承章:第六幕:ただ、揺れる決意
承章:第六幕:ただ、揺れる決意
夢を見ていた。
何でそれが夢か解ったのか。簡単な事だ。
大切なはずの人が、徐々に焼け落ちていく。そんな夢。
相変わらず、何かをつかめそうで掴めない、小さな手が微笑む女性に手を伸ばす。
届きはしない。それでも届くのではないか、と必死に手を伸ばす。
やがて女性は止まり、世界が灰色になり、白黒写真が火に炙られたかのように虫食い状態になる。
そして、灰になる。
いつもの夢。記憶。
何一つ変わらない。
微笑む女性が、「一番大切な人」という点では何一つ変わらない。
双頬に群青色の紋を宿した、耳の長い女性になっただけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夢を終え、静かに目を開くと最初に目に飛び込んで来たのは、黒い布だった。
次に理解できたのは、ベージュ色の髪に、長く深い寝息。ほんの微かに伝わる吐息の熱。
ヴェールさえ無ければ、鼻と鼻が付いているかもと思えるほど近い。
ディーネを起こさないよう、静かに身体を起こし周りを確認するが、独房の中に居るとは変わらず、二人して寝藁に横になっていた。
アルフィーナの監視でもある物かともおもったが、アルフィーナも居らず、独房の中に隙間風の音と、ディーネの小さい寝息だけが聞こえた。
ふと自分の身体を確認すると、ボロ布のような毛布を独り占めしていた事に気付き、起こさないようディーネの身体にかけなおす。
なおも規則正しい寝息を立て眠るディーネがいつの日だったか、庭先のハンモックで眠りこけていたイダを思い出して、微かに頬が緩む。
髪色、髪型、体系、声。それら全てが違うのに、何故か姿を重ねてしまう。
だから、自然と、意識してしまったわけではない。自然と手が動き、ディーネのヴェールの端をつまもうとして、ある事に気が付いた。
ディーネが寝息を立てていない。
静かに息を殺すように、ただそこに横たわっている。漆黒のヴェールは決して顔の作りを通しはしないが、それでも目が合った、そう感じてしまいつまんでいたヴェールを離す。
「……いつから起きてた?」
返事を期待していたわけではないが、答えが返ってくる。何故かそう思えた。
「ついさっきですよ?ミコト様が毛布をかけてくれた時に目が覚めました」
そういいながらディーネも身体を起こし、伸びを一回。
そして小首をかしげ、
「続き、しますか?」
と良い自らヴェールの端をつまみ、微かにめくる。
ほんの少し顎のラインがわかる程度で、止まると、嬉々とした声で、
「ただまぁ……、これ以上見たい、というのであれば、その時は責任を取っていただきますよ?」
「責任ってなんのだよ」
「それはもちろん、殿方が女性に対し責任を取ると言えばたった一つでございましょう?」
「今日死ぬ人間に、なんの期待してるんだよ。そういうのはもっと大切な人に使う手段として取っとけば良い」
そういうと、ディーネの指からヴェールの端が垂れ堕ち、微かに見えていた顎のラインさえ見えなくなる。
「……その想いはもう変わらないのですか?」
「あぁ……。正直、イダの居ない世界ってのが、なんかダメだ。絶対に完成しないパズルみたいな感じがしてる……」
大切な何かが欠けている。それはもう見つけ出す事の出来ない、パズルのピースみたいな。
似たような形はこれから先いくつでも見つかるのかもしれない。それでも、完成には焦げ付けない。
そんな大切な何か。
「……ミコト様。イニェーダ様が貴方は生きる事を望んでいても、答えは変わらないですか?」
「あぁ……。イダ本人に言われたのなら、多少揺らぐかもしれないけど……それはもう無理だから……」
「……解りました。私は「お優しい」ミコト様の思いを汲みます……。本音を言えば、嫌ですが私の言葉では、「お優しい」ミコト様を止める事は出来ませんから」
「なんで、とってつけたかのように「お優しい」が出てくるんだ」
「なんでって……。コレ。ミコト様がかけてくださったじゃないですか。それに、最初から顔も見るつもりも無かったのでしょう?」
「……その何でも知ってます、みたいな態度が気に入らないな。毛布は使い終わってたから、片づけをディーネに押し付けただけだ。勘違いするな」
「ふふ、そういう事にしておきましょう。では、私ミコト様の熱と匂いを宿した毛布でもう少し眠りたく思いますがかまいませんか?大丈夫です。私がたたんでおきますので」
「……返せ」
「ミコト様ぁ?お顔が真っ赤な上に何を言ったのか聞こえませんでした」
何を言っても、玩具にされる、そんな気がしてひったくるように毛布を奪うと、ディーネも負けじと応戦してくる。
「は、離してください!ミコト様!破けてしまいます!!わ、我が家の家宝にしますので、破らないで下さい!!」
「何が家宝だ!匂いフェチの変態め!」
「な、ならば言い値で!言い値で買い取りますからぁ!」
そこまで来てやっとディーネの思惑を理解して、毛布から手を離すと、両手でクルクルと毛布を巻き取り丸まった毛布を枕にして再び寝藁に横になるディーネ。
「……張り合いが無いですね。ミコト様?」
「元気付けようとしてるんだろ?なんか急に解ってさ……」
「ご、誤解なさらないでくださいませ。私は私のしたいようにしているだけです。その結果、ミコト様が元気付けられるのだとすれば、それは全くの偶然です」
「ふふ。何で噛んだかはこの際問わないでおくよ……。ありがとう、ディーネ」
「……ミコト様?これから先、生きていけば今の様に心から笑える日も必ず来ますよ?……それでも――」
言われて初めて、自分が笑っている事に気付き、直ぐに緩んだ頬を正すと、ディーネは言葉を噤んだ。
「ありがと……ごめん」
「どっちなのですか。感謝と謝罪が入り混じってます」
「…………ごめん」
「僕」の口から、明確な否定の言葉が出たのが締めとなり、以降アルフィーナが独房に軽食を届けてくれるまで、僕らは二人とも、声を出さずにただ、静かに時が過ぎるのを待っていた。




