承章:第十九幕:最初の歪V
承章:第十九幕:最初の歪V
「……何で何も聞こえない……、答えろ白宝<アリア>……」
私はそう掌に載せた白い指輪を見つめ言葉にする。
いつもは脳内に優しげな女性の声が響き、白宝<アリア>と言葉を交わす事が出来る。
それがある日を境に、言葉が聞こえなくなってしまった。
そんな事は今までにただの一度も無く、生まれた時から片時も離れた事が無い、何かが居なくなった。そう感じてしまう。
「ある日」の事を思い出すと、怒りも多少は芽生えるが、それ以上に感謝の念を抱いていた。
あの日を終え、アプリールに帰ってからというもの、騎士団に勤めていた亜人種の対応を変え、人種の兵と同じく扱うと彼らは最初は困惑こそすれ、しばらくしても元の劣悪な環境に戻らない事を理解し、皆涙をためて感謝の言葉を私に告げた。
そして彼らの能力に見合った配置を行う事で、亜人種だけではなく、人種の兵からも仕事が楽になった事を告げられた。
無論、いきなり同じ位として、扱う事を決めた時、人種の兵からは反対する声も聞こえた。
それでも、私には「そうすること」しか出来ず、ただ彼らを一人一人納得させていった。
『だ、だだ、だだだ、団長!……おきゃ、お客様、です!』
掌に乗っていた指輪を握り、ドアの向うから聞こえた声に微かに苦笑してしまう。
「……ミゥ。そんな喋り方だと、お前が不審者だぞ?」
『ミ、ミゥは不審者などではありません!』
「知ってるさ。……相手は誰だ?」
そう言い返事を待つが一向に返事が無く、しばらくして先ほどに比べるとやや気落ちした声音が小さく聞こえた。
『……申し訳ございません。……どなたなのか、聞く前に飛んで来てしまいました……』
その声からどんな仕草をしているのか、簡単に想像ができる。普段はピンと垂直に立っている二本の長い耳をペタンと折り曲げ、上目遣いで見上げる赤い瞳。
「……待ってるから、もう一度相手が誰なのか聞いてきてくれないか?面会の理由もな」
『は、はい!行ってきます!』
特に叱責する事柄でもない為、再度用向きを聞くように伝えると、ドアの前から一つの気配が「落下」する。
人種だとこうはいかず、ドタドタと靴音をならしながら、ドアの向こう側にある騎士団本部の名物でもある長い螺旋階段を下っていく。
それが「彼女」にかかれば、否。彼女「達」に掛かればただの「一つ段差」なのだ。上る時も、下る時も一瞬で、ただの身体能力でのみソレを行っている。
正直、感動した。同時に、なんでもっと早く彼らの得意な分野を見極め、配慮しなかったのか、悔いた。
「……いや、無理だろうな……。例えどんなに良い面を見せられても、亜人種であるだけで、「昔」の私はそれを卑下していただろう……」
こんな考え方を抱かせてくれた、一人の青年を思い、腰掛けている椅子に深く腰掛けなおし、天井を見上げる。
そこにはただ天窓があり、見上げるといつも曇り空が広がっているのに、今日は珍しく太陽が顔を覗かせ、室内を明るく照らしてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ミコト?私は目がおかしくなったのか?……亜人種、兎人族<ラヴィテイル>の女性が対応に出てきたぞ?」
「何かおかしい事なのですか?……前訪れた詰所では犬人族<ドゥーギー>の方が居た様に思うのですが?」
「確かに居たが、「アレ」はあくまでも下働きのやつだっただろう?!今のは新品では無かったにせよ、軽装の甲冑をまとっていたぞ!?」
「何か問題なんですか?」
「……あ、いや……だって、亜人種嫌いのアイツが――」
アルフィーナが何かを言おうとした直後、眼前の螺旋階段の中どころ、吹き抜けとなっている部分から一人の女性が「落ちてくる」。
さっきとは真逆で、落ちてくる様をみていると、上がるときにはあまりに一瞬で気付かなかったが。
しっかりとスパッツのような物をはいていた。実に惜しい。
やがて音も立てずに着地すると、微かに敵視を孕む赤い瞳で一瞥され、特徴的な頭部の二本の耳は微かに左右へ振れ、少しでも音を拾おうと警戒をしているようだった。
「……名前を。名乗ってください。あと、団長に何の用事があるのか、を」
「私はアルフィーナ。彼女はディーネ。……こいつはミコト。……そう警戒するな、魔族<アンプラ>じゃない」
「……用事はなんなのですか?」
「用向きはそうだな……、今起こっている事に助力したい。そう団長様に伝えてくれないか?」
一度頷き、アルフィーナからの言葉を理解して、再び螺旋階段を孕む塔へと入り、中央部の吹き抜けに立つと、最後に一度僕へと振り返り、鋭い目付きでにらまれてから、螺旋階段を「飛び上がる」。
駆け上がるのではなく、飛び上がり、階段を下るのではなく落下する。それは階段としての機能を有していない気がするが、彼女たち兎人族にとっては一つの段差というレベルなのだろう。
それにしても、「人種」からだけでなく、「亜人種」からもこの模様が示す種族は恨まれているのか。
「ミコト様?その……、あまりお気を害さないでくださいね?先の大戦において、亜人種の多くの子らはその父母を戦にて失った、と聞き及んでいます……。だから少なからず恨んでいる方も多いんです……」
「あの若さの亜人種であれば、十中八九その手の子が成長した姿だろうな。……ミコト。お前があの酒場で「助けたい」と願った村の住人はもうお前を前の様には接してくれないかもしれない。……それでも、なお「助けたい」と願い、行動で示すのか?」
恐れている事の一つであるのは言うまでもなかった。
あの森の中にある小さな家が無くなった以上、僕を受け入れてくれるような場所はあの村しかない。
その村においても、今初めて会った兎人族の女性からの敵意を見れば、前の様に受け入れてもらえるのか、という不安がよぎる。
無論、あの村で活動していた時にはこの双頬に紋様などは無かった。今一度、訪れれば、僕はどのように扱われるのだろうか。腫物を扱うように、誰もが遠巻きに僕を見つめるのかもしれない。
それは、現実世界で僕の生い立ちをしった周りの人間が取った行動と一緒な気がする。それ故に周りに不必要な溝を感じ、距離を有して、人一人の居場所としては大きすぎる居場所が生じた。
でも、答えは決まってる。
「……助けますよ。絶対に」
「今、お前が取ろうとしている行動は、何の意味も有さないのにか?あのアスール村から依頼された事でもない、例え未然に防げたとしても誰も知らない事として理解する。……ましてや今しがたお前が所属したギルドの依頼というわけでもない。なんの富も名声も得られない、誰からも感謝されない。……それなのに命をかけて、行動すると?」
アルフィーナのその問いは、まるで自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。
そしてそれ以上に、どこか後悔しているようにも、他者に同じ想いに至ってほしくない、とでも言う様に。
「助けます。何も得られず、失うばかりだったとしても。誰からも感謝されずとも、助けます」
「……何故だ?」
簡単だ。理由なんてたった一つしかない。
「例え誰かの記憶に残らない事でも、なんの富も名声も得られない事でも、誰からも感謝を得られなくても。……僕が「僕」として生きるための、「生き方」を変える理由にはなりませんから」




