起章:第五十三幕:血濡れた太陽
起章:第五十三幕:血濡れた太陽
火鳥の溶鉄。今は夜だからだろう、徒弟さんたちが打つ槌の音も無く、朝に見た天窓から刺す光は陽光で立てかけられている武具に降り注いでいたが、今は月光に変わり朝とは違った神々しさを感じる。
武具が並んでいる部屋の隣もレンガで覆われており、その部屋に案内されて防具掛けからいつも着ていた軽鎧に袖を通す。
兎のしっぽ亭でミィコに扮した後、防具やアルトドルフ、ヴィルヘルムをガルムさんに預けていた。
ちなみに森で拾ったリンファ族の女性は、ビルクァスさんに任せて、治療院へと運んでもらった。
というか、預ける前よりも胸部のプレートや、色が落ちつつあったローブもなんか新品みたくなってる。
「坊主。どうだ?半日以上預かっていたからな、痛んでいるところは全て直しておいた」
「ありがとうございます。嬉しいです……頂いたものなのに、傷らだけになってるのが気になってまして……」
「……」
なんかめっちゃ見られてる。何か悪い事を言ったのかな?
「あ、あの、何か?」
「お前は俺が、ドワーフだと知っているん……だよな?」
親方はどこか不安げに問うてきたが、逆にそれ以外の何なのかわからないです。
デッキブラシみたいな硬く真っ直ぐな髭を携え、身長は僕の胸元くらいまで。そのくせ腕や手は大きく筋骨隆々。まさにドワーフのテンプレートだと思うのですが。
「だったら、俺らが亜人だとわかってなお、礼を口にするのか?」
「……、この街に住む……いやひょっとしたらこの世界に住む亜人の皆さんは全員「人に嫌われている」とでも思っているんですか?」
「い、いや、そうじゃない。中にはビルクァスみてぇな人間がいる事も解ってる。だがヤツは特異な「人間」なんだよ。坊主、お前もだ」
「……僕は知らないことだらけなんです。そのせいで恥じる事は時々ありますよ?でも、今日アプリールに赴いて思った事は、この村の良さです。確かに数は少ないでしょうが、ビルクァスさんを始めとした自警団の面々という人間。そして数多く、多種の亜人の皆さん。その人たちが同じ囲いの中で笑いあって生活している……それはあの七大都市のひとつに数えられるアプリールでさえ見ていない景色です。こんな事、何も知らない赤子でもわかります……僕は――」
知りたくなかった、という想いが勝っているのは言うまでも無い。
僕が今日アプリールで得た知識の多くは「知りたくなかった情報」だ。多少なり望んでいた知識もあるだろう。でもそれが告げる意味は酷な物で、それゆえ手放しで喜べなかった。
だから、微笑んで胸を張って伝えるべきだ、と解っていても上手く微笑んでいるのか解らない。苦しい。それでも、己の想いを口にしておかないと、今日みた景色のせいで、また視界がかすんでしまいそうだ。
「……僕はこの村が好きですよ?」
「……坊主。お前……」
笑っている、はず。いや、笑っていないと困る。視界がかすむのはきっと睫に埃がついたからだろう。
「いや、若き騎士よ。私に一つ武器を作らせてもらえないだろうか?これから先、どんな困難が降りかかろうとも、必ず光明が刺せるように、どんな暗雲さえも払う事の出来る武器を」
「え!?いや、そんなつもりで言ったんじゃないですよ!?」
眼前のガルムさんは片膝をたてしゃがみ、左手を己の逞しい胸板に沿え、懇願するかのように問うてきた。
「頼む、騎士よ。私はもう人間など二度と信じないと誓ったが、ビルクァスと知り合い、騎士殿という存在を知った。だから……二度と人を信じないという誓いは捨てる。その証拠に騎士殿には私の魂を込めた品を受け取って欲しい」
ガルムさんが何を持ってそんな誓いを立てたのか知らない。知れば僕だってそう誓いを立てる内容なのかもしれない。
それでもガルムさんはその誓いを捨てると言ってくれた。
それはいつかイダさんが言っていた、「もう一度人を信じる」という事に対する恐怖の打ち勝つ為のガルムさんなりの一歩目な気がしてならなかった。
その証拠に、普段は剛毅なガルムさんも今はどこか気弱そうにも見える。
「……わかりました。では、ガルムさんの魂が感じられる品を期待します」
「……感謝する。騎士殿」
再度、頭を下げ、立ち上がるガルムさん。表情はさっきまでのまじめな顔ではなく、ニカッと大きな口を横に広げる。
「いやぁ、久々だな。最近は鍋ばっか直してたからなぁ……。そうだな……包丁でいいか?」
「え!?」
「冗談だ!ガハハハハハハッ!」
さっきまでのまじめなガルムさんはどこかえと消え、いつものガルムさんだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森が燃えている。
それを視界に納めてから私の行動は一つだった。
原因を調べる。
森林火災程度で命を落とすほど柔ではない。むしろ、その火が起きた原因を調べに森へと入った瞬間。
後悔した。
落雷によって火災が発生する可能性はゼロじゃない。でも、森へと一歩踏み込んだだけで、解ってしまう。
私の破邪堅装<アーヴェリック>のせいで、「火が私を避けた」。
つまりコレが意味するのは、自然火災や誰かの火の不始末などでは決して無い。
ただの魔法。魔法による火で周囲を飲み込み、徐々に広がる。
そしてその原因たる者は眼前の、アイツだろう。
両頬に真紅の紋<ウィスパ>を爛々と輝かせ、問うまでも無い。
魔族<アンプラ>。炎のように紋<ウィスパ>同様、真紅に染まった長い髪を揺らし、黒いドレスを羽織った女性型。
幾多の魔物<ディアブロ>、魔族<アンプラ>を屠ってきたから解る。アレは危険だ。
肌にピリピリと刺さるような殺意を感じ、瞬時に銀の剣を抜く。
切っ先をアレへと向け、一つ長く息を吐くと、その音に気付いたのか魔族が足を止め、ゆっくりと顔を上げ、私は息を呑んだ。
真っ赤に染まっていた。
紋<ウィスパ>ではない。
髪でもない。
血涙を流し、それを必死にぬぐったのだろう。顔全体が紅くなり、尚も血が目から溢れ出ていた。
鼻につく異臭は血のそれで、幾度と無く戦場で嗅いできたものだった。
どれくらいそのままでいたのか解らない。
私たちが再び動き出したのは、魔族<アンプラ>の女性が放った一言が原因だった。
「……お前が……手引きしたの……か?」
血塗れた二つの太陽が強く輝いた瞬間だった。




