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起章:第五十幕:完成された世界

起章:第五十幕:完成された世界


 空は赤黒く、大地は焦土の様に黒く、見渡す限り草などは生えていない。時々見つかる木は枯れ木寸前で、葉なんて有していない。

 それでも今私たちが立っている場所は「ルゴットの森」と呼ばれる。ルカーシャに置いて、唯一海に面している場所。

 時折風に乗って運ばれる磯の香りと、漣の音からその海が近いのも理解できる。


「ニィナ。そう畏まらないで下さい。貴女をココに呼びだしたのは、何も跪かせるためじゃないんですから」

「いえ、私をあの火守りから救って頂いたお礼をまだ言えていません。……本当にありがとうございました。この命、イニェーダ様に救われた以上、私の全てを持って仕えさせて下さい。どのような命令をも何の躊躇いも無く、実行しましょう」


 そんな殺風景の場に三人の影があった。

 一人は跪き、炎のように紅い髪を宿し、同じように頬に真紅の紋<ウィスパ>を持つ者。

 二人目は、漆黒のローブに金の装飾を施された体つきからして女性。

 三人目はそのローブの女性に付き従うかのように後ろに控えている長い金色の髪を整えるという事もせずにいる女性。褐色の肌を持ち、頬には深緑色の紋<ウィスパ>が見える。

 

「ニィナ。私は貴女に貴女の人生を歩んで欲しいんです」

「それは…………」


 ニィナと呼ばれる跪いている女性の顔が翳り、その表情からは不可能な依頼を受けたかのような印象を受ける。


「難しいですか?」

「いえ、その……私は既に軍を預かる身として、多くの人を殺めました……。そんな私が今更、人としての生など望めません……」

「では、ニィナ。貴女はこの戦いの先に何があるかわかっているのですか?」

「……、わかりません」

「では何の為に戦っているのですか?」

「イニェーダ様のために、です。それ以外の何物でもありません」

「私が、戦いを望んでいると?多くの同族で同族を狩り立てるのを欲していると?」


 表情は見えないが、イニェーダと呼ばれるローブを纏った女性が怒気に満ちていた。


「ど、同族などと……。アレらは我々とは隔絶した種です。でなければこのような事には……」

「……ニィナフェルト。よく聞いてください。この戦いに勝っても、何の意味もありません。続けるだけ、同族を傷つけ、終わった時に涙を流すだけです。その理由を貴女が知った時、己の手にこびりついた血に畏怖するはずです」

「……イニェーダ様はご存知なのですか?……この戦いの理由が」

「――それは」


 刹那。今まで微動だにしていなかった金髪の女性が動き、イニェーダをかばう様にして、ある方向を見据える。

 その先には何もなく、ただ焦土の大陸が広がり、何からイニェーダを庇おうとしているのか、ニィナフェルトには理解できていなかった。

 

「イニェーダ様。……知将イアネス様にばれたようです。城から尋常ならざる気配が飛び出しました」


 知将イアネス。城。その意味からニィナフェルトは金髪の女性が何を見ていたのかを理解する。


「早すぎますね……。恐らく最初から解っていたんでしょう」

「私もそう思います。……どうされますか?」


 イニェーダは今まで顔を隠していたフードを後ろにはらい、その素顔を始めてニィナフェルトへと向ける。


「ニィナフェルト。貴女の将としての位をたった今、剥奪します。これまでの働きに感謝します」

「ッ?!イニェーダ様!?」

「フェリア。ニィナを船へ」

「イニェーダ様は?」


 フェリアの問いにイニェーダはただ苦笑を返し、ゆっくりと口を開く。


「バカ将軍にお灸をすえようかと。すぐに追いつきますから」

「…………解りました」


 フェリアと呼ばれた女性は「本心は同意など出来ない」とでもいうかのように、それが顔からわかるほど、苦い顔をしたままニィナフェルトの衣類をつかむ。


「は、離せ!……ッイニェーダ様!私はお側にいさせてください!」

「リア、貴女は今後ニィナの指示を受け動きなさい。それと道中、彼女に説明を」


 フェリアは小さく頷くと、ニィナフェルトの首根っこを掴み、浜辺に打ち上げられていた小船へと投げつける。

 それはまるで荷物を投げたかのような動きで、躊躇無く投げられたニィナフェルトは小さくうめいた。

 それでもなお、イニェーダと共に居ようとしたのか、痛みが生じて尚、小船から降りようとする。

 その様子を見たイニェーダは、彼女に近づき、優しく微笑む。


「ニィナ。もし……でかまいません。リアから話を聞いて、貴女なりに戦える確かな意志が持てたのなら、その時はもう一度兵として戦って欲しい」


 ゆっくりと、泣いた子供をあやすかのように、言葉は続き、


「矛盾しているのはわかっています。貴女に人としての生を望んでおきながら、兵として戦え、などと」


 やがて二人が乗った小船の淵へとたどり着き、己の魔力を込め物質硬化をはかる。


「ですが、一人でも多くの同胞を救う為に、貴女にはもう一度兵として戦って欲しい」

「だったら、このままココに残って!」


 戦います、とニィナフェルトが口にする前に、イニェーダの口がかすかに動き、小船が大きな砂塵を舞わせ、はるか遠方の海へと文字通りに飛ぶ。

 着水と同時にイニェーダのかけた硬化魔法が解け、小船ははるか後方に見える暗黒大陸から飛翔したのだとわかる。

 たった一度、その大陸を見つめたフェリアは手早く、己の魔力で荒れる大海原の水流を操作して小船を走らせる。

 

「ニィナフェルト。貴女も手伝ってください」

「…………」


 未だ暗黒大陸から目を離せず、下唇をかみ締めるニィナフェルトの瞳には大粒の涙が溜まり、肩を震わせていた。


「ニィナフェルト。聞いていますか?」

「………せ」

「……今、なんと仰ったのですか?」


「話せと言ったんだ!!イニェーダ様が最後、『人間を勝たせる為に戦ってほしい』と仰った!その理由を話せ!」


 ニィナフェルトは言いつつ、己の口から相手が誰かもわからない状態で暴言を吐いてしまった事を理解するが、それほどの憤りを感じていた。


「……。ある人物の蘇生。ベルザフィードが多くの同族を犠牲にしてまで成したい悲願。この戦いの理由です。……ですがそれは決して、成してはならない願いです」

「誰だというんだ!」


 声を荒げるのと同時に、暗黒大陸の上空に異変が生じる。

 暗雲が晴れ、赤黒い空が青白く染まり、一振りの光り輝く槍が生まれる。

 その槍は地表に穂先を向けると同時に、疾走し半球状の光が生じ、大陸そのものを飲み込む。

 やがて、衝撃が生まれ、荒れる海をされに荒れさせて、二人を乗せた小船を直撃する。

 その轟音の中、小さくフェリアが口にした言葉を、ニィナフェルトは聞き逃さなかった。


「魔王ベルザフィードの娘。……イニェーダ・ルミル・アリシュ。その人です」

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