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承章:第二幕:生と死

承章:第二幕:生と死

 

「……これで良いのか、耳にシグンを吊っている、ディーネ先生?」


 アルフィーナはそういい返事を待たずして、再び壁に背を預けなおす。

 目を瞑り、興味なさそうな体を装ってはいるが、内に確かな怒りを宿している。


「そうですね。ありがとうございます」


 そういい、アルフィーナに小さく礼をした際に、ディーネの左耳に吊っている丸い宝石が微かに揺れる。


「……イダや、リア……。あの二人は本来はエルフとしての生活をおくれる立場に居ながら、今は迫害されている、そういうことか?」

「そうです。人としての<ウフィーリ>を有していない人、それが「魔族」なのです」

「……ウフィーリ?」

「少し説明が難しいですが、ミコト様は毎日、朝が訪れ、ベッドから抜け出し、服を着替え、髪を整え、好きな朝食を食べ、学びあるいは仕事へと赴き、好きな昼食を食べ、再び学ぶもしくは仕事へと赴き、家に帰って好きな夕食を摂り、明日に備え眠る。そして朝が訪れる。といった生活を送っているはずです。ですが魔族<アンプラ>は人でありながら、この<ウフィーリ>が無いものとされているため、朝起きてもベッドに鎖で繋がれ、服などは纏っておらず、髪を整えることも許されない、食事などという物は必要最低限しか無く、仕事はきつくつらく死と隣り合わせ、家に帰ってもまだ働かせられ、心身共に疲弊しつくして明日に備え眠ろうとしてもベッドすらない、……命を絶たれも何の罪にも問われない。……そんな普通の生活を送れない事を「<ウフィーリ>の欠如」と言われています……。ですが最早、そんな劣悪な環境に晒されるのが魔族<アンプラ>にとっての「普通」なのかもしれません……」


 ウフィーリ。それはきっと日本語に訳すると、尊厳なのかもしれない。人がその人らしく生きていくために必要な物であり、それは決して犯してはならないものだ。

 

 イダは、俺が村へ行くのを最初は拒んだ。それはきっと、自身と同じ種族が、あの決闘で的として使われたように、尊厳が無いものとして扱われ、ソレを俺が見て「変わってしまう」のを恐れていた。リアも同様に俺が変わる事を望んではいなかった。それどころか、リアは最初俺を害そうとしていた。それはきっと、俺が人間で、イダが魔族<アンプラ>だからだろう。

 他の人間と同様に、イダを害する。そんな風に思ったから、リアは最初、俺にきつくあたった。その証拠に、リアと初めて打ち解けたと思えたのは、イダの命を救った時だ。

 無論、それまでに何度か打ち解けたように思えた場があったが、あの日リアは「ただいま」と言えと言った。それはリアにとって俺が他の人間とは違うというのを証明してみせた瞬間なんだろう。

 イダという魔族<アンプラ>のために命を賭す、人間。そんな存在はまずもってありえない、と。


「……ミコト様は最初、フェリア様にきつく接されたと思います。ティルノ・クルンでフェリア様と再開した時、ミコト様の事を信じて良いのか、解らないと仰っていました。だからいつ敵に周っても良い様に、きつく接していると仰っていました。そうすればもしもの時殺めたとしても何も感じないだろう、と。……ですが、このときフェリア様は泣いておられました。ソレは恐らく後悔でしょう。いくら月日を重ねても、イニェーダ様を一人の「人」として接していたミコト様に対して、酷い認識をしていた、と」


 何故。

 何故今になって、次々と真実を告げられるのかわからなかった。もう何も巻き戻しが効かない所まで来ているのに、何故今になって真実を知ったのか。


 ……後悔しているのはコッチだ。鼻の奥がツンと痛む。……話題を変えたほうが良い。

 

「……シグンっていうのは?」

「シグンというのは、いわば各都市間を超えるための最高品質の通行証……とでも申せばいいのでしょうか?……アルフィーナ様?」


 ディーネは話題を変えた理由も解っている、そんな気がしたが、変えた話題が悪かったのか、アルフィーナへと助け舟を求めた。


「えらく簡単に説明したな……。シグンというのはイリンナにて発行される、最高品質の竜晶石で作られる身分証明書のようなものだ。コレを身に着けていると、国営の宿場であれば無料で借りられるうえに、同じく各都市にもある国営の酒場や武具屋などであればすべてイリンナ負担となる。偽物が出回るほどだが、このシグンは己の魔力を込めると――」


 説明の途中で、ペンダントのように首から下げていたシグンを手のひらにとったアルフィーナが、小さい宝石へ魔力を送り込む。

 そこまではわかったが、しばらくすると宝石が投影機の役目でも果たしているかのように、宝石の上に小さな文様が浮かび上がる。


「このように王族の紋様が浮かび上がるようにできている。盗難や紛失に際しても、再発行などはしてもらえないうえに、シグンを受けるための試験は一度合格すると二度と受けられない。最も、盗んだからといって、多額のガルドにできるわけでない。シグン選定試験に受かった者が己の魔力を込める事で初めて意味をなす。それが出来ないのであればただの宝石だ。このシグン選定試験は毎年一回、イリンナで行われ、一度に千人規模で試験が行われ、いずれも受験者の知識を計るものだ。……最難関の試験であるがゆえに受かるのは2、3人。合格者が出ない年もある」


 正直、説明を受けても、あまり興味の無い事で、どこか上の空で聞いていた。

 それが目に見えてわかったのか、アルフィーナは小さくしたうちをして、ディーネは小さく咳払いをしてから、話を続けた。


「話が横にそれてしまいましたが、魔王ベルザフィードが魔王と呼ばれたのには理由があります。彼の王は自らの強欲のために、元は魔族<アンプラ>を含め七部族あったエルフ種の半分を根絶やしにし、残りの四種となっても飽き足らず、戦争を続けようとして、何者かに負傷させられ今は封印されているそうです。ですが……」

「あぁ、私が王令で行動しているのには理由がある。魔王ベルザフィードだ」


 ディーネの話にアルフィーナが割ってはいるが、ソレをディーネが手で制し、続ける。


「ここ数年、魔族<アンプラ>の残党――。といっても、イニェーダ様やフェリア様の様な純粋な魔族<アンプラ>ではなく、戦の為に作られた魔物<ディアブロ>と一部の魔族<アンプラ>による被害が相次いで発生しているようで、イリンナでは恐怖感からかあろうことか魔族討伐の国による布告をだしたのです。……莫大な懸賞金をかけて。私が旅に出た理由も、フェリアーニにおいて大規模な奴隷とされた魔族<アンプラ>の討伐が始まったからです……そうなると、白の森に住まうと聞いていたイニェーダ様の安否が気になったのです……」

「……ミコト。私は決して、貴様が仕えている者が魔族<アンプラ>だとは知らなかった。イニェーダと呼ばれる女性の討伐のためではなく、王に命令されたのは魔王ベルザフィードの復活の兆しがあるのであれば討伐、不可能であれば再封印の任を一緒に成し遂げてくれる仲間を探していたんだ。あのような一件が無ければ、今から行うような命令じみた選択はしないのだが――」


 アルフィーナは特徴的な銀の瞳で、俺を一瞥してから、ディーネと挟んでいたテーブルに強く手を着き、言葉を続ける。


「……選べ。ミコト。死ぬか、生きて魔王ベルザフィードを討伐する旅を私とするか、だ……」


 話の流れから薄々わかっていたけど、アルフィーナは何も解っていない。

 それはつまり、これから先、魔族<アンプラ>を殺める可能性のある旅であり、それはまるで「この世界の人間」になれ、と言われている事に等しい。リュスの様に、イダを殺めたあの三人組の様に。

 イダも、リアも望んでいなかった、この世界の人間の様に。彼女達を物として扱い、敵に回るのであれば殺めろ、と。


 出来るはずが無い。


 例え出来たとしても、イダを失った世界で、何を望み、欲して生きていけば良いのか。何を目標に生きれば良いのか、わからない。

 だから静かに、己の思いを口にする。「脅迫」という騎士として有るまじき行動にまで至らせてしまった、アルフィーナには悪いが、もう壊れている。

 

 自分自身が。 


「…………、殺してくれ」



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