起章:第五十二幕:瞳の奥
起章:第五十二幕:瞳の奥
「ふふ、行く時とは違って『普通』の格好だね、ミコトくん」
アスール村へ帰ってきて、門をくぐり街に入った頃には完全に陽も落ち、街頭が点いてる村の中にビルクァスさんが立っていた。
いつだったかキーナさんの救出に出かけた時も、この人は律儀に門の外で待ってくれていたが、今回も恐らく門から離れる事なく待ってくれていたのだろう。
「僕だってもっと別の方法があったのであれば、そっちを取ってますよ……」
「そうなのかい?私には結構のりのりに見えたんだけどね?」
「い、いやだってそりゃあ……僕だってあいつらに『本当は男』なんて想われたくないですから……、気合いれますよ?」
「ふふ、そういうことにしておこうか」
ビルクァスさんはニヤニヤと笑みを浮かべるが、その顔からは「今回」は無事戻れた事に安堵しているものも含まれているように思えた。
「それで……、本来ならこのままニナ様の館に、と言いたいところなんだけど……」
そう言いながら捕らえた視線の先には、言うまでも無くアルフィーナさんと、その背中にいるエルフの女性だった。
視線を向けられた事で、アルフィーナさんも真っ向からビルクァスさんを見つめる。
「七枝の一振りがここで何をしている。ビルクァス・アルフィー」
「そういう貴方は……、銀髪に、胸に掲げるシグン。腰に吊っているのは銀の風。……アル・バルディール様とお見受けしましたが?」
どこか剣呑とした雰囲気に包まれたかのような気がするけど……気のせいだろうか?
「あ、あのビルクァスさん、この人は……」
「ミコト。噂通りであれば、私はこの村に永く滞在を許されない。すまないが、城壁の外で待っているから、出てくる門の方角を教えてくれ」
ビルクァスさんに事情を説明しようとして、横からかけられた言葉に振り向くと、アルフィーナさんは背中に背負っていた女性を下ろそうとしており、慌てて手を沿え気絶したままのエルフの女性を抱きとめる。
というか、アルフィーナさんどこまで付いて来る気なのだろうか……。正直、これ以上付いて来られるとイダさんの存在を知ってしまう気がする。
「……あ、あのアルフィーナさん大変申しあげにくいのですが、可能ならココでお別れしたいのですが……」
「……すまない。私も王令を受け、行動している身だ。今しばらくで構わない、同道させてくれ」
そういい、一礼してから門へと歩を進め、やがて閉じ行く門に完全に姿を遮られ、見えなくなる。
そこでビルクァスさんが大きなため息をして慌てて振り返る。
「ミコトくん。君は少し……その……、ああくそ。こういう時なんて説明すればいいんだ……」
ビルクァスさんは何かを説明しようとして、己の納得の行く答えが見出せず苛立っていた。
再び大きいため息と共に、答えがまとまったのか真っ直ぐと見つめられる。
「ミコトくん。悪い事は言わない……。君が仕える主が誰なのか……いや、「何なのか」を学ぶと良い――」
「知っています」
間髪を入れず僕が返した言葉に、ビルクァスさんは目を見開いた。
「……何かあったのかい?」
「アプリールに赴いて、見たくない事。知りたくなかった事を多く学びました。僕の主や姉、ニナさんが僕を奇異たる者として見ていた理由も、ミルフィやラスティルさん、フィリッツさん、キーナさん、ガルムさん……この村で仲良くなった人たち全員に避けられていた理由も今となっては理解しています」
「……そうか……。だけど、どうかこの村で生活している人たちを許してやってほしい。私が言えた事では無いだろうが、それでも彼らは――」
「人ですよ。この村に住んでいる人だけでなく、僕が今まで接してきた人は皆「人」です。「人間」という意味では無いですが、少なくとも僕はリュスのような「人」を平気で物のように扱う輩、命を平気で奪う輩を「人」とは思いたくないです。言葉を交わし、心を通わせる事が出来た、ここに住んでいる「人」、皆の事が大好きです」
それに――、
「それに、僕の主やリア、ミルフィに至っては「家族」だと思っています。だから僕は皆にとって「何があっても絶対に裏切らない存在」になりたいです」
今回、アプリールに赴いて、己の目で、肌で感じて、理解して、導き出した答え。
イダさんや、リア、ニナさんと仲良くする事で、リュスのような人間に後ろ指をさされ、今後二度と関われなくなったとしても後悔などない。
ビルクァスさんは僕の言葉に気圧されたのか、さっき以上に眼を見開き、続けて苦笑した。
「君には驚かされる事ばかりだ。私が何年もかけて理解、妥協した事を君は既にやってのけていたんだね。……でも、だったら解るだろう?アル・バルディール。いや、アルフィーナと言ったかい?あの人はダメだ」
「どうしてですか?」
「あの人は……、ニナ様や君の主の天敵とも言える存在だ。君が無事帰ってきた事にも驚いたが、己の主を傷つける可能性を孕んだ因子とも言える存在と一緒に帰ってきた事で尚いっそう驚いたよ……」
まだ魔族<アンプラ>と、魔物<ディアブロ>との繋がりを把握できていない以上、知ったような口は利けないが、それでもたった一つ、ビルクァスさんでさえ解って無い事を僕は知っている。
「大丈夫だと思います」
「……何故、そう言いきれるんだい?言いたくは無いが、ニナ様に危害が及ぶ可能性がある以上、君も含め彼の騎士も村へは入って欲しくないくらいだ」
「大丈夫です」
「だから――ッ!」
根拠の無い理由は信じられないのだろう、ビルクァスさんは若干語気を荒くしたが、続く僕の言葉一つで静かになった。
「泣いていましたから。……瞳の奥で」
ただ瞬きを繰り返すビルクァスさん。
そして己の手に抱きかかえる漆黒のヴェールで顔全体を隠している女性もまた、黒い布地の向うで瞬きを繰り返し、静かに話しを聴いていた事に、このときの僕は気付いていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
魔族<アンプラ>の死など、どうという事は無い。
奴らは道楽のために人を殺め、喜々として殺戮を繰り返す。最もそれらは戦闘に特化した一部の魔族<アンプラ>である、と理解はしていても、リュスが森へ放った魔族<アンプラ>も同じ生き物としてとらえてしまう。
ただ彼らは戦闘どころか言葉すら危うい者達ばかりだった。
それでも私の眼は彼らを視界に捉えて、嫌悪感を抱いたのは言うまでもない。でも、ミコトと名乗った彼は違った。
人間でありながら、彼らに何の嫌悪感抱いていないようで、弔う時も一人の「人」として接し、涙を流していた。ましてや銀旋の私に、魔族に祈りを捧げてほしいとまで言った。
ミコト・オオシバ。彼は一体何者なのか。
私を謎の技術を持って拘束し、リュスをも上回る技量を見せつけ、魔力操作は私よりも淀みなく、正確に行い、底をつかない。
魔族<アンプラ>に限った話ではなく、詰所では犬人族<ドゥーギー>を助けた。そして、見たところ亜人種の村、アスール村に入ってなお受け入れられている様子。
「すまない。いくつか聞きたい事があるのだが、良いだろうか?」
私は村を囲う城壁から背を離し、門の傍に立っていた兵に言葉を投げかける。
「な、なんでしょうか?」
「ミコト・オオシバ。今しがた、私と一緒に村に入った人物について教えてほしい。知っている事なら噂でも構わない」
「……と、言われましても……」
兵は困ったかのように右手で頬をかき、困ったようなそぶりをするが、私が深く礼をする事でゆっくりと語り始めた。
「……彼は、当村にて「精霊騎士」と呼ばれています。数か月前突如村へと現れ、我々自警団でさえ諦めていたとある村人を命がけで救った人です。騎士という位を得ておられるのに驕った所が無く、誰にも優しく接される。我々自警団の人間でさえ数カ月かかってこの村の方々と打ち解けたのですが、彼はそれを一瞬でやってのけ、誰しも口にする彼の評価は「優しい」です」
そう言いながら、彼は己の鎧の裏地を引っ張り出し、見せつける。
そこには「この村を守る勇敢な自警団の方へ、多大なる感謝を ミコト」と記されている。
「私も、彼の噂を聞いてダメ元でお願いしたらこのように書いてくれたのです……。我々が言えた義理でないのは重々承知していますが、彼の様な人が私たちが長年築き上げてしまった悪しき風習を吹き飛ばしてくれるのではないか、と思っています。これは団長、ビルクァスさんも同じ想いだそうです」
七枝の一振り、赤宝<ベルク>に愛されしビルクァスまで認めている。
それが意味する事は魔大戦における三大英雄に次ぐ、英雄に認められているという事を意味する。
一見、線が細く私が初見で見間違うほど、中性的な彼がただ人柄だけで認められるわけではない事はわかる。それに似合う程の技量も持ち合わせているのだろう。
「……申し分ない」
「えっ?」
自警団員の声と同時に、夜空に一つの信号弾が打ちあがる。
夜空に浮かぶ赤く爛々と輝くそれは、村の南側から上がっており、森を明るく照らしている。
そう思っていたが、夜空を夕日のように赤くしていたのは、火だった事に遅れて気が付いた。




