承章:第十三幕:応えるために
承章:第十三幕:応えるために
枝の上で刃に写りえた自身の顔を見て、そこにイダと同じ形と色をした烙印がある事に何故か安堵を覚える。
アルフィーナ曰く、絶対に後悔する、という言葉をもらってなお、頑なにイダと同じ物を求め、結果アルフィーナが折れた。
意外な事にディーネは否定するでもなく、肯定するでもなく、ただ事の成り行きを見守り、頬にイダと同じ文様が浮かび上がった時、似てますね、と一言コメントをくれただけだった。
頬を風が撫ぜて、己が今戦いに身をおいている事を思い出し、再び前を見据える。
そこにはただ木々の枝が邪魔をしているだけだったが、瞼を閉ざしもう一つの「眼」で、銀風の様子を伺う。
距離は二百メートルをきり、その間全力疾跳しているというのに、息が上がっていない。時折こちらのトラップでも警戒しているのか、瞳がせわしなく動く事があるが、そんな物は一切置いていない。
一歩……いや、一跳毎に脚へ送られる魔力操作には無駄がなく、リア程の精度を誇る人物が居ると思うと、自然と引き締まる物がある。
やがて残り百メートルといった所で、アルフィーナが脚を止め、銀の剣へと手を伸ばした。
抜剣してから、残りの距離を詰めるのか、とも思ったが、アルフィーナの口が動き、「何か」を口にした時。
立っていた枝の上から遥か上空へと飛び上がった。
「耳」まで借りていなかった為に起きた事。「眼」で見て取れたのは彼女はただたった一言口を動かし、装飾の施された銀の剣を抜き放った。ただそれだけ。
それだけなのに、上空から見える景色は「異様」の一言で尽きた。
その証拠に、アルフィーナが立って剣を抜き放った地点から、扇状に広がるようにして、僕が隠れていた木を含めて全ての樹木が音を立て、砂塵を舞わせ倒れていったからだ。
その光景を、上空から落下しつつ見つめていると、アルフィーナも僕の存在に気付き、抜き放った剣を鞘へと戻して、かすかに微笑んだ。
その微笑は僕が避けきった事対して放たれた物なのか、それともただ仕留め損ねた自分に対して自虐の意味を込めて微笑んだのかはわからない。
わからないけど、たった一つ。解った事がある。
少なくとも、アルフィーナが放った一撃は確実に「手加減」された物には見えない上に、彼女も僕が「眼」を借りて戦いを挑んでいる事を理解して、言葉にしたのだろう。
剣を抜き放つ前に、たった一言。
「死ぬなよ……か。まぁ死にはしなかったけど……。死ななければ良いってもんでも無いと思うんだけどな……」
現に眼下にある、僕が身を隠していた木を見つめると、ちょうど枝で覆われ居た僕が隠れていた場所。
その場所が綺麗に斜め上方に向け切り裂かれていた。
気付いていなかったら、確実に死んでる。それくらい彼女の本気さが伝わり、どう応えたものかと落下しつつ考えをまとめ、一つの答えにたどり着く。
――魔法を使わず、彼女に肉薄して勝利を告げる。
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上手く手加減できたと思う。
いや、本気は出していたが、ちゃんと気付いていない事を想定して紙一重の所であいつに傷を付けない様に斬撃を放った。
一応私が使える技の中でも、わりと「使わない」部類に属する物。「使いにくい」のではなく、あえて「使わない」ようにしている技。
ソレは何故か。簡単だ。
「剣士」として最も怖いのは「剣の届かない間合い」に標的がいる事だ。まずそうならないように、肉薄し続けるが、初手からミコトに離された以上、我侭を言っている場合ではなくなった。
本来なら、相手を視認してから放つ技でもあるのだが、ディーネから教わった加護を利用した索敵を用いて、彼が何処にいるのかどういう姿勢でいるのか、と手に取るようにわかったため、私が放つ事が出来る最大距離に捕らえた時点で、攻撃を行った。
一瞬の不意をつく事に、私も少し罪悪感が生じ、「死ぬなよ」と願掛けのように言葉にしたが、彼に伝わったかどうかわからない。
それでも彼を試したいという思いは変わらず、剣を抜きほんの刹那に魔力を操作して、剣撃を飛ばす。
眼前に無数にそびえる木々が音をたて砂塵を舞わせて倒れ行く中、私の標的は遥か上空に飛び上がり、徐々に落ちてきた。
その様子を視た私は何故か、安堵を覚え、同時に自分がしでかした行為について冷静になる事が出来、それでもそれを回避した彼にどんな顔を向ければ良いのか解らず、ただ微笑んだ。
その微笑を受けた彼もまた、何かを思いついたかのように微笑みを宿し、その頬に刻まれた烙印をほんの微かに歪ませた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
徐々に落下していく中、アルフィーナは追撃を放とうとせず、中空で回避が出来ないものとでも捕らえている様子だった。
本来ならそうなのだが、無いわけでもない上に、初手でやったように咄嗟にできるほどの錬度は有している。
が、どこまでやれば彼女の「期待」に応えられるのか解らず、とりあえず眼に見えるようにしての使用は控え、思いついた作戦を実行する。
魔法は使わない。最も着地する際には使用するが、それだけだ。それ以降は己の身体能力と「最低限の戦闘技術」を持って、相対する。
落下しつつ決意を新たにしたところで、ポーチから二センチ程度の小石を取り出す。
「見た目」にはなんの変哲もない小石だが、「ある特定の条件下」で反応を示す。
本来なら視線を誘導した後に使うべきなのだろうが、魔力弾<タスク>を避けるという事をしなかった彼女だ。
きっと僕の「期待」に応えてくれる。
右手のガントレットに備え付けられたアルトドルフを展開し、矢弾をつめる場所にポーチから取り出した小石をセット。
レティクルを眼下に居るアルフィーナより少し上を捕らえ、親指を内側に折ることでトリガーを引く。
予定通りに彼女の胸元を目掛け、言われねば気付かぬほどの放物線という直線で小石とアルフィーナとの距離が縮まり、やがて彼女が再び剣を抜き放ったのを確認した瞬間。
僕は「全ての眼」を閉ざし、その「ある特定の条件下」が訪れるのをただ待った。
刹那、金属が硬い何かに当たったかのような小さい音を「耳」が拾い、結果を理解した。
アルフィーナの胸元で、第二の太陽とも思えるほどの光量が発せられた事を。




