承章:第三幕:罪人と
承章:第三幕:罪人と
「…………」
「……ミコト様」
アルフィーナは内心、俺がどう返事するかなんてわかっていたんだろう。瞑目し、ただ静かに俺の返事を耳にした。
向かいに腰掛けていたディーネはその表情すらヴェールによって全くわからないが、声音から悲痛な表情でもしているのだろう。
なんと言われても、この考えは変わらないと思う。
やがて瞑目していたアルフィーナはまるでバチッと音でも聞こえるかのように力強く目を見開き、俺をにらみつける。
「……貴様だけだと思ったか?!大切な家族を失ったのが!私だって、魔族<アンプラ>や魔物<ディアブロ>に村を焼かれ、父さんや母さん、妹を殺された、生きていたのを、目の前でだ!それでも今こうしてココで生きている!」
ソレはきっとアルフィーナにとって、今の力を得る為の原動力になっていた事なんだと思う。
アプリールで姉妹がいる事を伝えた時も、彼女は何か思い出すかのように表情に影が差した。
まだ振り切れていないことなんだろう。
でも、この時の俺は周りを気遣う余裕すら持てないで居た。
人を憂える。優しい。誰しもそう評価していたのに、全くそんな気持ちが芽生えてこなかった。
「なら、どうすれば満足なんだ?……アルフィーナはきっと、魔族<アンプラ>への復讐のために剣を選んだんだろ?」
「あたりまえだ!」
アルフィーナの銀の瞳は刃のように鋭いものへと変わり、己の感情、憤怒を全て乗せて放っているように見えた。
「……だったら俺は、あの野蛮な人間にイダを殺された。俺は人間への復讐のために、弓を取ればいいのか?」
「ッ!!」
アルフィーナは怒りが沸点へと至ったのだろう、俺の襟元を強く握り、テーブルへと叩きつける。
顔の右半面がテーブルに押し付けられ右目の視界が閉ざされ、左眼の目の前には針のように鋭利な印象を与える、アルフィーナの髪と、眼と同じ色に輝いた剣があった。
「アルフィーナ様ッ!!剣をしまってください!!」
「ディーネ!こいつはやはり危険だ!!たった一度でも人を殺めた者は罪の重さを理解できなくなる!」
「違います!ミコト様は、イニェーダ様を失ったばかりで喪失感の方が勝っているだけです!ミコト様にとって、己が手をかけたのは人であると知りながら、同じイニェーダ様という「人」を殺されて、葛藤しておられるだけです!でなければ、自らが生き続ける事を望んだはずです!」
「だがコイツは!」
微かに、ほんの微かにアルフィーナの腕から力が抜け、テーブルに押し付けられていた力が弱まる。
「貴女様もシグンを持つ者として、魔族<アンプラ>が人であると独学で学んだ時、自らの剣に、鎧についている血が魔物<ディアブロ>からの返り血だけであると胸を張れたのですか!?同じ「人」からの、魔族<アンプラ>からの返り血はだたの一度も付いていないと誇れたのですか!?」
「ッ!?卑怯だぞ!ディーネッ!」
「ですが真実のはずです!」
「――クソッ」
アルフィーナがそう短く悪態をついた後、眼前の剣が消え、襟元を掴んでいた腕も離れ、テーブルから顔を上げると、アルフィーナの怒気以外何も孕んでいない顔が真っ先に眼に入った。
「アルフィーナ様。今日はココまでといたしましょう?貴女様も、ミコト様も頭に血が上った状態で話し合っても何の意味もありません」
「……わかった……。だが、独房からの退出は許可できない。重ねて、そこまで日も設けてやることができない。……明日までになんらかの返事をもらいたい」
時間を与えられても、答えなんて変わらない。
また、アルフィーナを怒らせて、眼前に剣を突きつけられるだけだろう。時間の無駄だ。
それはアルフィーナも解っているのだろう。俺を一瞥すると、きびすを返し、扉の方へ歩いていく。
「承りました。では案内を。……私も、ミコト様と同じ房に入って、その部屋から一歩も出ません」
ディーネのその発言に、まるで信じられない物でも見たかのように眼を丸くしたアルフィーナは慌てて声を続けた。
「なっ!待て!ディーネは罪人ではないのだ、そこに居座る理由はない!」
「アルフィーナ様。ミコト様は罪人ではありません。人を殺めた罪というのであれば、アルフィーナ様も私も多数の魔族<アンプラ>を見殺しにしているはずです」
「……、勝手にしろッ!」
アルフィーナはどうやらディーネとは相性が悪いらしい。もしくは年の功とでも言うべきなのだろうか。彼女が折れざるえない言葉をいくつでも持っている。そんな風に感じた。
「……あまり怒らないであげてください。アルフィーナ様はあの立ち位置の関係上、ミコト様につらく当たらねばならないのです」
怒りのまま、部屋から出て行ったアルフィーナに残され、ディーネの言葉も終わり静寂が訪れ、数秒経ってからだった。
「……それと――」
スパンッ。
小さく乾いた音が響き渡った。
そう感じたときには左頬に熱と痛みが生じ、顔の前にはテーブルに乗り出した、ディーネの右手の甲が見え、叩かれた事に気が付いた。
「どうかご自愛くださいませ。……私が居なければ確実にミコト様は裁かれていました。……私は……かまいません……」
小さく頭を振り、その特徴的なヴェールと共に耳についているシグンが微かに揺れる。
「……いえ、嘘です。私も多少なり、止められたものを止めなかったとあれば自らを責めるでしょう。ですが――ここでミコト様が死ぬのが、イニェーダ様の想いだとお考えなのですか?もしイニェーダ様があの状況で生きていた場合、次に裁かれるのは……」
座っていた時よりも、近くに感じられる彼女の顔は、相変わらずわからない。
それでも、ディーネは続け、
「……ミコト様。貴方なのですよ?」




