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起章:第四十八幕:ミコトの技量

起章:第四十八幕:ミコトの技量


「神判の約定<ジェシア・オルグ>に受理された以上それは絶対だ。お前はこの圧倒的に不利な状況をどう覆すというのだ」


 アルフィーナはミコトの手が握りつぶした事で生じた青い炎に焼かれた神判の約定<ジェシア・オルグ>を見つめ言う。

 その顔は苛立ちめいたものがあり、リュスに向けたものではなく目の前に居るミコトに対してだった。


「ましてや同じ条件を自らにも課すなど、正気の沙汰とは思えん」


 いいつつアルフィーナは、ミコトが記した一文。後手の掟<ゼルヴ>を思い出す。


『魔族<アンプラ>の身体に傷が生じる矢は決した当たらず、身にまとっている衣服にのみ当てる事を有効とする。コレはミコト・オオシバ本人にも効果を適用する。』


 その一文が意味する事は、まずもって「無理」という事。狙ってどうこう出来るものでもない。それゆえに決闘の行く末が終わらない可能性を秘めている。

 それでも信じられないことにアルフィーナの眼前で神判の約定<ジェシア・オルグ>がその一文を認め、受理された。

 それはつまり少なくとも「決闘が終わらない」という事はない。それがまずありえないと思われるほどの幸運に恵まれた射撃によるものなのか、あるいはリュス、ミコトのどちらかがそれ程の技量を有しているか。

 リュスの思考に置いて、魔族<アンプラ>を害さず射止めるなどありえない。であれば、残されたのはアルフィーナの前に立ち、なにやら眼を瞑って微動だにしなくなったミコトだけだった。

 時折、瞼の下で眼球が動く様は人が夢を見ている時になる症状と似ており、呼吸はまるで寝息のように細く、小さい。

 やがてミコトが小さく口を動かすと、アルフィーナは自分の耳が拾った言葉に驚き、完全に思考を止めた。

 それはミコトにとっての魔法の言葉であり、ココ最近めったに口にしなかった。それゆえ口から出たその言葉はグレインガルツの言葉には染まっておらず、ミコトが慣れ親しんだ言葉で、口からあふれ出た。


「……大丈夫、大丈夫」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 リュスは焦っていた。

 森の中をただ走って逃げる魔族<アンプラ>の少女を目掛け、何度も矢を射るが何れも当たらない。

 初撃のように見えざる力によって弾かれ、あるいは矢が折れ、地に落ち、決して魔族<アンプラ>の少女の肌を傷つけることは無く、何れも有効打としてカウントされていない。

 焦りは矢が当たらない事に関してだけではなく、見えざる力によって弾かれ、あるいは折られた矢は使い物にならず、気付いたときにはたった一人の獲物に対し、十数本の矢を無駄にしていた。

 そして残った矢の数は五本。それはリュスがミコトに対し、「決して負けが確定した本数ではないが、圧倒的な不利な状況」としてたたきつけた後手の掟<ゼルヴ>と同じ数であり、額に吹き出る汗は、疲労などではなく焦りから生じるものだった。


「どうなってる……、「矢が当たらない」など勝敗が決定的に成る事は書けない……。あの小僧、俺に何を課した……」


 リュスは眼前を走る少女を見据え、最早気配を消しての接近などあきらめ、完全に姿も見せ追いかけていた。

 時折少女は追いかけてくる狩人を振り返り、表情を恐怖の一色で染め上げ、再び前を向いて走り出すのを繰り返す。

 その様を見てリュスはただ、卑しく微笑むだけで、少女はいっそう歩を早めるが、差が開くどころか、リュスがある一定の距離を保って後を追っているため少女の疲労が増すばかりだった。

 やがて少女は走っていた歩みを止め、肩で呼吸を整えつつ、リュスへと振り返る。

 その少女の頬にも、魔族<アンプラ>の象徴としての意味を持つ紋<ウィスパ>があり、リュスはただ無生物を見るかのような蔑みを孕んだ眼で少女を捉え続けた。


「……楽しい、ですか?」


 少女がそう口にすると、リュスはあごをかすかに上げ、少女を見下すようにする。


「言葉を話すな。お前らは生きているだけで害悪の存在だ。人の娯楽としてその生を全うしろ」

「貴様ら人間など、ベルザフィード様が、決して許しはしません!今もどこかで、お前の愚行を見ておられるはずです!」

「私はこう言ったぞ?「言葉を話すな」と。貴様の主は俺なんだ。ご主人様の言う事が聞けないのか?ゴミ風情が」


 そうリュスが強めに言うと、少女の顔は怒り一色に染まり、更に語気を荒げる。


「私はゴミなどではありません!むしろ、お前ら人間の方がよほど――」

「もう良い。ゴミが人の言葉を話すなど不愉快以外の何物でもない。二度とその口が開かないようにしてやる」


 リュスは眼前の少女の心臓を狙い、弓を引き絞る。

 少女は未だ、整えきっていない荒い呼吸をぐっとこらえ、一歩も動くことなく眼を閉じ空を仰いだ。

 明るく日が差す瞼の裏は血潮が通っている証拠でもあり、赤黒く見えるがそれはどこか少女にとってかつて暮らしていた大陸の空と似通っていた。

 雨が降っているわけでもないのに、黒い雲と夕焼けというわけでもないのに紅い空。それゆえに少女は辛い時や苦しい時、あの空を思い出したくて何度も眼を閉じた。

 そして今、眼前で矢を番える狩人にその短い一生に終止符を打たれようとしたからこそ、もう一度のあの空を見上げたかった。

 人間が見上げれば恐怖しか抱かないその紅い空も、少女にとっては大切な思い出であり、帰りたいという願いが生じる空だった。


 やがて少女は瞼の裏の空を見納め、ゆっくりと眼を開けた空には、一本の矢が真っ直ぐと自分目掛けて振ってきた。

 その矢は視界の端で捕らえていた狩人の矢では無い事に気付いたのは、少女の胸元に矢が深く刺さってからだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「い、今何をした……?」


 四本同時に矢を放つという芸当をやってのけただけでなく、その矢はミコトが構える弓からほんの少し真っ直ぐ進んだだけで、後は全く見当違いの方向へそれぞれ飛んでいった。

 一本ははるか上空へ、一本は西へ木々の間を縫うようにして抜けて、一本は東へ木の枝という枝を切り落とし、一本は折り返しあろう事か真逆の方向へ。

 アルフィーナはその光景をみて、そう口にしたが、その実自分の中で確かな答えを有していた。

 魔力弾<タスク>。魔術師が初歩の魔法として覚えるそれは、不可視で物理的な衝撃を生む事のできる、術者による操作可能な魔力による塊。

 生成できる速度や、形などは術者の技量に応じ、同時にそれらを操作する個数によってさらに格が決まる。

 今、アルフィーナの前で四本同時に放たれた矢がそれぞれ別の方向へ「矢」としてありえない軌道を取って飛んでいった様を見る限り、ミコトは四つの魔力弾<タスク>を生成し、矢にまとわり付かせ、飛ばしている。

 その時点で、アルフィーナの知るどの魔術師よりも高位な存在であるのは間違いなく、リュスと比べるなど失礼にも程がある。

 しかしアルフィーナが理解できていない事は、その放たれた矢の何れも「目的地」がミコトには見えていないという物だった。

 本来なら魔力弾<タスク>とは術者の視界に納まる物を狙うときに用いる魔法で、現状のような「何処にいるかもわからない相手を狙う物」ではない。

 それでもミコトはそれを使い、現在も操作していると思われる。それがアルフィーナには理解できていなかった。

 

 やがて眼を瞑ったまま矢を射ったミコトが再び口にした言葉は、アルフィーナの知らない言葉だった。


「……的心」


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