承章:第四幕:強くある事
承章:第四幕:強くある事
「どういう意味だ……」
ディーネの言葉に己の耳を疑い、疑問を難なく口に出来た。
「王令に背き、通報する義務を放棄し、知らなかったとは言えイニェーダ様という魔族<アンプラ>。魔族と共に生きていたのですから……。事が公になれば、断罪は逃れられません」
ディーネは再び向かい側の椅子に深く腰掛け、一拍置いてから続けた。
「……言いたくはないですし、認めたくないという気持ちは重々承知していますが、あの場でイニェーダ様が亡くなられたのは最善ないしは、ミコト様が生きるという点を配慮すれば善だと判断いたします。今はまだ王令が全体にいきわたっておらずさほどの問題もないと判断いたします、ですが―」
「今なんて言った?」
数秒待っても返事は無く、ただ、ディーネに見つめられていた。いや、表情が見えない限り見つめられているのかさえ解らないが、それどころではなかった。
「今、お前……イダが死んだのが善だって言ったのか?」
「――はい」
一瞬だった。アルフィーナに付けかれた枷も何の意味も成さず、瞬時に引きちぎる。
手首に強い熱を感じたが、眼前のゴミを一秒でも早く殺めたい、そんな願いを宿した時勝手に身体が動き、ディーネの細い首を掴み、そのまま奥の壁へと押し付ける。
辛うじてつま先が床に着く高さで彼女を固定して、ヴェールの下にあるであろう瞳をにらみつける。
「……既に三人殺してる。四人になっても、結果に変わりないんだ。お前もココで死にたいのか?」
彼女の首を捕らえた左手に少し力を加えると、ディーネは微かにうめき声を上げ、その手の力から逃れようと、指を間に挟み微かな空間を作ると声を荒げ、続けた。
「……ッ。ミコト様ッ!もし、王令がブリフォーゲル全体に行きわたれば、イニェーダ様の傍にいる限りミコト様は死罪を免れません!ミコト様が自らのせいで死ぬ定めにある事を、イニェーダ様が座して待っていると本当にお思いなのですか!」
ありえない。
あのイダが、自身のために俺に危害が及ぶとしたら、何らかの手を打つはずだ。でもそれは、どんな手であったとしても、確実にイダとは離れ離れになっている気がする。
外出から帰った時、家には誰も居らず、二度とイダとは会えない。そんな未来しか想像できない。
そこまで理解すると、急に冷めて、壁に押し付けていた手の力を緩め、ディーネを床に下ろす。
「すまない……」
「……、いえ、あえて怒らせたのです。私を恨むという思いで、ミコト様がほんの数秒でも生に傾いてくれるのであれば、私はこれからも恨み言をいうかもしれません」
ディーネはヴェールの下で二度三度、咳をしてからそう言うが、正直彼女がココまでする理由がわからなかった。
普通あんな状況に陥れば、俺を説得するのではなく、ただ叫べばよかったはずだ。それなのにしなかった。
「なんでそこまでするんだ?君と会話したのは今回が初めてのはずだけど……」
「その通りです。ですが、私はミコト様の事を存じています。初対面を装ったのは謝りますが、あの壊れた放送機器のようにお喋り上手なフェリア様が、異世界から現れた天才騎士の話をしない、という選択肢はありえませんよ」
何故か少し嬉しかった。残された家族の話題が出たせいか、それともその家族に影ながら褒められていたからだろうか。
「リアはほかには何を……?」
「……話したいのはやまやまですが、もしご迷惑でなければ――少し休みませんか?身体能力に秀でているエルフ種のリンファである私ですが、いろいろな事がありすぎて……。私も少し整理をしたいのです。無論私以上に休みたい気持ちがあるのはミコト様であるという事も重々承知しています」
三日も気を失っていた自分から言わせれば、正直物足りない、という思いもあったが、あと少しで殺してしまいそうだった相手と平常心で話すのもおかしい気がして、小さく頷くと同時に、それをまるで見越していたかのように扉が開き、出て行ったアルフィーナが入り、あごで外に出るよう示しながら、
「……準備が出来た。ついて来い」
床に倒れている椅子や、テーブル、俺の両手についていた引きちぎられた枷、床に力なく座っているディーネ、それらを視界に納めた、アルフィーナは一度だけ俺を一瞥しただけで、何か言われるでもなく、先に部屋から出て行った。
そこで初めて、ディーネとアルフィーナに試されていた事に気が付かされ、小さくしたうちをしてから彼女に続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
案内された独房は、最初俺が眼を覚ました場所と同じで、バケツが一つ、床にわらを浅くしいただけのベッドが一つ、ぼろ布のような毛布が一枚。
そして新たに追加された革をはる簡易ベッドが置かれていた。道中窓が無かった分、時間帯も分からなかったが、独房の壁に握りこぶし大の小さな格子窓がありそこから夜空がみえ、夜なのだとわかる。
独房から出て行く時には全く気付かなかった、否。気付けなかった。それほどまでに疲弊していたのだろうか。
俺達をココへ案内したあと、アルフィーナは再び俺に枷を付けたが、数分前に俺が引きちぎった物に比べ、遥かに強い阻害感を感じ、より上位の魔道具をつけられたのだとわかった。
こんな物付けられなくても逃げるつもりもないし、早く朝になって欲しい、眠る事さえ疲れてしまう。
「……ミコト様?まだ起きておられますか?」
「……ん。まぁ……」
唐突に背後から語りかけられ、いい加減な返事をする。
「……入ってもよろしいですか?」
「ちょ、何を!」
返事を待たずして、寝藁と毛布の間。背中に寄り添う一つの熱を感じ飛び起きようとするが、ディーネに服を掴まれ、身体が床へと引き戻される。
「静かに……。あと……このままでお願いします……。顔が…その見えてしまうのです……」
ヴェールを取る様な素振りは一切していなかったように思うが、婚姻を果たすまで誰にも見られてはいけない。
どの程度の拘束力があるのかは解らないが、さして見たいとも思えず、なされるがまま背中から小さい呼吸音が耳についた。
どれくらいそうしていたか解らないが、先に口を開いたのはディーネだった。
「……ミコト様、お願いがあります……イニェーダ様。……イニェーダ様をどう思われていたのか教えてくださいませんか?」
返事が出来なかった。否。返事をしたくなかった。それを言えば、何かが溢れてしまうのはわかりきっていた事だ。だから、返事をせず、ただ時が過ぎるのを待った。
「……イニェーダ様がどんな方だったのか。何が好きだったのか、何が嫌いだったのか……。どのような事が得意だったのか、苦手だったのか、全部教えて頂きたいのです。私がイニェーダ様にお会いする事はもう二度と無いとはわかっても、知りたいのです……。ミコト様からの口から。ミコト様の想いを」
イダへの感謝を伝えたくて、フェリアーニから旅をしていた。そんな彼女の言葉に、本当は誰かに聞いて欲しかったのか、喉まで出ては引っ込めていた言葉を震えながら声にした。
「……母っていうと少し違う気がするけど、家族だと思っていたよ……。姉に近いのかもしれない。イダが最初に俺を恐れていたのも、今日わかったし、イダを人として接する俺がどんなに珍しい存在なのかもわかった……。この世界を蝕んでる魔物<ディアブロ>の存在や、それを生み出した魔族<アンプラ>がイダだったとしても、あの人は…………。イダは家族だし、好きだったよ――。村の人間に『精霊騎士』なんて呼ばれて、調子に乗ってたんだろうな……。今思えば、俺はイダと楽しく過ごせれば満足だった……。時々ケンカして、涙を流してお互いの事を知っていって元気にすごす。それだけで十分だったのに――」
解りきっていた事だ。イダが好き。そんな事、解りきっていた。そしてその相手は今はもう居ない。そう再認識すると、自然と眼がかすむ。
身体も寒いわけじゃないのに微かに震え、その震える背中にディーネはそっとの両の掌を添えてくれた。
「……ミコト様。誰かのために流す涙は決して恥じるものではないと思います。だから今は――、強いミコト様ではなくても良いと思います」
「俺は――。俺は最初から強くなんてないッ!」
「――存じております、ミコト様。だからこそ貴方は……強くあるべき、と心から思っています。私は貴方の強くない所を多少なり見てしまいましたから。そんなミコト様が強くないのは、知っています。これから先歩みを進めても、『強くなる』事はできない心根の優しいお方です。――だからこそ、『強くある』べきだと思います。昔、ある人に言われたんです。『強くなる必要はない。強くなった人を超える、強くある人になれ』――と」
独房の中に嗚咽が微かに木霊して、ディーネの掌から感じる熱に心地よさを感じ、ほんの微かに背後に寄り添ってくれる彼女に心を許そうとした瞬間。
先ほどまで話していた、彼女の声とは思えないほど、冷たい声で耳元に話しかけられた。
「……それと……、これから私が行う愚行をどうかお許し頂けるなら幸いです……<眠れ 愛しき子よ>……………」
耳元で囁かれた、眠りの魔法をレジストする魔力すら練れず、ただ抗えない睡魔に堕ちていった。
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