りの大剣を、私はある人物に差し出した。

 

 その人は真昼間から酒をあおり、雑事は徒弟へと割り振り、自身は酒に溺れる日を繰り返し、その腕がさび付いてしまったのでは、と不安を抱いていた相手。


 アスール村で一番の鍛冶師であると自負している、ガルム・クォークスに。魔大戦に置いて多くの武器を作り出し、修繕しつくしていた一人のドワーフに。


「……今なんていった?」

「既にニナ様の許可は得ています。……貴方が、かの「騎士」に武器を作ると決めた、と風の噂で耳にしてからは真っ先に思い浮かんだことです」


 私の答えに、ガルムさんはただ、自らの針金のような固い髪をガシガシとかきむしり、重いため息をついた。


「……良いか、ビルクァス。こいつは……ベルク・アインだぞ?お前が七枝として数えられているのはコイツあってこそだろうが?!それをそんじょそこらの金属で出来た武具と一緒にするな!何が『鋳潰して素材としてほしい』だ!テメェはアレか?!バカなのか?!テメェは俺に、『神器を壊せ』って言ってんだぞ?!」

「あまり大声をあげないでください、ガルムさん。徒弟さんたちも驚いています」

「んなコタぁ、聞いちゃいねぇんだよッ!俺ら職人がどんなに技術を磨いて、寝る間を惜しんで槌を振った所で、出来るのはせいぜい『名器』だ!そんな俺らに、テメェはッ!」


 なにやら職人気質のガルムさんに言ってはいけない事を頼んでしまったらしく、烈火のごとく怒っている。

 そういえば、よく赤宝<ベルク>にも、いわれた気がするな……。


<……ビルクァス。お前はもう少し他者の考えを汲む努力をせよ。あとはそうさな……、笑顔というものを知っているか?>


 だったか……?全く持って心外である。私ほど他者を想う事に自らを裂いている人間などそうはいないのに。あと、男たる物そう簡単に歯を見せてはいかんと想う。


「……ハァァァァァァ」


 ガルムさんは唯でさえ小さい背を、更に小さくするかのように長いため息と共に身体を折り曲げ、さらに小さくなる。

 一行に受け取ってもらえない、ベルク・アインを一度鞘に戻そうか、と考えた時、怒りの形相をどこかへと置き去りにしていたガルムさんが顔をあげ、丸く見開かれた大きな瞳で見据えられる。


「長の決定であれば、俺も従おう……だが、もう一つ確認してぇ事がある」

「なんですか?」

「……コイツの『意思』だ。……そっちとは「話がついてんのか」?」


 コイツ、と言いつつ、ドワーフ特有の筋骨隆々とした太い腕を持ち上げ、同じく太い五指を折り曲げ指差したそれは言うまでも無く私が持つ大剣だった。


「……コイツの意思がどうなっているのかを教えろい。そうじゃねぇと、俺は……いくら長の命があったとしても、槌を振るう事はできねぇ」

「その事なら、全く問題が無いと言っても過言ではないでしょう」

「……どういうこった。既に話がついてるってだけなら良いが、全く問題が無いってのはどういう意味だ」

「いつだったか、一人の少年がある女性を担ぎ、この村に助力を求めに来た時、聞こえて、それいこう何も聞こえないのです」

「……聞こえたって何がだ」

「<……私は新たな主を得た。あの少年と共に行きたい>、と」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ミゥと名乗った見習い騎士に案内され、螺旋階段を「一段一段」踏みしめて上った先に一つの扉があった。

 

「ミ、ミゥです!お客様方を案内しました!」


 先ほどまでの凛としたたずまいはどこへやら。

 簡単な動作と伝言なのに、ひどく狼狽しているのが眼に見えてわかる。


『……入ってもらえ』


 聞き覚えのある声に、かすかに嫌気が差したが、顔には出すまいと、心に決めていた。

 

「し、失礼します!」


 ミゥさんがゆっくりと開いてくれた扉の中には、陽光が降り注ぐ天窓が一つ。

 その陽光に照らされるように、一つのテーブルと計八人は座れるかのような革張りの長いソファ。

 床にはヒグマらしく熊の毛皮の絨毯。

 奥のテーブルには肘をつけ、両の手を組み口元に添える、金色の騎士が一人。

 

 そして、その隣にはイダ以上に白い肌を有し、青い瞳の白とも陽光に照らされ銀とも取れる髪を有した、一人の女性が立っていた。

 僕と眼が合うと、微かに口の端を上げ、微笑んでくれたが、その双頬には二重の八角形を歪ませたような紋<ウィスパ>がしっかりと刻まれていた。


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