起章:第五十一幕:黄灰との出会い
起章:第五十一幕:黄灰との出会い
悪くない。
いや、むしろ初めて森の中で出会ったときよりも迷いがない。あの時は時折距離が離れたが、今はぴったりと後ろを付いてきている。
リュスの放った矢によって命を奪われた魔族<アンプラ>の少女に対し、アルフィーナに祈りを捧げる事を願い出ると、彼女はある条件を元に承諾してくれた。
『しばらく同道させろ』
正直、リュスの一件もあってアルフィーナさんにどれほどの被害が出るか分からず、ほとぼりが冷めるまではアプリールに居て欲しくなかった。
それゆえにアルフィーナさんからアプリールを離れる条件を提示してくれた事に内心安堵した。
ただ、アプリールに訪れた時は騎士の馬車に揺られだったが、あの決闘によって魔族<アンプラ>とは何かを知ってしまった今となっては一秒でも早く、イダさんの元へ帰りたかった。
よって帰りは徒歩(魔力強化によって街道を走り抜ける)だった。こっちはチート技のおかげで、無限に魔力供給が行える分、アルフィーナさんを何度か待つ事もあるだろう、と考えていたが、多少息が切れてきたのか時折深い呼吸音が聞こえ始めたが、汗一つかくことなく付いてくる様は正直驚かされた。
後ろを走っていたアルフィーナさんが慣れてきたのか、隣を走るようになり、横目で僕を捉えた事に固唾を飲み込んでしまい、気まずくなって話題を提供した。
「ア、アルフィーナさんは銀旋……でしたっけ?騎士団の方なのですよね?」
「今は、違う。王令を受け、旅立つ時点で長の位を部下に譲った。……コレは本来なら王にお返しするべきなのだろうが、今回の任務を終え次第王に返上する事となっている」
そういい、腰に吊っている一本の剣の柄に手をやるアルフィーナさん。
っていうか今、さらっととんでもない情報を聞きだした気がする。長の位?団長っていう事なのだろうか……。
「銀旋は本来、イリンナから各地へ派遣される任を持った騎士の集まりだ。王都より出でる魔を払う銀の風、それが私たちだ」
「魔物<ディアブロ>を狩る戦闘集団、っていう情報を聞いていたもので。アルフィーナさんみたいに女性の騎士も多いんですか?」
「いや、女なのは私だけだ。この銀髪のせいで悪目立ちをしている点を除けば、まぁ優遇されてはいたな。食堂の優先席を設けてくれたりとか、風呂の時間を優先的に選ばせてくれたり。そのどれもがまぁ悪くは無かったのだが、面倒だったのは見合いの申し込みが毎週のようにあったことだな……」
そりゃ、アルフィーナさんほどの美人だったら、引く手数多でしょうとも。
「特に最悪なのはリュスのようなタイプだ。気位ばかり高く、それでいて女を子を孕む袋のようにしか思っていないような。……ミコトがあのリュスを「クズ」呼ばわりした時は正直バカなんだと思ったが、内心かなりスカッとしたのは認めるよ」
リュスの言いようを思い出したのだろう、アルフィーナさんは一瞬顔が険しくなったが、それは一瞬で後は嬉しそうに微笑みながら語ってくれた。
「なんだ?私の顔に何か付いているのか?」
「い、いや……、なんでもない」
美人の笑顔マジ卑怯です。眼が離せなくなります。あ、でもイダさんのほうが可愛いと思います。年増でしょうけど。
「止まれ」
「どうかしましたか?」
アルフィーナさんの掛け声に反応して、急制動をかけ、止まるとアルフィーナさんは街道を外れ森へと歩を進め、後に続くと街道から十数メートル歩いたところに、女性が倒れていた。
最初は夜盗に襲われた人なんだと思ったが、その割には身なりは荒れていない。そして時折身体が上下している事から、息はあるらしく呼吸を続けていた。
「歪だな……」
歪?何が?と問う前にアルフィーナさんは歩を進め、うつぶせになっていた女性を仰向けにすると、小さく息を呑んだ。
その理由が分からず、同じように倒れている女性の顔を覗き込むと、そこには「顔が無かった」。
ベージュ色の髪を宿し、エルフ特有の長い耳を有した、「顔の無い女性」。
と、言うか眼前に漆黒のヴェールをあしらえた髪飾りを付けており、顔の作りが全く分からない女性だった。
っていうか、衣装がどことなくエロいです、先生。チャイナドレスのようにボディラインがはっきりと分かるほど肌に張り付き、所々穴が開いて動きやすさを追求しているのだろうか、なんていうか眼のやり場に困る。
「……リンファ族、だな。……なんだ?ミコトは見るのは初めてなのか?」
「はい……。噂には聞いていましたが……、顔が見えそうで、見えないんですね……顔が」
聞く人が聞いたら完全に危ない言葉が自然と口から飛び出したため慌てて強調するために二度言葉にする。
「……目立った外傷は無い、か……」
アルフィーナさんは言いつつ、女性を抱え起こし背中に背負い、背中に乗せた女性を揺らしながら乳ポジを整え「……大きいな…クソ」とアルフィーナさんの小声が聞こえたのは気のせいだろう。
「ミコト、お前が何処に向かうのか分からないが、この人をココに放っておくわけにもいかない。もし良かったら、アスール村?だったか?そこまで来てくれないか?」
「ご心配なく。僕も一度、アスール村に行ってから、武具を受け取ってから家に帰るつもりだったので」
「そうか。それじゃあ行こうか」
遥か遠方に辛うじてアスール村の城壁が見え、それを沈みかけの夕日と双月が照らしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ま、待ってください!イニェーダさんは死霊族<アンデット>だとでも言うのですか?!い、いや……だって、施術を施した時、血だって出ていたじゃないですか!」
「私と同じ反応ですね。私も小船に揺られながら、同じような事をリアに言いながら、食って掛かった事を昨日のように覚えています」
「だったらどういう意味だというんですか!」
あぁ、あの時の小船で言い争っていた時、リアはこんな想いに満ち満ちていたのでしょうか……。
言っても良いのだろうか、と。魔族<アンプラ>を魔族<アンプラ>と呼ばしめた、あの事象を。
眼前に居る相手はそれを聞いて尚、恐れず彼の御方に接する事ができるのか、と。
「あの方は……」
ゆっくりと口を開いた私は次の言葉を発する事が出来ずに、固まった。
無理も無い。
私が何年も維持し続けた、アスール村にかけた結界が北西門から村へとはいった二つの脅威とも呼べる魔力の塊に易々と砕け散ったからだ。
一つは良く知っている。竜を倒し、己の主のため、村に居る大切な人のために自らを死地へと赴かせた、若い騎士のそれ。
もう一つは、どこの誰とも解らない異質な存在。対面などしたくない。かつての英雄とまで呼ばれた私でさえ、膝に力が入らない。
「……ニナ様?」
何秒固まっていたのかさえわからない。
眼前の私の騎士が首をかしげ、不安げに名を呼ぶまで、完全に思考が止まっていた。
「ミルフィ。貴女の兄が帰ってきましたよ?きっとお腹を減らせている事でしょう。私が迎えに行ってきますので、あなたはなにか料理でも作って待っていてください」
ただの人間。虐げられてきたミルフィたち亜人にとってその種族は嫌悪すべき対象なはずなのに、どうしてこの子は嬉しそうに尾を振るのでしょうか。
少し嫉妬してしまいます。ミコト様に。
しかし、ミルフィをそんな想いにさせる人間に何か良くない者が憑いている。
私はコレをどう対応すべきなのでしょうか。
「決まってる、か……」
ミルフィが嬉しそうに頷いて部屋から出て行ってから、私は静かに口にする。
「害成す者なら殺せば良い」




