承章:第十一幕:微笑みと群青色の烙印
承章:第十一幕:微笑みと群青色の烙印
自分より移動が速い相手に勝つ為にはどうすれば良いのか。
相手に移動を意識させなければ良い。
回避と移動は別物で、ただ只管に相手を回避に専念させる事、常に肉薄して攻撃し続けろ。見失えば終わったと思え。
それが私に剣を教えた師の言葉だった。
その通りだと思っていたし、現に今までその戦い方でいくつもの勝利を収めている。そしてミコトと初めて邂逅したとき、彼は私の追跡をものともせず、彼に追いつく事が出来なかった。
だから今回も同じように、私はミコトから離れるつもりは一切なく、常に彼を視界に納め続け、肉薄する事を意識していた。
が、現実は、甘くなかった。
ディーネの手が振り下ろされ、模擬戦とは言え彼の力量を測るための試合が、一瞬にして「終わった」。
たった一回。私の瞬きの一瞬。瞳を開いたその先にたっているはずの彼は居なくなっており、地面から小さい砂塵が舞うだけで、私は完全に彼を見失った。
慌てて周囲に気を配るが、既に完全に私の探知外へと逃れており、姿どころか気配すらわからなくなった。
ましてや相手は弓兵。剣で接近戦を挑むのであればともかく、勝ち目が更に薄くなる。
それでも、その事実を知った私の双頬は確かに吊りあがり、口が弧を描いていた。
想像以上。それが私の答えであり、同時にそれほどの技量を何処で身につけたのか、何を理由に磨き続けたのか、ソレが気になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
初手から本気だった。
というのも、アルフィーナから「お前の力量を知りたい。本気で戦ってくれないか」と言われたからだ。
案内された森は数日前にリュスとの決闘で用いられた森の傍で、白宝<アリア>の影響外らしく雪は降り積もっておらず、どこかイダやリアと暮らしていた森に酷似していた。
それがどこか懐かしくなり、いつも決闘の開始と同時に急接近してくるリアに対処するため、初手から「本気で逃げる」癖が発動し、アルフィーナが瞬きをする瞬間を狙い、彼女の視界から消えうせた。
最初はただ真上へと飛び上がり、森が一望できる高さまで来ると、魔力弾<タスク>をブロック状に展開。足場として踏み込む力ど同等の力で押し出し、空中に押しとどめて決闘を開始された場所から一キロ近く離れる。
飛翔中に視界を彼女の傍で漂っていた精霊の目で彼女を見ると、完全に見失った事に焦ったのだろう、慌てて周囲を見回していた。
彼女は以前、僕の追跡を行った際、気配による追跡ではなく、僕の足跡を基準に追いかけていた。その証拠に、地面以外の場所、木の枝や幹そのもの、岩などの足跡が残りようが無いものを足場に移動すると、彼女との距離が開いていた。
これはつまり、魔力感知の技術がお粗末という意味なのだろう。現に一キロ離れただけで、彼女は簡単に僕を見失った。
「リアなら空中に漂う魔素の道から、僕の居場所を割り出すんだけどね……」
そう言いながら、森の中地面へと着地して、周囲を伺った。
小動物以外の気配が無いことを確認してから近くの木の枝に飛び上がり、左肩に吊っていたヴィルヘルムをおろす。
これから先、彼女と多くの戦闘を超えなければいけない、それが解れば、自身の答えをおのずと導き出す。
アルフィーナが僕の技量を問うたように、僕も彼女の技量を知っておかないと、何が出来て出来ないのか解らず、手を出しあぐねてしまう。
よって、いきなり自身の最高火力を叩きつけるつもりは無いが、ある程度本気でいかないと、はかり違えてしまう可能性がある。
目を閉じ、精霊の目を借りてアルフィーナの周囲を伺い、手元には魔力弾<タスク>を矢状にして、弦の変わりに魔力を糸状にして、引き絞る。
アルフィーナはなおも周囲を見わたし、僕の存在を何とか視認しようとしていたが、無駄。
そして、指から魔力弾<タスク>を離し、放たれた魔力弾<タスク>を蛇行させながら、ただアルフィーナを射抜くために走らせた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アルフィーナ様、ご助言が必要でしょうか?」
思わぬ所からの助け舟にどう返事を変えそうか思案していると、一つの気配が急接近する。
それは森の中に、細く鋭い空間を作るようにして飛来する。直進はせず、緩やかに蛇行したり、時には直角に曲がったりと、せわしなく動き続けていたが、狙いは私らしく着実に近づいてきていた。
これが「普通」の矢であり、緩やかに放物線を描いて飛来するものであれば、彼の大まかな居場所はわかるが、彼が飛ばしたのはリュスの決闘にも用いた魔力弾<タスク>の可能性が高い。
であれば、恐るべき精度を誇っており、それは脅威以外の何物でもない。
「……何かッ!――ディーネに策があるのか?」
彼の飛ばした魔力弾<タスク>は魔法である以上、私には効かないがそれでも、左肩部甲冑に当たる瞬間、抜剣し二つに叩き斬ると、形を維持できなくなり、霧散する。
「いえ。策、という程の物でもありませんが……。アルフィーナ様は今、ミコト様の居場所が掴めていないのではないでしょうか?」
「視れば解るだろう?……大した弓術士だ、よッ!」
二つ目の魔力弾<タスク>は右肩部を射抜かんと飛来したため、当たる瞬間上半身を横にしてやり過ごした後、離れる前に叩き斬る。
「ですが私にはミコト様の所在が解っていますよ?」
「……アイツの動きが見えていたっていうのか?」
「あぁいえ……。さすがにあの動きは目では追えませんでしたよ。むしろ、私もアルフィーナ様同様にミコト様を初動で見失い、慌てて周囲に気を配ったくらいですから」
「それなのに、アイツの居場所がわかるのか?」
三射目が来らず、話に集中しようとディーネの方に振り向く。
「ですが、あまりアルフィーナ様に肩入れするとミコト様に怒られそうなので、たった一言。「この世界に置いて、ミコト様がどういう存在なのか」をお考え下さい。そうすれば私が使っている手法を用いて簡単にミコト様の所在がわかるはずです」
その助言を受けて、ディーネが彼に対して言った話を想いだす。精霊種の加護を一切受けていない、この世界に置いて生命とすら定義されない存在。
それでも彼は呼吸をして、考え、動き、感情を持つ。でもそれだけだ。
ちょっと変わった人間。それくらいの答えしか導き出せない。
「……フフ。アルフィーナ様以外と頭が硬いのですね?」
「うるさいな……。私だって、頭の回転が悪い事くらい知っているさ。考えるよりもまず身体が動くタイプだ」
「しょうがないですね、では先生が特別なヒントをもう一つお伝えしましょう。……そうですね、アルフィーナ様が今まで対峙して来た「人」は皆ある物を用いて防御に転じていたはずです。アルフィーナ様は恩恵のおかげで、そうしなくても良いはずですが、他の人はそうではありません。だからアルフィーナ様は「それ」の扱いに不得手というだけで、あまり試した事がないのでしょうけど、「普通の人が防御に用いる物を、薄く広く延ばして攻撃に使ってください」。普通の人とは違う、アルフィーナ様にしか使えない手法かと。最もそれは「戦闘中」に限った話しでしょうが……と、言えばお分かりになりますか?」
ディーネの嬉々とした声を聞き、一般兵と私の戦い方の違いを思い出す。
彼らは自身の加護<リウィア>の力を用いて、防御力の上昇や、魔法に対する抵抗力を有する。しかし私にとって言えば、ソレを使わずとも魔法は効かないし、物理的な攻撃は弾けば良い。
よって加護<リウィア>の力を戦闘に用いた経験が無い。
「本来なら、加護<リウィア>の力は身に纏い使う物ですが、今私がやっているのは「薄く広く延ばして」います。アルフィーナ様ほどの技量がおありでしたら、それだけでミコト様が何処にいるかわかるはずですよ?」
それは防御を捨てる事と同義であり、何よりソレを行う事でどの様な結果が見えてくるのかまるで解らなかった。
「自身を中心に加護<リウィア>を薄く延ばして、周囲の精霊種の気配を感じていってください。そうすれば、「何か」に気付くはずです」
言われたとおり、あまり使った事の無い、知識としての使い道を知っている程度の自身の加護<リウィア>を延ばしていく。
最初はただ、漠然と「壁」という答えしか見出せなかったが、やがて地形に応じて凹凸が発生し、小動物や樹木の違いを理解出来るようになると、一つ違和感を感じた。
ソレは木々の葉の中に隠れ、枝に乗り弓状の何かを私に向け構えている、「何もない空間」。
地面の凹凸や、石類の有無で、加護<リウィア>が押し返されて、形状が変わるのは解る。
でも、木の枝の上に、人型の岩があるはずもなく、それが何なのか、問うまでもなかった。
「…………。いつからこの方法を理解していた?」
「ミコト様と始めてお会いした時点で、でしょうか?……ですが、まぁこれにも弱点がありまして……。完全な密室に逃げられると認識できなくなります。あくまでも外部でのみ使える技術だと思ってください」
そう控えめに告げられるが、これはある種彼に対する切り札だろう。しかも、彼にしか効果がない。
だが内心、世界が彼を「生命」として捉えていない、その最もたる証拠を突きつけられた気分で妙な感情が心のうちに芽生える。
「――ありがとう、ディーネ。コレを元に、この勝負私が勝つ!」
その心のうちに芽生えた、感情に名をつける前に、その感情を私が立っていた場所に置き捨てるかのように、ただ「何もない空間」を目指し低く、速く跳んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
速い。
木々の間を跳ね、前へ前へと着実に僕の方へ銀色の風が疾駆する。
その気になれば逃げ切る事も出来るだろうが、今求められている答えとはどこか違うように感じる。
だから、という訳ではないが、ヴィルヘルムを左肩に戻し、止め具で固定する。
それから腰に吊っている一本のダガーを鞘から引き抜く。
殺めた竜に似て、青白く淡く輝くそれは、アルフィーナ曰く彼女の剣と同等の位を持つほどの武器であり、罪の象徴であり、大切な人を救った証。
刀身を見つめているだけで吸い込まれそうなほど美しいが、光の角度とあいまって、鏡のように僕の顔を映し出す。
どこか憂え、微笑みを宿す、顔を。その顔の双頬に群青色の鳳仙花の種に似た烙印と共に。




