承章:第一幕:放心者
承章:第一幕:放心者
声が聞こえる。
その声は何故か耳に粘つくように残り、何もやる気が起きないこの身に苛立ちを募らせる。
あの火の中で意識を奪われてから、三日が経ち、今はアプリールの監獄へと入れられていた。
刑事ドラマなんかで見たことのような個室に、机が一つ、椅子が二つ。そして俺の両手には枷が付けられ満足に動かせない。
「ヒストゥ? ミコト」
声と認識できても、脳がそれを言葉には変換してくれず、ココ数ヶ月で学んだことなのにまるっきり抜け落ちたかのような印象さえ持つ。
「聞いてるよ……」
「なら、もう少ししっかりしろ。……まぁ、三日も眠っていたんだ。お前の中でそれほど重要な事なのはわかるが……」
テーブルを挟んだ向かい側にアルフィーナが居て、時折苛立っているようだった。
こんな状況を早く終えたい。楽になりたい。だからだろう、自分の口から出る言葉は何故か俺の言葉じゃない。そんな思いを抱かせる。
「……で、何?」
「……一つ吉報がある。私の目の前にフェリアと名乗る魔族<アンプラ>が現れたが、ヤツは仕留めていない……。少しは興味をそそられる話か?」
俺の状況をみて先に恩を売ったつもりなんだろう。
それでも、正直嬉しかった。いや、怖くなった。イダを守れなかったのは、緊急時イダの側に居られなかったのは今回で二度目だ。
リアが許してくれるはずが無い。無事なのは嬉しい。でも、もう「会いたくない」いや、「会えない」。
「あの日、貴様を気絶させた後、火の収まった家屋内を捜索した。……その際に、首を絶たれた魔族を発見した。……」
そんなことはもう解ってる。アレは幻術なんかじゃない。イダだった。見間違うはずがない。
「外に運び出した際、幻術を使って人間に風したフェリアと名乗る魔族<アンプラ>が近づいてきた。だが、私の破邪堅装<アーヴェリック>のせいで、フェリアの幻術が解け一時お互いに警戒したが、……私は、刃を向けてはいない。アレも貴様の家族なのだろう……?」
「……あぁ」
解りきった事だったのだろう。アルフィーナは小さくため息をはき、続ける。
「フェリアもお前のように高度な幻術なのだ、と泣きながら錯乱していた。だが私には「私自身に不利益が生じる魔術を強制的に解除する力」がある事を聞かせ、私がイニェーダ……だったか?……そう呼ばれる魔族<アンプラ>を自身の手で抱けている時点で解けない魔術は無い事を説明した」
破邪堅装<アーヴェリック>。神々の天恵。何度か説明を受けたことだった。
「全てが現実だとわかると、貴様を私の手から取り返そうとしたのだろう……、フェリアが刃を構えたが、止めに入ったのは先のリンファ族の女性だった。……過去にイニェーダが作った薬をフェリアが運び、命を取り留めたらしく、フェリアとの面識があったようだ」
魔法薬師をしている。そうイダから聞いていた。そしてその傷病人をリアが各都市、村々を廻り探している、とも。
「……貴様が「家族のため」とはいえ人を殺めた事を説明し、連行に同意せざるえなくなった。その後、イニェーダの遺体をフェリアに預け、リンファ族の……。後で紹介するが、名をディーネという。ディーネに同行をお願いし、貴様をアプリールまで連行した。……ココまででなにか質問があるか?」
少しだけ、ほっとした。あのまま、あの場所にイダを放置されていると解れば、たぶんココを抜け出してでも、埋葬に行くと思う。
「……無い」
「無い――、か。では次に貴様の現状についてだ。いかな理由があれ、我らの法では人を殺めた者は同じ罰を受けねばならない。だが、事コレに至っては、止める事が出来たのに、止めなかった私にも責がある。――そこで2つの道が貴様には存在している。だが、この話をする前に彼のリンファ族の女性。ディーネから貴様に話したい事があるそうだ。私も同室で聞くことを条件に許可した。少しまて……」
アルフィーナはそう言って、部屋から出て行くと、しばらくして一人の、エルフを個室に招きいれた。
いつだったか……、アルフィーナがアスール村まで背負った女性だ。ベージュとも灰色とも取れる不思議な髪の色をした女性。
そのまま先ほどまでアルフィーナが座っていた椅子に腰掛、アルフィーナは壁に背を預け立っていた。
「はじめまして、ミコト様。ご紹介にあずかりました、ディーネ・フォーミュラーと申します。まず最初に謝っておきたいのですが、申し訳ございません。種の掟に従い、婚姻を果たすまで眼前のヴェールは取れないので、素顔をお見せする事ができません。お許しください。」
「……話は?」
テーブルに額が着くのでは、と思うほど頭を下げたが、興味が無い。早く終わらせたい。
「そうでしたね。――アルフィーナ様?暴れたりは致しませんので、部屋の前に待機している守衛さんを少し外していただけませんか?」
「……わかった」
そう言うとアルフィーナはドアの前へ移動すると、二度ほど軽めにノックをすると、二つの気配が戸の前から遠ざかるのを確認できた。
何故視認しないのか。正直そうしたいのは山々だが、この枷のせいか上手く魔力が操作できない。
アルフィーナが平然としているところを見ると、この枷があるから、安全なんだと、逃げ出せないことをわかっているんだろう。
「感謝いたします。……では、ドコからお話しすべきなのでしょうか……。ミコト様は魔王ベルザフィードの存在をご存じでしょうか?」
「……知ってる。魔大戦を起こした張本人にして、魔族<アンプラ>の長なんだろ?」
「えぇ。このグレインガルツに置いて、魔族<アンプラ>を束ねる長として君臨する者の名です。……アルフィーナ様よりお伺いしたのですが、ミコト様はイニェーダ様、フェリア様をエルフだと思われていたそうですが、なにか理由はおありなのですか?」
「……漫画とゲームで知ってたんだよ。耳が長い、不老長命な種族だって」
自分が異世界人である、という事をアスール村のみんなにさえ言えていないのに、どうでも良かった。
「マンガとゲェムですか?申し訳ございません。……聞き及んだことが無い言葉です。ですが、「耳が尖っている」という情報は間違っていません。そしてエルフには3部族存在し、森に住まう種を「フェスタ」、洞窟や沼地住まう種を「シェイダ」、砂源に住まう種を私「リンファ」と申します。……それはご存知ですか?」
「……あぁ、数日前にアルフィーナから聞いた」
その返事にディーネと名乗った表情の伺えないエルフは二度三度頷いてから、壁に背を預けていたアルフィーナを見据えた。
「……ですが、胸元にシグンを掲げるアルフィーナ様に質問です。……現存するエルフの三部族についてなにか修正する事がございますか?」
問われたアルフィーナはただ壁に背を預け俯いていたが、やがて小さく口を開く。
「――ある」
「ご説明をいただけますか?」
「――、禁忌だぞ?この情報は……」
「私は――、私の命の恩人でもあるイニェーダ様を「家族」と言ったミコト様を信じています。これから話す事もアルフィーナ様ならお察ししているのでしょう?」
アルフィーナは嫌々とも取れる。髪を乱雑にかきむしり、やがて落ち着くと壁から背を離し、俺を見据え、口を動かした。
「……世間一般にはひた隠しにされているが、現代も絶えず生きているエルフにはもう一部族存在する……。最も魔法適正を示す種で、暗黒大陸ルカーシャを根城としている――」
やがてその表情はなにか苦虫でも噛み潰したかのように苦痛めいたものを孕み、
「……。魔族<アンプラ>だよ」




