起章:第四十四幕:神判の約定<ジェシア・オルグ>
起章:第四十四幕:神判の約定<ジェシア・オルグ>
アルフィーナは決闘の為に森に赴いたリュスが用意した部屋。アリアーゼ城の一室に戻っていた。
その顔は「不満」としか取れず、アルフィーナがミコトに同道するのを拒まれたのが眼に見えて取れた。
案内された部屋にはテーブルが二つ並び、それぞれ一枚ずつ羊皮紙がおかれていた。
その周囲にはペンなどの記述するための道具は無いが、羊皮紙の真上に小さい魔晶石が漂い、それぞれの羊皮紙へと細く長い光が落ちていた。その光は忙しく羊皮紙の上を走り、その後には字が続く。
『ココに刻まれる物は、神判の約定<ジェシア・オルグ>としての効果を持ち、決闘の末、勝者の掲げた約定が神々の名の元、不変のものとされる』
神判の約定<ジェシア・オルグ>。
神族より賜りし、聖具にして、位の高い騎士同士が何らかの事柄をかけて決闘する際に用いられる物。
それぞれに己の名を記し、その原本に一人の監視者をつけ決闘が行われ、決闘に際して三つの条件をお互いに遵守させる事が出来る。
三つの条件に関しては、その何れにも勝敗が「絶対」に決まる事は書けないが、限りなく不利、あるいは有利になる条件を書き記す事が出来る。
一つ目。
決闘に際し、お互いが「決闘の前」遵守させる物。先手の掟<アルマ>。
ここに記された事は「決闘の前から、決闘中にかけて効果を維持し、勝敗が決した時点で破棄される」。
どのような決闘であれ、始まってしまうと記入する事が出来なくなる。
二つ目。
決闘中にお互いが遵守させる物。後手の掟<ゼルヴ>。
ここに記された事は「決闘中から効果を発揮し、勝敗が決した時点で破棄される」。
初手の約定<アルマ・オルグ>との決定的な差は、「決闘中にも記す事」が出来る事。
三つ目。
決闘後に勝者の神判の約定<ジェシア・オルグ>に記された最後の条件を永劫的に遵守させる物。永久の掟<エイワ>。
最後の条件にして、どちらかの勝者の条件しか発動しない。ココに本来の目的を示す事が多く、それらは大抵決闘前にお互いが口にしているケースが多いため既に決まっている事が多いが、大きく内容を変えても問題はない。
アルフィーナ自身、存在は知っていても、実物を目にするのは初めてらしく、その聖具を目にしてからは先ほどまでのいらついていた表情も少なからず緩やかに成っていた。
だがそれも、光が走り、先手の掟<アルマ>の内容を記された時点で再び表情を険しくする。
『リュス・ヴィスヴァーク:先手の掟<アルマ>:決闘、神判の約定<ジェシア・オルグ>に関する質問の一切を禁ずる』
「……、ミコトはリュスの存在どころか、魔大戦の知識すら無かった……、神判の約定<ジェシア・オルグ>について知っているわけが無い……。これは事実上、勝敗が決したようなものじゃないか!」
アルフィーナは羊皮紙の前でそう声を荒げるが、光は止まらず、それどころか受理された事を示すため羊皮紙に刻まれた文字は紅く輝き、刻印される。
それを確認すると、アルフィーナは小さく舌打ちをした後、隣の残るもう一枚の羊皮紙。ミコトのものに目を向けるが、光は走り出すことはなく、ただ一点に注がれていた。
しばらくすると、光が動き出し、アルフィーナは少し安堵したのかため息を小さく漏らすが、視界の端でリュスの羊皮紙に注がれている光も同時に動き出しているのを確認すると、慌ててミコトの羊皮紙に目を移す。
『ミコト・オオシバ:先手の掟<アルマ>:無し』
それが意味する事は、決闘が始まった事を示し、二度と書き記す事が出来ない。
「神判の約定<ジェシア・オルグ>を知らないという時点で天と地ほどの差があるというのに……、最早勝ちなど見込めない……」
アルフィーナの言葉が部屋の中を木霊しても、光は止まらず、リュスの神判の約定<ジェシア・オルグ>が完成する。
『リュス・ヴィスヴァーク:先手の掟<アルマ>:決闘、神判の約定<ジェシア・オルグ>に関する質問の一切を禁ずる』
『リュス・ヴィスヴァーク:後手の掟<ゼルヴ>:ミコト・オオシバは五本しか矢を有さない』
『リュス・ヴィスヴァーク:永久の掟<エイワ>:リュス・ヴィスヴァークに絶対の忠誠を誓う奴隷と化す』
リュスの神判の約定<ジェシア・オルグ>を見届けたアルフィーナは、己の腰に目を移し、そこに本来吊っていた物が無い事を再度確認すると、意を決したように顔をあげ、扉へと静かに歩み寄るが、羊皮紙に注がれていた光がお互いに止まったのを視界の端で捕らえたのか、かすかに振り返った。
直後、アリアーゼ城は本日二度目である、扉の大破という珍事にさらされる。
そして残された、羊皮紙の二枚に記された、決闘の内容。
『五匹のアンプラを、より多く射止めた方の勝ちとする』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さっきから疑問に思うことばかり、起きている。
決闘が開始される前、決闘について内容や渡された羊皮紙についてを問うとしても、声に出そうとした瞬間、口の前に魔方陣が展開され、声にならない。
それはまるで竜の声のように思えたが、別の関係ない話や言葉は遮られることなく声になった。
そして決闘が開始される前、渡された矢筒には少なからず二十本は入っていたのに、手に持った瞬間、それが幻だったとでも告げるかのように、静かに消えていき、矢筒には結局五本しか矢が入っていなかった。
どの矢筒を手にしても、数が減り五本となるだけで、その様子を見ていたリュスは卑しく微笑み、それを絶やさなかった。
そのリュスが手に持っていた羊皮紙に何かを書き終えると、手から離し地面へと落下するが、地面に落ちる前に青い炎に焼かれ、灰が地に落ちた。
その直後、俺が手に持っていた羊皮紙に「決闘内容。五匹のアンプラを、より多く射止めた方の勝ちとする」と記される。
正直、かなりピンチな気がしてならない。
決闘の内容が羊皮紙に現れアンプラが何を示す生き物なのかもわからず、リュスが森へ入って行く姿を見つめ、手に持った矢筒の軽さにあきれ果て、ため息しか出なかった。
それでも自分の足は森へと確実に歩を進めてくれた。




