承章:第九幕:新たな答えと、決意
承章:第九幕:新たな答えと、決意
「……取り乱してすまない……」
「いえ。アルフィーナ様の剣は「人」を殺める為に磨いた物ではない事を、改めて深く理解しました。私はそう思っています」
ミコトを独房に戻し、血の海となった部屋の一つ隣の部屋で、ディーネと向き合い座る。
「……情けない限りだ……。覚悟はしていたんだがな……」
「その覚悟は「ミコト様を裁く」という物であって、「私に及ぶ被害」の事を考えていなかったのですから、仕方の無い事です」
乗り越えた。
今まで数多の戦闘をこなし、多くの魔族<アンプラ>、魔物<ディアブロ>を殺めてきたのに、いざ己が「人」を傷つけると、身体の震えが止まらなくなる。
私が生まれ育った村に訪れた惨劇が色あせたとはいえ、なおも鮮明に眼前に見えてしまう。
優しく微笑む母の顔が、恐怖に染まりきった表情のまま固まり動かない。
時として厳しく接してくれた父の顔が、懸命に何かを叫んだままの表情で、固まり動かない。
いつも一緒に過ごしていた、私が守ってやると言った事で泣いていたのを笑みに戻した、そんな妹の顔も固まり動かない。
私もまた、ただ固まり、震えた。見つかりませんようにと、それでも目だけは見開き、この景色を絶対に忘れてはいけないと。そして火の中に、魔法が飛び交う戦場に、ただ魔族と魔物のあざ笑う声が響き、私はいつの間にか意識を手放した。
意識を取り戻してからは、怪我を治す事よりも、ただ復讐を誓い、闇雲に技術を磨いた。あの日の誓いを胸に一歩、また一歩と私は復讐を果たしている。
そう感じ、理解していても、私はきっとあの村での惨劇から何一つ歩が進められていない。
自分が関与していない「人」の怪我を視ると、赤い血潮を見ると、震えてしまう。
「答えてくれ、ディーネ……。いつ、ミコトに対し与命式<タシアスタ>を執り行った……」
頭を振り、あの景色から逃れ、話題を変える意味を含めて、ディーネに問う。
「昨日です……。ミコト様に睡眠の魔法を施してから、行いました」
「……、お前は私がミコトに行う術にも心当たりがある、と言っていたが、なにをするつもりだと思っていたんだ?」
「……従属の烙印をミコト様に刻むのでは、と愚考いたしました。あれをミコト様に刻めば、ミコト様はアルフィーナ様の傀儡に成り果てる」
従属の烙印。奴隷落ちとした人に施す呪術で、烙印を刻む主の命令に逆らえなくなる物。その命令に逆らうと耐えがたい苦痛が待ち受けている。
「当たりだよ……。でも私は彼にただ「人を傷つけるな」という条件を提示して、それ以降何かを命令するつもりなど無い」
「アルフィーナ様。これは私が得た少ない情報からミコト様を考察した結果、導き出した答えなのですが、一つ良いでしょうか?」
「……なんだ?」
一呼吸を置き、ディーネは静かに続けた。
「……アルフィーナ様の考えは「正しい」と思います。人間誰しも、己に痛みが伴えば、身体が鈍り、躊躇します。ですが、アルフィーナ様がミコト様に先ほどの「人を傷つけるな」という条件を突きつけたとしても、ミコト様は「止まらない」でしょう」
「それは……ミコトを連れ旅をしても、また殺人を犯すと言いたいのか?」
「いいえ。あの御方は、自身をすり減らしてでも、誰かに尽くせる。そういうタイプの人です。例えば、アルフィーナ様が誰かに危害を加えようとされるとします。結果アルフィーナ様が傷を負えば、ミコト様は報復すると思われます」
ディーネのその言葉に私はありえない、と心でつぶやいた。ミコトは確実に私を恨んでいる。決まりきっている。私と出会っていなければ、アプリールで時間をつぶす事も無かっただろう。それはつまり「イニェーダの生死」に直接関与することだ。
あのクズの決闘に私の為に応じていなければ、ミコトは「間に合った」かもしれないのだから。
「ミコトは私を恨んでいるよ……。そんなの解りきっている……、だからディーネのいう様な事は絶対に起こらない」
「それは、アルフィーナ様がアプリールにいたからですか?リュスと呼ばれる騎士との決闘に応じたからですか?」
「その通りだよ。……ミコトがあそこで時間を潰されなければ、間に合ったかもしれない。私もそれを罵られたなら多少は気も晴れるのだがな……あいつはそれを言わない……」
私自身わかっている事、いや私でさえ同じ状況なら、口汚く罵るだろう。でも彼はそうしない……。
「当たり前ですよ。ミコト様にとって貴女はもう隣を歩く存在だと思ってるんですよ」
「……なんだソレは」
私の問いにディーネはただ呆れたように、肩をすくめまるで出来の悪い生徒にしょうがなく答えを教える先生のように、優しい声音で答えた。
「お解りになりませんか?――仲間ですよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アルフィーナに独房へと戻され、床に薄く敷かれた寝藁を背に天井を見上げていた。
小さい窓からほんの微かに差し込む光は、陽の高さを示し、その光が丁寧に畳まれたボロ布の様な毛布に注がれていた。
それはつい先刻、ディーネと取り合った彼女の「家宝」だ。
厄介な人だ。ディーネ、彼女自身が嫌いという訳ではない。むしろ好感を抱ける人だった。
時折取って付けたように「お優しい」とつけ名前を呼ぶ、その理由も明らかなものとなった。
俺は……死ねない。
少なくとも寿命を全うするのが彼女にとっての「お優しいミコト」なのだろう。
人を憂える。
イダ。
自らが世界から、人間からどう思われているのか理解してなお、人間の俺の命を救い、自らの命を危険に晒すかもしれないのに戦う術を教えてくれた。
今もう会えない所に行った。そして今目の前に、過去にイダが救った命が現れた。その命は、俺に生殺与奪を与えて、考える機会をくれた。
このまま腐ったまま、何も出来ず、異世界に骨を埋めるのか。何のためにこの世界に訪れたのか。こんなつらい事が待っていると知っていれば、訪れなかったかもしれない。
でも、決まってる。
少なくともココに来てからは、あの灰色の世界で得られなかった物を多く得た。
イダはその中で一番大きい物かもしれない。でも、ほかの出会いが、小さすぎるのかと問われれば、否だ。
だったら、俺はどうする。お優しい――人を憂える「僕」は、どうする。
……そんなの決まってる。




