承章:第十五幕:最初の歪
承章:第十五幕:最初の歪
「着いたぞ。ここだ」
アルフィーナの試験を終え、案内されたのはアプリール中央広場に近い建物の一つだった。
二階建てのそれは、一階の入って左手側半分が酒場になっているようで、何人もの人が真昼間なのに酒を煽っていた。
男女比率が9対1といった具合に、居座っているのが殆ど男なのは「職業柄」なのだろう。何人かは女性も居るが、男女共に共通している点を述べるとすれば、大なり小なり武器を携えている点だろう。
右手側を振り向くと、そこには小奇麗なカウンターがあり、その奥には何人もの身なりが共通していて、それでいて堅苦しい感じの衣類を纏っていた。
恐らくそれは現実世界で言う所の背広にでも当たる物だと思われる。
中にはカウンターに並んでいる人も居り、その何れも手には草臥れた紙を持ち、カウンターの向かい側の人へ提示し何かを話していた。
その紙が何処から来るのか視線をめぐらせると、簡単に答えに行き着き、入口側の壁に貼られた大きなボードに何十枚とも言える張り紙が止められていた。
内容を確認しようと、近づこうとして、アルフィーナに襟首をつかまれ、顎で一番端のカウンターを指される。
そのカウンターの上部には一つの看板が下がっており、そこに「新規冒険者受け入れ窓口」と記されており、一人の男性がちょうど話を受けていた。
背中には所々はこぼれしている両刃大剣を背負ってはいたが、アルフィーナやリアと相対したときの圧のような物は一切感じない。
少し期待していたのだが、なんてことは無い結果に、少しだけ落胆した僕がいた。
事の発端は、自身を証明する物が何もないという話をアルフィーナにしたのが原因だった。
アルフィーナは職業柄、イリンナから各都市へと出向くために自身の身を立てるためシグンという最上位の証を手に入れ、ディーネも同様に己の脚で旅をする為に得たという。
無論簡単に取れるような物ではない事は説明を受けているため、取ろうとさえ思ってはいなかったが、その代わりとなる物が必要という説明を受けた。
そして最も簡易な身を立てる証となる物が、この「冒険者ギルド」にて発行される、「ギルドトークン」と呼ばれる証らしい。
イダから受けた知識の中に、「ギルドから依頼を受ける、傭兵に似た仕事がある」というのを聞いていたが、おそらくはこの事なのだろう。
「あそこで自身の名前、得意な得物、魔法を聞かれるから、ソレに答えろ。「難無く」終われば、番号の記された札を渡されるから、戻って来い」
そう言われ、アルフィーナとディーネは冒険者ギルドとは反対側の酒場に移動し、一番ギルド側の四人掛けのテーブルに座り、コッチをみてきた。
ディーネは席に着く前に小さく手を振ってくれて、応援しているようにも見えたが、アルフィーナは追い払うかのようにシッシッと手を払うだけだった。
振り返り、再びギルドのカウンターをみやり、順番を待つべく大剣を背負っていた男の後ろに並び、カウンター越しの二人の会話に耳を傾けた。
「……はい、それでは次に得意な魔法についてお伺いしても宜しいですか?」
「炎系統であれば下位魔法は全て使える。それ以外の炎系統は知識としては知っている、といった程度だ」
「……はい。……では最後に、冒険者ギルドに所属された後に生じる規約についてのご説明をさせていただきます。まず最初にギルドにて受けられる依頼は一度に一つまでで、付与されるギルドトークンと同じ等級の依頼のみとなります。今回、無事試練を終えトークンを与えられた場合、「カッパー」クラスからのスタートとなります」
カッパー、銅という意味だった気がする。さっするにギルドの依頼をこなし、信頼度を得ていけば上位のクラスへと上れ、その手に出来る依頼も増え、富を得られるのだろう。
「トークンの位にはカッパー、アイアン、シルバー、ゴールド、ミスリルとなっており、上位のクラスへ上がる方法はギルドから「ある程度の信頼」を得られれば、上位のものが付与されます。簡単な依頼であれば、数多くこなして信頼を得る事も一つの手ではありますが、同じクラスの中において最も難しい物をこなせばより速く上位へと上がれる仕組みとなっています」
「ふん!俺の大剣にかかれば、どんな魔物も一瞬だ。明日にはシルバーあたりになっている事だろうさ」
男が強気にそういうが、カウンター内のギルド職員は営業スマイルを崩すことなく、微笑み続けていた。
「次に、冒険者同士のルールについてです。冒険者ともなれば、各都市への出入りが簡単な物となります。そのためくれぐれも礼を失する行動にはくれぐれも気をつけてください。と、ここで告げても、素行の悪い冒険者は後を絶えません。そこで、ギルドに所属する冒険者は礼を失した場合の措置として、同じ冒険者による「討伐」を許可しています。無論、多くの証拠を揃えての条件付となります。ですので、くれぐれも他者の名誉を害するなどといった行動はお控えください」
結構、どぎついルールだと思うのだが、「礼を持って接する」という点において、間違う事は無い気がするため、特に問題ないだろう。
眼前の男も一度強く頷くと、ギルド職員も一度頷いた。
「では、こちらの番号でお呼び致しますので、しばらくお待ちください」
大剣を背負った男は差し出された札を受け取り、振り返り、そこで初めて顔をあわせた。
どこの誰とも知らない顔だったが、男は明らかに嫌悪感を抱き、小さく舌打ちをしてわざとこちらの肩にぶつかりながら、歩き始める。
意味が解らず、その男の背中を追っていると、カウンターから声が聞こえ、振り返る。
「大変長らくお待たせ致し…………」
男と相対していた時とは全く違う、笑みの欠片すらない、表情で固まり、言葉が続かず、ただギルド職員の眼下が微かにピクピクと動き、明らかにまねからざる客が来たんだ、と示していた。
「……当ギルドは、魔族<アンプラ>は受け入れが出来ません。お帰りください」
そう笑みもなく告げられ、自分の顔を思い出し、初めて理由が理解できた。
「…………人間ですよ」
理解できても、そう口にして良いのか、一瞬葛藤してしまう。
イダ達の恐れる「人間」である、と自ら口にして良いのか、一瞬迷う。
「では、その顔の紋<ウィスパ>は何だと仰るので?」
「――コレは」
そう言い自らの頬を撫ぜ、素直に「従属の烙印である」と口にして良いのか、迷いためらっていると。
「見間違うな。従属の烙印だ。ギルドの職員として勉強不足ではないのか?魔族<アンプラ>はエルフ種のように耳介の形で判断しろ」
そう背後からの声に振り向くと、そこには追い払うようにした張本人、アルフィーナが立っていた。
「剣姫アルフィーナ様!?な、何故このような場所に!?」
ギルド職員は驚きを隠せない様子で、大声を上げるがアルフィーナがソレを遮るかのような一瞥をくれると、静かになり苦笑を携えた。
「彼は私の同行者だ。旅に同道してもらう以上、身を立てる証が欲しくてな。すまないが手続きをしてもらえると助かる」
「すぐにでも!え、えっと……お名前からお伺いしてもよろしいですか?」
後半は僕に向けての言葉なのだろうが、敬語を使い始めた理由としてはなおも勇ましく職員に睨みを利かす彼女の存在が大きいのだろう。
自身の勉強不足という理由もあるのだが、ここまで毛嫌いにされるとは考えてもおらず、必死に笑顔を取り繕う職員に申し訳が立たなくなり、ただ聞かれることを先走って答えた。
「ミコト・オオシバです。得意な得物は弓……だと思います。得意な魔法は特にありません。身体強化は多少扱えます。……ルールの説明は不要です。さっきの人との会話を一部聞いていましたので」
そう伝えると、先ほどとは違い、乱雑に記入を施し、手早く番号札を差し出してきた。
「こ、この番号でお呼び致しますので、少々お待ちいただけますか?」
その番号札をひったくるように素早く取り、なおをにらみを利かす銀女の背中を押すようにして酒場方面へ退散する。
「……解っただろ?お前が選んだ未来は、これから先ずっと今のようなやり取りが必要になるんだぞ?」
アルフィーナの背中が喋ったかのようにも思ったが、当然そんなことはなく、背中を押されながらにして喋ったのだろう。
「今更別の箇所に施す事も出来んが、せめてディーネのように顔を覆ってはどうだ?」
「……気持は嬉しいけど、今は……いや、これからもずっと、このままで良い」
微かに芽生えた感情を、受け取った番号札にぶつけるように握り締め、微かに軋み悲鳴を上げる札をただ己の熱が残るように握り締めていた。




