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承章:第五幕:希う


承章:第五幕:希う


 私も、住んでいた村を焼き掃われた時あんな風だったのだろうか、と三日ぶりに目を覚ました彼を見て思った。

 短い間だったとはいえ、雪原都市アプリールにおいて、彼はどこか紳士的で、笑みを絶やさず、好感を抱ける人物だった。


 それが今はどうだ。瞳には光を宿しておらず、眼を合わせても彼はそれを通り越し別の何かを見ている様な、「見ている」のではなく「眼を開けている」だけ。

 私の声さえも届いているのか不安になるほど、希薄な反応。たった一人の魔族<アンプラ>の死を機に、人がココまで変わるのか、と。

 死んだ相手が魔族である以上、血は繋がってはいないはず。それでも彼は「家族」だと言った。

 血の繋がっていない家族、などというものは番い以外ありえない。それほどまでに彼はあの魔族を想い、あの魔族もまた彼を想っていたのだろうか。それを想えば、彼がここまで変わった事は理解できる。


 であれば、そんな傷心中の彼に、私は何を期待している。


 彼自身、生きていたくない。そう口にした。

 私は魔族を恨むという想いを糧に剣を取って研鑽をつづけた。でも彼にはそれが出来ない。彼自身が口にした。 


 人への復讐のために、弓を取れば良いのか、と。


 そんな事が許されないのは解りきっている。でも彼はそう口にして、今の彼を見ていると「やりかねない」とさえ思う。

 だからこそ、彼は諦めるべきだ、と自身に言い聞かせても、心の中で何かが、邪魔をする。その何かが邪魔をして、結果彼に期待してしまう。


 この立ち上がれないまでに打ちのめされた現実からも、立ち上がりこれから先どんな困難が待ち受けていても、決して膝を屈する事はない、と。

 今すぐには無理かもしれない。それでも彼は、前を向いて再び歩けるのではないか、と。


 

 纏まりきらない考えを消す為に、頭を振るといつの間にか火にかけた花茶グツグツと音をたて煮えていた。

 折角の香りのコレなら完全に飛んでいるだろうが、今はこれ以上の物を出せる自信が私にはなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「寝かしつけたのか?」

「はい……。今は身体への休息が心も癒せると思っています」


 二人を案内した独房に戻り、中に入ると、ミコトは完全に眠っており頭をディーネの膝に預けていた。床は石材だというのに、それを少しも痛そうな素振りも見せないディーネに、少し感服する。否、見せないのではなく、「見えない」ディーネに。その様子からは長年連れ添った相方にも見えるが、ディーネの話を信じる限りそれはない。

 あのアプリールから、アスール村へと伸びる街道の途中で彼女を拾ったのが、ミコトにとっての最初の出会いなのだから。


 そしてこの時私は、どうしても気になっている事を、ミコトが寝ている事を口実に切り出した。


「……ディーネ、一つ。いや、二つ質問させてくれ」

「なんでしょう?」

「大変失礼ながら、貴女の周りを廻っている魔素は酷く歪だ。これは魔族<アンプラ>に似ている物だと理解している……。重ねて、貴方はリンファ族でありながら、身体能力が著しく低いように思う。これについて説明ができるか?」


 私が知っている限り、リンファ族のそれとはかなり異なるように思う。魔素については近くに寄った時、思わず剣を抜きかけた程、魔族のそれに酷似していた。

 身体の肉付きにしたって、平均的なリンファ族女性のそれはとは懸け離れているように思う。


 私はディーネが腰掛ける傍に、煮えたぎった花茶の入ったコップを置くと、彼女は小さく首を曲げ、感謝の意を伝えてくれた。

 そのままディーネはコップを手に取り、器用にヴェールで顔を隠しつつ、一口すすってから言葉を続けた。


「……私は過去フェリアーニにて死傷を負いました。誰しも助からないと諦めていた中、私の命を辛うじて救ってくれたのがフェリア様とイニェーダ様です。フェリア様が私の怪我を知り、イニェーダ様がそれに見合う薬を調合してくれたのです。実の両親でさえ、娘が助かる可能性があったとしても魔族<アンプラ>であるお二人の力を借りる事を手放しで喜べなかった。それでも私は「生きたい」という想いを両親に告げ、イニェーダ様の薬を飲みました。イニェーダ様が、私に飲ませた薬剤は身体能力の劣化を伴い、治癒力を高める事。身体能力の劣化に関しては、アルフィーナ様が察している通りです。リンファ族でありながら恥ずかしいかぎりです」


 表情は読めないが、それでも何処と無く苦笑している。そんな気がした。


「治癒力に関しては……いずれお分かりになると思いますが、この能力を有しているために、私の周りの魔素は歪に感じられる物と思います」


 確かに、死傷さえも癒すほどの治癒力を有してしまったのであれば、周囲を漂う魔素さえも歪な物に成るはず。  


「ディーネがイニェーダを探していた理由は、感謝を伝えたかった、というのはこの事か?」

「はい。自らの脚で大地を踏み、歩き、感謝を伝えるためにアプリールまで旅を続けました」


 身体能力の高いリンファ族が、それを無くしただけでも、日々の生活に苦労するであろうに、育った自国を抜け、大陸の反対側まで旅を続けたと成ると、それほどまでの想いがあったのだろう。

 魔族<アンプラ>に対し、礼や感謝、ましてや悲嘆にくれるなど、私にとっては出来ない事だ。ソレほどまでに彼らが強いのか、あるいは私がただ弱いのか。わからなくなる。


「そうか……二つ目の質問だが、ミコトに本当に話すつもりなのか?「あの事を」……」

「はい。……ですがソレを理由に、ミコト様の復帰を願うつもりはありません。ですので、ミコト様がまた前を向いて歩き始めたら語ろう、そう思っています」


 ディーネは己の膝で支える尊の頭を撫ぜ、ヴェールの下では静かに微笑んでいるのが解る。

 

「何故だ。今回野盗の襲撃で被害があったのがミコトで、今悲嘆に暮れているのがイニェーダなのであれば、ディーネが協力するのはわかる。だが、現状は逆だ。ディーネ、君が生涯を賭してまで見守るような相手なのか?」

「アルフィーナ様はミコト様の事をどうお思いですか?」

「……どう、と問われても困る、というのが本音だ。私がミコトと出会ってまだ数日だ。……確かに弓や魔法の技量は天賦の才と言われても疑いようがない。私はあくまでも噂など信じないが、今回に限って言えば「精霊騎士」と呼ばれるだけの事はある、というのが素直な印象だ。言葉が時々流暢では無い様だが、森の中で魔族と住んでいたと言われれば納得せざるえない。この程度の事しか理解していない」


 ここ数日で己が見聞きした情報を、包み隠さずディーネに打ち明けると、彼女の顔は私を見つめ、ゆっくりとミコトのをあごでさす。


「アルフィーナ様。ミコト様の魔素を感じてみてください。私が疑問視している事がわかると思います」

「……わかった」


 今まで、特に意識していなかった、というのもあるが、改めて問われると、ディーネがなぜそこ疑問を抱くのかが理解できなかった。

 というのも彼は、アプリールに置いて幾度と無く魔力操作を行っていた。リュスとの決闘に置いては魔術さえも使い、アスール村へ向かう時は私の前を私以上の速度で走りぬけた。

 それが意味するのは精霊種の加護が濃密な物を指し、世界に愛されている、そう評価できる物だ。


 が、彼の頭に触れ、探知するよう意識を向けると、そこには「何も無かった」。


「…………ディーネ、私はこの手の探知能力には若干の自信がある……いや、あったのだが……。これはいったい、どういう事なんだ?精霊種の加護が一切ないぞ」

「……わかりかねます。ですが、フェリア様の発言が事実であるとすれば、ミコト様はこのグレインガルツに生を受けた存在では無いようです。つまり、精霊の加護を一切受けていないミコト様は……このグレインガルツに置いて『生命とすら定義されない存在』です」


 グレインガルツに置いて、精霊種の加護が一切存在しない。そんな事はまずもって「ありえない」。川を泳ぐ魚にしろ、道端に生えてる雑草にしろ、何かしらの精霊の加護を受けている。

 それがミコトには一切存在していない。それはつまり、無生物を意味する。


「フェリア……。何度か話に出てきたが、イダの家に訪れたアンプラの事か?彼女がなんと言った」

「ティルノ・クルンで聞いた話を鵜呑みにするのであれば……「異世界」から現れた、天才騎士、と」

「……信じられない、というのが主だが、こう現実を突きつけられると信じざる得ないな……。むしろ否定する材料が見当たらん……」

「……私もです。『この世界に生を受けても、人として見られない魔族<アンプラ>』と『人でありながら、この世界では生命とすら定義されないミコト様』との関わりを見守りたい、という想いが強いのです。……このお方は、イニェーダ様を「家族」と言い切りました。私はそれがとても嬉しくて、同時このお方に尽くしたいと思ったのです」


 彼女の中で、答えはとうに出ていたのだろう。その言葉を口にする時、なんの躊躇もない。そう感じ取れた。

 

 同時に、ここまで期待されて尚、彼が明日も今日のように自らが死ぬ事を望んだ時。私は彼に……彼を終わらせる事が出来るのか、不安を抱える事となった。


「……ディーネ。もし……、もしもの話だ。……明日もミコトが同道を拒否した場合、私は――」

「アルフィーナ様。……その時は、ミコト様の両腕を、切り落として下さい。……命だけはどうか見逃してください。……どうか、お願いします……」


 それは彼女なりの懇願なのだろうか。確かに両腕を切り落としたとなれば、死にも等しい物となろう。

 そうまでもして、彼に生きて欲しいのか、という問いよりも、その言葉がディーネ自身の口から溢れ出たことに対し、静かに寝息をたて眠る青年にただ届けば良い、と願った。



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