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承章:第十二幕:紋を宿す


承章:第十二幕:紋を宿す


 アルフィーナの脅迫?を受け、彼女に対する考えを改めてからというもの、吹っ飛んだ独房の扉を放置して、個室に案内された。

 既に部屋の中にはディーネが居り、慌てた素振りと一緒に「さ、さっきの音はなんですか?!」と不安げにたずねてきて、アルフィーナを見据えると、


「立て付けが悪い扉があってな。勢い良く倒れただけだ。気にするな」

「そ、そう――なのですか?」


 ディーネの言葉の後半はアルフィーナにではなく、僕に向いて発せられたため、否定する為に左右に首を振った。

 その様子を見て、再びディーネがアルフィーナを振り向くと、ばつが悪そうにあさっての方向を向くアルフィーナ。どこか顔に汗が浮かんでいるように見えたが、きっと気のせいだ。

 ついでにふしゅーふしゅーと口笛になっていない口笛が耳に入ったが、これも気のせいだろう。


「と、とりあえず、だ。……ディーネ、ミコトは私の旅に同道する道を選んだぞ」


 そのアルフィーナの言葉に、ディーネの身体全体がピクンと小さく揺れ、漆黒のヴェールが再び僕の方へ向き、その下から優しい声が響く。


「良かった……。本当に良かったです……」


 後半はなんだかヴェールの下で泣いているような気さえしたが、涙が伝ってない以上、たぶん気のせいだろう。


「……ディーネは本当に良いのか?私の旅にミコトが同道する以上、常に危険にその身を晒されるのと同じだ」

「構いません。むしろ、ミコト様の元に私の命があるのであれば、これ以上に無い程安全な場所である、と私はそう思います」


 真正面からそう言われると、悪い気なんてしないが、どこか気恥ずかしい。ソレと同時に、自分の命じゃない、と酷く重い物を預かった気分になった。


「……悪いけど、ディーネさんはこれか先何があっても良い様に、常に誰かの近くに居て欲しい……。もし……もしも、僕が大怪我した時なんかに、直ぐに誰かに対処してもらえるような……」


 何がっても「絶対に無傷でやり過ごせる」そんな自信は1ミリグラムさえ有していない。

 だからこそ、何が起きても良い様に、彼女には誰かの傍にいて欲しかった。未熟な僕に頼んでいない事とはいえ命を預けた以上、僕もそれに応えたかった。


 ――が、目の前の漆黒ヴェールさんは首をかしげるだけで、僕の言いたいことを理解出来ていない様子だった。


「いや、だから……」

「私は既にミコト様の所有物なのですよ?ミコト様がアルフィーナ様の旅に同道すると決めた以上、私もその旅に同道しようと思います」

「まぁ、そうなるだろうな。イリンナに居る王でさえ、数人から与命式を受けていると聞いている。その何れも場内である程度の自由が許されているとかなんとか」

「つまり、ミコト様は私の主なのです。主が行く所、常に私も同道致します。……コレから永久にお傍に居ります。我が王よ」


 そう言い、置いてけぼりな僕を放置して、石壁に囲まれた一室で漆黒のヴェールをつけた女性がひざまずき、胸に手を当て頭を垂れる。

 その先には僕が立っており、しばらくして頭を上げたディーネがヴェールの奥で笑みを宿している、と何故か理解できた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それじゃ、ミコトの鼻の下が良い感じに伸びた所で、今からお前に刻む烙印についての話に入りたいのだが、良いか?割と真面目な話だ」

「の、伸びてないし!っていうか、最初から真面目な話だったと思うんだけど?!」

「ふむ……。では鼻の穴を良い感じ広げたり閉ざしたりしてる所で、真面目な話をしよう」

「……もう好きにしてくれ……」


 頭を抱えたかった。

 アルフィーナは顔は良いし、博識だし、礼儀正しい。何処に出しても美少女の烙印を押される事間違いないのだろうが、いかんせん口が悪い。

 口を閉ざしていたら完璧なのに、と彼女の前で言うわけにもいかず、床に視線を下ろす。

 その先には、石畳みのような多少なりとも凹凸のある床を文字通り頭をかかえた、ディーネがゴロゴロと床を転がっていた。


 事の発端はディーネが僕をどう「呼ぶ」のかを、決めたいと言ったのが原因だった。


 アルフィーナとしては僕を「王」と呼称するディーネをあまりよく思っていない。というのも彼女は既に王に仕えていた騎士であり、二人目の王と置きたくないという理由からディーネが僕をそう呼ぶだけでも嫌なようで、ディーネがコレに渋々同意した。

 結果、僕は「ミコトで良い」というが、これをディーネが猛反対した。


 彼女曰く、「絶対にありえない」との事。何があっても「様付け呼称は絶対」らしく、思いついたのをディーネが難無く口にして、その都度僕が却下を下す。


「ミコト様」

「最初と変わってないじゃないか……却下」


「王様」

「却下」


「主様」

「……却下」


「ご主人様」

「…………却下」


「旦那様」

「………………却下」


「……お兄様?」

「………………………きゃkk――今なんて?」

「冗談です」


 ざ、残念だな、とか思ってないし!?

 

 結果、ディーネは早くもネタが尽きたらしく床を転がり、そのやり取りを視ていたアルフィーナに興奮するな、と諭され、やれやれと肩をすくめる。


「私だけか重い気分に浸るなんて、馬鹿馬鹿しくなってきたな……」

「僕は割りと真面目に聞いているんだけどね?」


 やや一名。早くも蚊帳の外になりつつある気がしないでもないが、恐らく気のせいだろう。


「……ハッ!?――神様!?」

「そのまま転がっててください。ディーネさん」


 会心の答え?を否定されたのがショックだったのか、さきよりも早くゴロゴロと周り始めた。どうやらいつもより余計に周っているらしい。

 それにしても回転する力が加わり、何度かヴェールがめくれそうになるが、決してめくれず中身(素顔)が見えないのがなんだかチラリズムがある。


「ったく……。まぁまずは説明からだろうな。今からお前に刻む烙印は先にも話した通り、ある種の枷だ。お前が私が立てた誓いを破りにくくなる。そういったものだ」

「破ろうとした場合、どうなるんだっけ?」

「抗いがたい苦痛がその身を蝕む。……と、言いたい所なのだがな……。お前にはもうお前の「痛み」を肩代わりする人物が一人居る。お前が私の誓いを破った所でお前の身に降りかかる痛みは……」


 そう言い直を床で転がるディーネ見つめ、小さくため息をした。


「そこで転がっているのがミコト、お前の痛みを肩代わりする人物だよ……」


 心底疲れたかのように、そう小さく口にした。

 話を振られた本人はそれに気づかずなおも頭を抱えゴロゴロして呼び方を考えていた。


「烙印の形や色、身体のドコに記すか選べるが、何か指定があるか?」

「てっきり焼き鏝でも押し当てられるのかと思ってたよ。……アルフィーナが今まで見てきた烙印保持者はどこに現れていたんだ?」

「主に、腹部や背中だな。理由としては簡単だ。衣類さえ纏っていれば、烙印を他者に見られることが無い」

「視られて何か困る事があるの?」


 ふと感じた疑問を口にすると、アルフィーナの顔に影が差し、あまり答えたくない内容なのだろうか、と一瞬思案した。


「……烙印の保持者は、魔族<アンプラ>となんら変わらない扱いを受ける。亜人種が街の中で冷遇されているのはお前も目にしていると思うが、魔族の扱いはそれ以上だと思って良い」

「今まで、アルフィーナが視てきた中で最も酷い扱いは……どんな物があったんだ」

「……そうだな。生きた人間大の的として、重宝されるからな。ミコトが目にした通り「的」になって、それでも直生きているようであれば、怪我の度合いにもよるだろうが、軽症なら再度「的」に。運が良ければ鉱山奴隷だろうか?まぁ、運が悪ければ落盤に巻き込まれて死ぬんだろうけど。重症を負っている様であれば、呪術の贄として歓迎されるんじゃないか?」


 頭を重い鈍器で殴りつけられたような衝撃だった。

 アルフィーナが口にした、「的」になった説明を受けたからじゃない。

 運良く生きていても、鉱山奴隷となるという話を聞いたからじゃない。

 呪術の贄として歓迎されるという事実を突きつけられたからじゃない。


 アルフィーナはただ、表情を全く変えずそう口にしたからだ。

 まるで人が害虫を殺めるのに、なにか問題でもあるのか?と言いたいかのように。


 生きてきた世界が違う。その一言で、ここまで変われるものなのか疑問を抱き、もし僕が彼女同様に家族を魔族の襲撃で失っていたら、ここまでうらめるのだろうか。

 アルフィーナはただ、自身の復讐の為に命をすり減らしている。それが手に取るように解る。

 

 だったら僕は、イダに命を救われ、リアに戦い方を教わった、僕は。何に対して命を使っていけば良いのか。

 決まってる。一時の気の迷いだった、「人間への復讐」じゃない。


 イダのような、リアのような、あるいはリュスとの決闘で命を散らせたあの魔族の少女のような。

 そんな「人」達の為に、アルフィーナとは真逆の立ち位置で、命をすり減らす道を選ぶ。


 その一歩目として、僕は――。


「――群青色の鳳仙花の種に似た模様を」


 そう口にすると、眼前のアルフィーナは目を見開き、床で転がっていたディーネはその動きを止め、僕を見上げる。


 そして、


「双頬に刻んでくれ」


 その言葉に、二人は息を呑み、しばらく静寂が訪れた。 



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