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起章:第七幕:月の連星、一人の妖精

起章:第七幕:月の連星、一人の妖精


「今日からココが貴様の部屋だ」


 そう、不満そうに言ったフェリアさんに感謝(?)しつつ部屋を見つめる。

 乱雑に置かれた木箱、幾重にも重なっているロープ、立てかけてあるカーペットのような物、かろうじて差し込む窓の朝日はこれでもか、というくらい舞う埃の自己主張で、特別際立って見え、いったいいつから開けてないのか疑問に思えるほど埃が地層のように重なっていた。

 つまりは、――物置部屋だった。


「私は別に同じ部屋でも良いと思うんだけど……」

「イダは警戒心なさすぎ。ていうか、私もいつまでも旅用の簡易ベットじゃ、身体が痛い」


 僕が二週間前に目覚めた部屋は二人の寝室らしく、そのうちの一つ(フェリアさんのベット)を二週間も使っていたのだ。

 その間、フェリアさんは同じ部屋のベットとベットの間に簡易ベットを作り、そこで休んでいた。一つの寝具を使っていたわけではないが、「川」の字で寝ていた形になる。

 簡易ベットは木材のフレームに、張りのある毛皮を伸ばしただけの物で、フェリアさんが旅の道中に使っていた物らしく、あくまでも「地面や床に直接横になるよりかはマシ」といった代物だった。

 

「でも、どうするの?この部屋片付けたって、うちには三つ目のベットなんて無いよ?」

「床で良いでしょ。床で」

「せめて、フェリアさんの簡易ベットを貸せてください…… 」

「気持ち悪い。臭いでも嗅ぎたいのか、ゴミ虫」


 いや、臭い云々の話じゃなくてね?床に直で寝るのはさすがにひもじい思いをするわけですよ?いや、もちろん、むさくるしいおっさんが使っていたベットと、フェリアさんみたいな美女が使っていた簡易ベットとどちらが良いか、と問われれば後者ですよ?

 

「んー……。じゃあ、私が部屋片付けておくから、リアはミコトと一緒にベット買ってきなよ」

「イダ。そんな事までする必要ないよ。居候なんだから、むしろ庭先に穴掘ってそこで暮らせばいいよ」


 それは果たして居候なのか、と問いたいが、内心フェリアさんに同意だった。自分がココに来てからというもの、食事は一人分増えているわけだし、圧迫しかしていない。

 そのうえ無一文で、収入ゼロのニートなわけですよ。それなのに、快く受け入れてくれて、何も返せていない。その上ベットまで買わせたとなると、いよいよ心穏やかではない。

 

「今回ばかりは、フェリアさんに同意。何も返せていないのに、次から次へと受け取るだけで、罪悪感しかないよ」

「でも、ミコトはまだ自分で収入を得られているわけでもないし……それに……、その……(見返りなんて求めてないし……)」


 後半は消え入りそうな声だったため聞き取れなかったが、イダさんの事だ。希少な薬でさえ見返りを求めず与えるばかりで、きっとこれもその延長なのだろう。

 

「どうしても無理ならお願いするかもしれないけど、まずは自分でなんとかやってみる。使っていい材料とかあるかな?」」

「それならココの部屋のものを使うといい。いずれは処分しようと思っていた物だ」


 みこと は ごみのやまを てにいれた。


「リア!」

「いや、いいよ。これだけ色々あれば、何とかなると思う」


 イダさんの抗議の声をさえぎり、カーペットの束と、木材、ロープを家の外に運び出し、あるものを作り始める。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「これは……何ですか?」

「ハンモックっていうベット、かな?僕がいた世界では、大きな葉を編んで作ったりもできるんだ。それで……こんな風に、柱と柱の間に吊って使う」


 正直、上手く組みあがる自信は無かったが、奇跡的にも上手くいった。

 外でハンモックを作っている間に、イダさんとフェリアさん(口では文句を言いながらも、手伝ってくれた)が協力して部屋に残っていたゴミを処分してくれて、部屋に戻ったときには埃なども無く、キレイになっていた。

 残るはハンモックをつるす箇所だったが、柱の上部に木を打ち込み、止め具として利用し、吊るす事に成功。手で押さえ確認するが、特に問題はなさそう。


「人間は不思議な物を作るのだな。こんなフラフラした物、眠るどころか酔いそうだ」

「乗ってみればわかるよ。意外と揺れなくて、じっと横になっていると包み込まれるみたいに安心できる」


 一人は目を輝かせ、「乗ってええやろ?ええんやろ、なぁ?」と言いたげで(イダさん)、もう一人はどことなく悔しそうに「簡易ベットより遙に寝ごごちが良さそう……。作っているところを見とけばよかった……」と言いたそうな目をしていた(フェリアさん)。

 

「イダさん乗ってみまsk「はい!乗ります!」」

「イダ、危険だからやめたほうがいい。……ここはまず、私が試してみるから」


 この二人、好奇心旺盛なのは良いのだが、フェリアさんの「危険です殿。まずは拙者が毒味を」みたいないつの時代の人間なのかとつっこみたくなる。でも、なぜか二人の関係やイダの生い立ちを詳しく知らない以上むやみやたらにつっこむべきではないと直感が告げていた。

 

「却下です。リア、まさか貴女……「あいすくりーむ」の一件を忘れたわけではないですよね……?」

「いや……あれは、つい……」

「つい……では、ありません!あの最初の一件さえなければ、私は一日早く「あいすくりーむ」を食べれていたのですよ!?」」


 いえ、あのあと五時間後くらいに貴女食べてますよ、イダさん。一日も経ってないです。だって僕、イダさんに見えない角度でフェリアさんのエクスカリバー脇腹に添えられて、否応無く作らされましたもん。なんというか、どの世界にしても食べ物の恨みは怖いらしい……。

 結局、フェリアさんの静止の声を無視し、ハンモックに滑り込んだイダさんが同じものを庭先に作るよう、言うのに二秒と掛からなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今日はココまでで良い。私は一度家に戻ってから、アプリールまで買出しに行って来る。帰ってくるのは明日の夜になる。イダには伝えてあるが、貴様にも一応伝えておく」


 最近、フェリアさんが「ゴミ」「人間もどき」以外に「貴様」と呼ぶようになってきた。大抵は機嫌が良いときなのだが、手合わせ後になにか良い反撃を出来た時なども「貴様」と呼ぶことがある。


「ありがとうございます。それと、その……」


 今、フェリアさんが口にした通り、彼女は食材や、製薬依頼を受けに、アプリールまで出向くことが二週間に一、二回ある。

 雪原都市アプリール。霊峰ン・マゴイ麓にある七大都市の一つで、その頂にある、白宝玉という宝石によって万年雪が降り続けている街。常に曇り空が広がっているが、街全体は火の光で明るく、行き交う人々の表情は笑顔で、空模様とは全く似つかないらしい。

 行ってみたい――、そう思うのは至極当然だと思ってる。というか、このグレインガルツに来て、一ヶ月近く経つがイダさんと、フェリアさん以外の人に会った事が無い。


「ダメだ。イダが許可していない」


 言うまでに拒絶される。過去、何度かお願いをしたことがあるのだが、イダさんもフェリアさんもアプリールどころか、近くのアスール村へ行くことすら許可してくれない。折角の異世界なのに、スライムとエンカウントしないうえに、まだ民家に入って本棚とか調べてない。

 最初にアプリールまでの同行を願い出たときは、イダさんに泣かれながら「まだ、行かないで欲しい」と言われた。それが何を意味しているのかわからなかったが、イダさんの涙はこれ以上見たくなかった。


「私も可能なら、貴様には外界に触れて欲しくない……。そう思う事が……ある」

「箱入り娘ならぬ、箱入り息子ですかね」

「貴様の世界の言葉か?どういう意味だ」

「必要以上に外界との接点を絶たれた娘、それほど大切にしているっていう意味……かな?」

「何だ貴様、女なのか?」

「見りゃわかんでしょうが!男だよ!」

「それにしては童顔で、身長も低い。声音も顔も中性的と来れば、髪でも伸ばせば立派な女だろ」


 人が気にしていることを……。この悪魔め……。 


「話はイダとすると良い。イダが許可をしたのであれば、次回は連れて行く」


 そういい残し、視界からすばやくイダさんの家のほうに消えていく。

 イダさんに言いにくいから、フェリアさんに頼んでいるのを恐らく気付いているのにも関わらず、あえてイダさんに聞けとか本当に悪魔ですよ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 疲れていたわけではないが、あまり急ぎたくなかった。

 魔力切れでも、スタミナ切れでもない。ただ単に気が重く、足取りが重いだけ。イダさんに、なんと言えば良いのか。なんと言えば傷つけず、街へ行くことを許可してくれるのか。


(この世界のことをもっとよく知りたい)


 違う――。


(自分の手に職をつけて、二人を助けたい)


 違う――。


(自分の強さがどこまで通用するのか試したい)


 違う――。


 答えはわかってた。でも、それをイダさんに上手く説明できる自信がない……。結局傷つけてしまう気がする。

 それでももう戻れないと分かっていた。あの無為に日々を過ごしていた灰色の生き方を、このグレインガルツでも繰り返すのか、と自らに問い続けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『探さないでください。 イニェーダ

 追伸。あいすくりーむは食べないでください。

 日が変わるまでには帰ってきます。』


「何がしたいんだ、あの人は……」


 家の扉に挟まっていた白い手紙には短くそう記されていた。時間にしてお昼過ぎだろうか、フェリアさんとの訓練を追え、普通に歩いて帰り考えをまとめようとしたが、上手くまとまらずどうしたものか、と考えていたところにさらに問題発生である。

 フェリアさんの荷馬車は無くなっており、一緒にアプリールまで同行したのかと思案したが、日が変わるまでには帰ると記されているのが事実ならまず無理だ。

 本気で逃げているイダさんを捕まえるのはまず無理。一度だけ、イダさんと手合わせをした事があるが、あの人の前では「時間」そのものが意味を成さない。

 どんなに逃げても、次の瞬間には目の前におり、フェリアさんさえ苦戦する魔力針の罠も一つも作動していなかった。

 

「アイスクリームを犠牲にすれば確実に召喚できる気がする」


 が、後のことを考えると怖い。あのフェリアさんでさえ、仲直りするのに三日要した。「街に行きたい」という話をする以前に、口も聞いてもらえないとなると困る。結局、自らの足で探し回るしかなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「アイツが、またアプリールについて来たいと言ってたよ。とりあえず、イダに許可を取れと言ってあるから、今回は連れて行かないけど、いい加減決めたらどうかな」


 そう、顔に汗をかいて息の荒いリアに言われる。


「私は……」

「イダが何を気に掛けて、アイツを街に行かせたくないのか、それは理解できてる。そして、イダの想いも今となっては理解できる。アイツは私たちから言わせれば「人間じゃない」。無論今はまだ、っていう言葉がつくけど」


 怖い――。真実を知ったときのミコトの変わりようが。

 怖い――。今まで接してくれた、あの笑顔を失うのが。

 怖い――。ミコトが「人間」になってしまうのが。


「イダは昔私を側に仕えさせてくれた時、言ったよね。『私は貴女に全幅の信頼を寄せる代わりに、貴女には―――――』って。あの一言で、私は救われたんだ。あの何も見えず、光明なんてない世界からイダっていう光を教えてくれた。同じことをミコトに言ってやると良い。あいつは昔の私と同じ臭いがする」


 そう良い、苦笑するリアはいつも困らせてばかりの存在としてではなく、「姉」として助言をくれる。


「それとさっき、アイツが面白い言葉を教えてくれたよ。「箱入り娘」だってさ。必要以上に外界との接点を絶たれて、それほど大切にされた娘の事を言うんだって。まるで誰かさんの事みたいで笑いそうになったよ。もっとも、私がみたのは「箱」じゃなくて、「鳥かご」だったけど」

「リア……、私はミコトにとっての重しになるのでしょうか?」


 もう興味を無くしたのか、タオルで汗をぬぐいつつ、荷馬車に乗り込むリアの背中は「自分で考えな」と言っているようだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「やられた……」


 イダさんが居なくなって、真っ先に探す場所を探せていなかった。というよりも、これは一種の認識阻害魔法だろう。掛けた本人が解除するか、魔力が切れるか、なんらかの理由で集中出来なくなった時に解除される。

 そのイダさんが居るであろう場所を思い出すのに、お昼過ぎだった時間も暮れに暮れ、蒼と朱の双月クフィアーナが顔を出していた。

 双月に照らされ、浮かび上がる屋外ハンモックの中に、猫のように丸まっているローブをまとったイダさんを見つける。リズム良く寝息を立て、夜空色の黒髪も月明かりに照らされ、光り輝いていた。


「起きて下さい、イダさん。風邪ひきますよ」


 声をかけると、ゆっくりと眼が開き、視線が合うとイダさんはハンモック上で飛び上がってしまい、バランスを崩した。


「危ない!………痛った…、イダさん怪我は?」


 なんとか抱き寄せる事が出来たが、後ろに倒れてしまい、後頭部を地面にぶつけてしまう。痛みを我慢しつつ、声をかけ眼を開けると、目の前にイダさんの青い瞳が二つ並んでいた。

 いつもならこの距離で目線を合わせると、イダさんは真っ赤になり、逃げていく、もしくは固まってしまうのだろうが、今日は何故か目線をそらさず真正面に捉えられてていた。

 


「あの……」


 声を出せば息の掛かる距離に戸惑いを隠せず、何か言わなければと考えるがまとまらない。


「イダさん、僕は……」


 街に行ってみたい。でもイダさんが拒否するのであれば……。この灰色の世界でも我慢はできる。

 

「何も言わなくていいです」


 そう告げ、指を押し付けられ唇を塞がれる。


「一つだけ条件があります……、街へ行くための条件。私は……ミコトに全幅の信頼を寄せる代わりに、貴方には…………何があっても裏切らない私の、「家族」になって……欲しい」


 イダは控えめに告げ、微かに目線をそらした目じりには水滴が出来、双月に照らされ輝くそれは、自分がどれほど望んでも手に入らなかった物を手に入れた事を告げる、儚い印だった。   

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